Newsletter Volume 32, Number 1, 2017

受賞者からのコメント

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奨励賞を受賞して

北里大学薬学部薬剤学教室
藤原亮一

 この度は「肝および肝外組織におけるUDP-グルクロン酸転移酵素の機能解明」という題目で平成28年度日本薬物動態学会奨励賞を賜りまして,大変光栄に感じております.学会長をはじめ,理事,幹事,評議員,選考委員の先生方,そして御推薦いただきました横井 毅先生にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます.本稿では,金沢大学大学院や米国での研究を振り返りながら,UDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)に関するこれまでの研究についてご紹介させていただきます.

 私は北里大学薬学部において様々な科目を学びましたが,中でもシトクロムP450(CYP)を中心とした薬物代謝酵素による薬物代謝に一番の興味を持ちました.金沢大学の横井 毅先生と面談し,大学院に進学してCYPの遺伝子多型について研究を行いたいという気持ちが高まりました.しかし,大学院に入学し最初に与えられた研究テーマは,抱合酵素であるUGTの多量体形成とその機能解明でした.CYPに対する未練もありましたが,新しい環境で研究を行うことができる喜びから,中島美紀先生のご指導の下UGTについて研究を始めることとなりました.その後12年以上もUGTについての研究を続けることになるとは,当時の私は想像もしていませんでした.

 UGTは異なる分子種間で二量体や四量体などの多量体を形成する可能性が示唆されていたため,大学院ではヒト肝臓に発現するUGT分子種であるUGT1A1,1A4,1A6,1A9,および2B7に着目し,それらの分子種のタンパク相互作用やそのUGT酵素活性への影響について研究を行いました.UGTは分子種間のアミノ酸相同性が極めて高いため,特定の分子種を除き,分子種特異抗体は存在していません.そこで免疫沈降法に加え,Native-PAGEや酵素の耐熱性試験を行うことで異分子種間相互作用の証明を試みました.作製したUGT1A1 ,UGT1A4,UGT1A6発現系をSDS-PAGE解析すると,50kDa付近にUGT単量体由来のバンドが認められます.その一方で,Native-PAGE解析においては単量体のバンドの上部に別なバンドが認められました.どの分子種においても新たなバンドは100〜150kDaに位置していたことから,UGTは細胞内でホモ二量体を形成していることが明らかになりました.2つの分子種を同時に発現させた異UGT分子種共発現系をNative-PAGE解析したところ,さらに易動度の異なる二量体のバンドが認められたことから,UGTは異分子種間で二量体(ヘテロダイマー)を形成していることが明らかになりました.タンパクは相互作用することで構造が安定し,熱に対して耐性を示す場合があります.UGT発現系を高温(57°C)で前処理するとほとんどの分子種は完全に失活しましたが,UGT1A9は高い残存活性を示し,耐熱性を示す分子種であることが明らかになりました.易熱性であったUGT1A1,UGT1A4,UGT1A6およびUGT2B7はUGT1A9と共発現させることで耐熱性を獲得したことから,それらの分子種はUGT1A9とヘテロダイマーを形成していることも明らかになりました.13個存在するUGT1A9特異的なアミノ酸残基に変異を導入した発現系を作製したところ,どの変異体も少しずつ耐熱性を失っていることが明らかになりました.ヒトUGTの立体構造は明らかになっていないため,ホモロジーモデリングによりUGT1A9立体構造を予測し,分子動力学シミュレーションを行うことで高温下におけるタンパクの安定性について解析しました.その結果,in silicoにおいてもそれぞれのUGT1A9特異残基が立体構造の安定化に関与していました.in vitroおよびin silico研究によって明らかとなったUGT1A9耐熱化メカニズムについてまとめた論文は,2009年にDMPK誌に発表しました.この論文は翌年にDMPK編集委員が選ぶ最優秀論文賞に選ばれ,その後の研究の大きな励みになりました.

 博士号取得後は,薬物代謝酵素の研究を手掛けるカリフォルニア大学サンディエゴ校のTukey教授の下で博士研究員としてUGTの研究を続けました.UGT1A1は黄疸の原因物質であるビリルビンの代謝に関わる分子種です.生体内におけるビリルビンの生合成は哺乳類で認められますが,特にヒト新生児は重度の黄疸,すなわち高ビリルビン血症を生理的に発症します.一般に肝臓におけるビリルビンの代謝不全が新生児黄疸の原因であると考えられていましたが,実験的にそれを証明したデータはありませんでした.新生児黄疸はマウスやラットでは全く認められない点に着目し,UGT1A1を含むUGT1遺伝子をヒト型にしたヒト化UGT1マウスの作製を行いました.ヒト化UGT1マウスのフェノタイプを解析したところ,そのマウスはヒトと同様に新生児黄疸を発症していることが明らかになりました.血中ビリルビン値は生後2週まで徐々に上昇し,その後減少する傾向が認められました.新生児期の肝臓においてはUGT1A1の発現が顕著に低く,ビリルビン代謝不全の原因となっている可能性が示唆されましたが,血中ビリルビン値の変動との相関性は認められませんでした.その一方で,小腸には比較的高くUGT1A1が発現しており,その発現量は血中ビリルビン値の変動とキレイに相関していました.新生児黄疸を発症するヒト化UGT1マウスに粉ミルクを投与すると,ヒト新生児と同様にビリルビン値の低下が認められました.ビリルビン値の低下はUGT1A1によるビリルビン代謝能の亢進によるものと予想されたため,母乳摂取群と粉ミルク摂取群から肝臓と小腸を単離してUGT1A1の発現を解析したところ,小腸特異的にUGT1A1が誘導していることが明らかとなりました.また,別な研究テーマではありましたが,ヒ素やカドミウムも小腸特異的にUGT1A1を誘導し,血中ビリルビン値を低下させることが明らかとなりました.これらの一連のデータはどれも新生児期のビリルビン代謝における小腸UGT1A1の重要性を支持するものでした.その後行った研究において,小腸のみならず,皮膚や脳などの肝外組織もビリルビン代謝能を有することが示されました.

 in vitroデータからのin vivo薬物クリアランスの予測は薬物代謝研究の大きな課題の1つですが,UGTが触媒する薬物のグルクロン酸抱合はその予測が難しく,特にUGT発現系を用いて得られるデータの外挿性は低い傾向にあります.今回紹介しましたUGT異分子種間の相互作用や,肝外組織のUGT代謝能を考慮することで,精度良くin vivo薬物クリアランスを予測できるようになると期待しています.また,グルクロン酸抱合体は極性が高く無毒性な代謝物である場合が多いですが,カルボキシル基にグルクロン酸が転移したアシルグルクロニドは反応性が増し,毒性発現に関与すると報告されています.従って,UGTの基礎研究は,薬物動態研究のみならず毒性研究の発展にも貢献すると考えています.

 最後になりましたが,金沢大学大学院において研究手法のみならず,研究に対する姿勢について終始厳しく,そして温かくご指導して下さいました,横井 毅先生と中島美紀先生に深く感謝申し上げます.また肝外UGTの研究においてご指導いただきましたTukey教授(カリフォルニア大学サンディエゴ校)と伊藤智夫教授(北里大学)に御礼申し上げます.国内外の共同研究者の皆様,研究を共に進めてくれた大学院生,学部生の皆様に深謝いたします.今回の受賞を励みに一層の努力をし,薬物動態研究の発展に貢献していきたいと思っていますので,今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます.