Newsletter Volume 32, Number 1, 2017

受賞者からのコメント

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創薬貢献・奨励賞を受賞して

大日本住友製薬株式会社
西牟田春香

 このたび,平成28年度日本薬物動態学会 創薬貢献・奨励賞という栄誉ある賞を賜り,大変光栄に存じます.選考委員の先生方ならびにご推薦いただきました大日本住友製薬 矢吹昌司博士に厚く御礼申し上げます.私の受賞研究題目は「小腸における初回通過代謝の定量的予測と種差に関する研究」です.本研究は,私が大日本住友製薬に入社以来取り組んで参りましたヒトPK予測研究の中でも根幹をなす研究であります.本稿では,私の研究人生を振り返りながら,本研究を開始するに至ったきっかけとその内容について,ご紹介したいと思います.

企業における薬物動態研究の開始

 私は2005年に修士課程を修了し,大日本住友製薬に入社しました.探索薬物動態部門に配属となり,新薬の探索段階における薬物動態評価を担当することとなりました.1年目は新入社員として,先輩社員に教えていただきながらあまり深く考えることもなくただひたすら実験をしていました.しかし,転機は早くも2年目に訪れました.まず,実務を教えてくれていた先輩社員が違うプロジェクト担当に,さらにその後,プロジェクトの責任者として私の指導や他部門との相談を行ってくれていた上司が異動となってしまい,私が一人で担当することとなってしまったのです.弊社薬物動態部門では,プロジェクト担当制となっており,担当しているプロジェクトに関しては薬物動態にまつわる全ての評価・考察を担当者が実施し,会議等にも薬物動態代表として出席します.それまで先輩に頼り切りだった私に,ようやく「自分が何とかしなければ」という責任感が湧いてきました.しかも,そのプロジェクトは化合物が薬理,安全性および薬物動態の探索的初期評価により一つに絞られ,これから高次の評価をしていくという佳境に入ったところでした.評価を進めていくにつれ,本化合物が薬物動態面での様々な課題を抱えていることが分かり,一つひとつの課題について,実際にヒトではどうなるのか,本化合物は進めるに値するものなのかを考える日々が続きました.当時はかなり悩まされましたが,振り返ってみると非常に充実した日々であり,様々な薬物動態評価について「自分ごと」として一通り勉強ができたいい経験だったと思います.また,今回受賞の対象となった研究も,後述しますように本化合物の課題がきっかけで開始したものであり,課題に本気で取り組んだからこそ進められたものでした.入社してすぐにこのような経験をさせていただき,私は幸運だったと思います.今思えば,ぼーっとしていた私に上司があえてこのような環境を作ってくださったのかもしれません.

小腸代謝研究を開始したきっかけ

 本化合物の課題の中で,小腸で代謝を受けるために動物のバイオアベイラビリティが低く,かつその程度は動物間の種差が大きいという課題がありました.企業の新薬探索において,特に動物の体内動態が悪い化合物については,ヒトにおける体内動態を予測し,臨床段階に進めることの是非を判断することは重要な業務です.ヒト小腸アベイラビリティ(Fg)の予測は,当時は非常に困難な課題であり,結局本化合物の予測を定量的に行うことはできませんでした.そこで私は,ヒトFgを定量的に予測する手法を確立すべく,基盤研究を開始したいと考えました.当時から,弊社では創薬の成功確度やスピードの向上につながる基盤研究は奨励されており,上司も私の提案を受け入れてくれました.提案したものの,具体的なアイディアがなかった私は,とりあえず既存の報告を読み込んでみましたが,小腸における複雑な生理的環境に基づく難解な数学モデルを用いてin vitroデータから予測するものがほとんどで,企業で使えるような実用性は乏しく,また予測精度も疑問符のつくものが多く,調べれば調べるほど難しそうだと感じていました.実際,職場の先輩から「どうしてそんな基盤研究を提案したの?成果が出せないよ」と言われたこともありました.そのような状況の中,私がまず思いついたのは,動物を利用することで予測式を単純化できないか,すなわち,これまで数式で記述するのが困難であった小腸の複雑な生理的環境を,ヒトと動物で同じと仮定し,動物in vivo試験とin vitroデータを理論的に組み合わせて予測できないか,ということでした.次のセクションで詳しく説明します.

カニクイザルを用いた CYP3A 基質薬物に対するヒトFgの予測

 まず,本研究の基盤となるコンセプトを紹介します.小腸管腔内で溶解した薬物は,小腸上皮細胞に取り込まれた後,細胞内の薬物代謝酵素による代謝と血液側への膜透過に振り分けられます.したがって,Fg は小腸代謝クリアランス(CLmet)と細胞内から血流への膜透過クリアランス(CLperm)で規定されると考えました.

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本モデルに基づき,代謝活性以外の小腸内生理的環境がヒト及びサルにおいて同様という仮定をおくと,Fgは次の式であらわされます.CLint,MIM 及び CLint,HIMは,サル及びヒト小腸ミクロソームにおける代謝活性です.

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CYP3Aの基質9個を用いて検証した結果,本予測法の精度は非常に高く,必要なデータはサルのFgと,ヒト及びサル小腸ミクロソームの代謝安定性のみであり,企業において簡便に評価可能であり実用性に優れたものであります.

in vitro データを用いたCYP3A, UGT及び還元代謝酵素の基質に対するヒトFgの予測

 さらに私は,in vitroデータのみで予測できる手法の構築に着手しました.上記基本コンセプト,すなわち膜透過性と代謝安定性の振り分けに,pH 7.4 における PAMPAと小腸代謝安定性データを適切に数値変換して組み込む方法で,CYP3A,UGTおよび還元酵素の基質について予測法を考案しました.0.011は補正係数です.

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計27化合物を用いた検証の結果,26化合物が1.5 倍の誤差範囲にほぼ入っており,既報の結果より大きく予測精度が上昇しました.考案したモデルに基づき基底膜側の膜透過性が重要と考え,細胞内pHに近いpH 7.4 における PAMPAのデータを用いた点が,既報にはない考え方であり,既報と比較し予測精度が向上した一因であったと考えられます.また既報では,小腸上皮または血液中のタンパク結合率を代謝クリアランスのみに加味するモデルとなっているものが多いですが,本研究のモデルでは膜透過と代謝の両過程が細胞内で起こるイベントと捉えることで,結果的にタンパク結合率を考慮する必要がありません.タンパク結合率をゼロと仮定することで予測が実測値と合うとの報告もあることから,本モデルが実態に即していることが示唆されます.本予測法は,創薬初期に得られるデータのみを用いていることから,企業において簡便且つ効率的な判断を可能とするものと考えます.

小腸代謝活性の種差に関する検討

 さらに,小腸代謝の種差についても検討を進めました.企業では動物を用いた各種評価が必須であり,小腸代謝の種差の知見を得ておくことは重要です.詳細は省略しますが,CYPsの基質薬物について,ヒトと動物の代謝の種差について検討を重ね,2報の論文にまとめています.

マンチェスター大学への留学

 上記の成果で2012年にPhDを取得した後,2013年より一年間,マンチェスター大学への派遣という機会をいただきました.Centre for Applied Pharmacokinetic Research (CAPKR) に所属し,加水分解酵素活性の種差と,PBPKモデルを用いたプロドラッグのヒトPK予測について研究を行いました.CAPKRには世界中から学生や研究員が集まっており,様々な国の文化や考え方の違いに触れ,研究だけでなく多くの貴重な経験を得ることができました.

最後に

 これらの研究は,企業において直面する薬物動態の課題をなんとか解決したいという思いから進めてきました.今後も,新薬の創製による患者様への貢献という企業研究の最終ゴールに向け,薬物動態研究者としてできることは何かを考えながら,創薬成功確度の向上に貢献していきたいと思います.

 本研究は私が大日本住友製薬に入社してから約10年間の間に行ったものであります.その間,多くの皆様のご指導・ご鞭撻をいただきました.博士論文の主査をしていただきました大戸茂弘先生(九州大学),CAPKRをご紹介いただきました伊藤清美先生(武蔵野大学),留学中ご指導いただきましたDr. Aleksandra Galetin, Prof. Brian Houston, Prof. Leon Aarons (The University of Manchester),そして私をいつも支えてくださった大日本住友製薬 前臨床研究所の皆様に心より感謝いたします.