Newsletter Volume 32, Number 1, 2017

DMPK 32(1)に掲載された各論文の「著者から読者へのメッセージ」

[Review]

アシルグルクロナイドの毒性への寄与とその評価法

Iwamura, A., et al., pp. 2–11.

 カルボキシル基がグルクロン酸抱合を受けて生成するアシルグルクロナイド(以下AG)は,物理化学的反応性が高いため,生体内タンパク質との共有結合を介してカルボン酸薬物による毒性発現の一因として懸念されている.近年,その共有結合能のみならず,細胞毒性および免疫学的因子の活性化といった生物学的な特性も明らかになりつつある.毒性への寄与については,未だ明確な結論には至っていないが,MISTガイダンスにおいてAGは毒性学的に懸念のあるものとして他の抱合体とは区別されている.よって,創薬において可能な限り,AGについての動態学的および毒性学的評価が求められる.

 本稿では種々のカルボン酸薬物のAGについて,毒性への関与が示唆されるこれまでの知見に加え,半減期法をはじめとするAGの毒性評価法についても紹介した.製薬企業各社においてAGの毒性評価の要否および評価法については意見が分かれるところであるが,本稿が評価方針策定の一助となれば幸いである.

 

[Review]

医薬品の毒性評価試験に応用可能なヒトES/iPS細胞由来肝細胞を作製する方法の開発

Takayama, K., et al., pp. 12–20.

 本総説では,ヒトES/iPS細胞から肝細胞への分化誘導法についての現状と課題について述べるとともに,ヒトES/iPS細胞由来肝細胞がどのような創薬に貢献できるか解説しています.近年,分化誘導法が急速に発展し,ヒト肝細胞とほぼ同等の薬物代謝能等の肝機能を有するヒトES/iPS細胞由来肝細胞を作製できるようになりました.また,低分子化合物を用いた分化誘導法や,肝細胞への分化途中の細胞の複製法が開発されており,ヒトES/iPS細胞由来肝細胞の低コスト化も進んでいます.さらに,ヒトES/iPS細胞由来肝細胞を用いて用量依存的な薬物誘発性肝障害を再現できるだけでなく,特定の患者に特異的な薬物誘発性肝障害も再現できることが報告されています.ヒトES/iPS細胞由来肝細胞を用いた医薬品開発が早期に実現することを期待しています.

 

[Regular Article]

ヒト肝ミクロソームにおいて生成するベンズブロマロン新規反応性代謝物の同定

Cho, N., et al., pp. 46–52.

 ベンズブロマロン (BBR) は,稀に重篤な肝障害を引き起こすことが報告されているが,その原因は明らかとなっていない.我々はこれまでに,BBRの主要代謝物の一つである1’-hydroxy BBRが,薬物代謝酵素活性を有する三次元培養肝癌由来細胞において細胞毒性を示すことを報告している.そこで本研究では,ヒト肝ミクロソームにおいて,1’-hydroxy BBRから反応性代謝物が生成するか検討を行った.その結果,1’-hydroxy BBRから1’,6-dihydroxy BBRの生成を介し複数の反応性代謝物が生成することが明らかとなった.また,1’-hydroxy BBRから1’,6-dihydroxy BBRへの代謝にはCYP2C9が関与し,1’,6-dihydroxy BBRから反応性代謝物の生成には複数のCYPを介した反応および非酵素的な反応が関与することが明らかとなった.これらのことから,今回新たに見つかった反応性代謝物がBBRによる肝障害発症に関与する可能性が考えられた.今後は,in vivoにおいて,今回新たに見つかった反応性代謝物が肝障害発症に寄与するか検討を行いたい.

 

[Regular Article]

CYP3A4基質薬の腸管代謝抽出率の予測を目的とした,ヒト人工染色体ベクターによるCYP3A4及びNADPH-シトクロムP450還元酵素共発現Caco-2細胞の構築

Takenaka, T., et al., pp. 61–68.

 腸管におけるCYP3A基質薬の代謝評価系として,CYP3A4遺伝子を導入したCaco-2細胞などの上皮細胞は過去にも複数報告がなされているが,活性が不十分であることや,継代による発現低下が報告されている.また,CYP3A4発現上皮細胞を用いて腸管アベイラビリティ(Fg)の予測性を詳細に評価した報告はない.そこで本研究では,複数遺伝子の搭載と搭載遺伝子の安定的な発現維持が可能である,ヒト人工染色体ベクターを用い,CYP3A4及びNADPH-シトクロムP450還元酵素を共発現させたCaco-2細胞を構築した.本細胞では継代によるCYP3A4活性の明確な低下傾向は認められず,また,本細胞の単層膜を介した経細胞輸送試験時におけるCYP3A基質薬の代謝抽出率は,ヒトの腸管抽出率(1−Fg)と良好な相関が認められた.本研究がヒト薬物動態予測の一助となることを期待する.

 

[Regular Article]

CYP阻害または肝機能低下に起因するミダゾラム中間代謝物の血中曝露の増加

Hasegawa, T., et al., pp. 69–76.

 肝臓における薬物代謝過程は,一般に解毒過程の一環と考えられるが,ときとして有害な代謝物を生成し,副作用を引き起こす可能性がある.2008年に米国FDAが医薬品代謝物の安全性に関するガイダンスを公示して以来,新規医薬品開発における代謝物の安全性の評価は極めて重要なものとなっている.本研究ではCYPの非特異的阻害剤である1-アミノベンゾトリアゾール(ABT)を予め投与したCYP阻害ラットに,CYP3Aの典型的な基質薬物であるミダゾラム(MDZ)を静脈内投与したところ,CYP代謝が阻害されているにもかかわらず,その中間代謝物のAUCが非阻害群と比較して4~5倍程度まで上昇するという極めて興味深い結果を得た.またこの時,肝臓で生成された中間代謝物の全身血中への移行量が増加することを明らかとした.本編では,中間代謝物の血中曝露増加の原因について,肝ミクロソームを用いたin vitroでの検討も実施した.さらに,CCl4の前処理によって作成した急性肝障害モデルラットにおいても,MDZの中間代謝物の血中曝露が増加することを見出した.今後は,他の薬物を用いた検討,更には臨床で起こる可能性について検討を行っていく予定である.

 

[Regular Article]

内側血液網膜関門のリボフラビン輸送におけるRFVTs(SLC52A)の関与

Kubo, Y., et al., pp. 92–99.

 リボフラビン(ビタミンB2)は,生体においてフラビンアデニンジヌクレオチドなどに変換されて補酵素として機能する.網膜では,グルタチオン還元酵素の活性に関与して神経保護に寄与することから,血液網膜関門(BRB)を介した循環血液から網膜へのリボフラビン供給が視覚機能の維持に必須と考えられる.本研究では,ラットにおけるin vivo輸送解析によって,[3H]リボフラビンの網膜への見かけの取り込みクリアランスとretinal uptake index(RUI)値が算出され,BRBを介した網膜へのリボフラビン取り込み機構の存在が示唆された.内側血液網膜関門モデル細胞(TR-iBRB2細胞)を用いたin vitro輸送解析では,リボフラビン輸送は担体介在型輸送であることが示唆され,また,遺伝子ノックダウン解析においては,内側血液網膜関門のリボフラビン輸送にリボフラビントランスポーターであるRFVT2(SLC52A2)とRFVT3(SLC52A3)の関与が示唆された.以上は,血液網膜関門を介した薬物-食物相互作用やリボフラビンとの結合を利用した薬物送達の向上などに有用な知見と期待される.

 

[Regular Article]

ヒト肝臓における遺伝子発現の年齢差・性差:薬物代謝酵素を中心として

Uno, Y., et al., pp. 100–107.

 薬物代謝を含め生体内で起こる生理現象における年齢差や性差の一部が遺伝子発現に起因することが近年明らかになってきた.本研究では,日本人の肝臓サンプル(40検体)を用いDNAマイクロアレイで網羅的に遺伝子発現を解析することにより年齢差や性差を示す遺伝子を調べた.その結果,解析した遺伝子のうち35種類が年齢差を示し,転写調節や細胞死に関連する遺伝子が含まれていた.また,60種類の遺伝子が性差を示し,タンパク質の異化や修飾に関連する遺伝子が含まれていた.さらにqPCRにより同じサンプルで薬物代謝酵素に重要な遺伝子の発現を調べたところ,BChE,SULT1E1が性差を示し,CYP2A6,CYP3A4,PXRが年齢差を示した.本研究で得られたデータはヒト(日本人)の肝臓における生理現象の性差や年齢差を遺伝子発現レベルで理解する際に有用な情報となるものと期待される.

 

[Note]

ヘロイン慢性投与がマウス脳メタボロームに及ぼす影響

Li, R. S., et al., pp. 108–111.

 ヘロインは体内では速やかに代謝されるため,それ自身を乱用の指標として用いるのに制約がある.ヘロインの摂取に伴って変動するバイオマーカーを特定することは,ヘロイン摂取の証明とともに,摂取により引き起される生体応答のメカニズム理解につながる.本研究では,ヘロインの慢性摂取がマウス脳のメタボロームに及ぼす影響を解析した.ヘロイン慢性投与により大脳でクエン酸が増加した.カテコールアミンの変動は,ヘロイン退薬により正常レベルに回復した.メラトニンはヘロイン慢性投与により低下したが,メラトニンの前駆体である,N-アセチルセロトニンは,ヘロイン退薬により著しく増加した.ヘロインは,エネルギー代謝だけでなく,マウス脳内の神経伝達物質としてのカテコールアミン,およびメラトニンの代謝にも影響を及ぼすことが示された.これは,ヘロイン乱用者に引き起される症状理解の一助となり,新たなバイオマーカー設定につながると期待される.

 

[Note]

CYP2C76は胚発生に重要である

Koyama, S., et al., pp. 112–115.

 カニクイザルCYP2C76はヒトにはない分子種であり,肝臓での発現が高く様々な薬物を代謝する重要な薬物代謝酵素であるが,一部の薬物の代謝で種差の一因になっていることから,CYP2C76の機能を持たない個体はよりヒトに近い代謝様式を示すものと期待される.これを検証するため,以前見出したnull変異をホモでもつ個体を生殖補助技術(ART)により作出することにした.ヘテロ個体より採取した精子と卵子から胚(受精卵)を作出し体外培養後に着床前遺伝子診断(PGD)を行ったところ,野生型やヘテロと異なりホモの胚は子宮移植に供する胚盤胞期まで発育しなかった.またCYP2C76が,胚の発育に重要であると考えられるプロジェステロンの代謝に関与していることが明らかとなった.以上のことから,CYP2C76が胚発生に重要な役割を担っている可能性が示唆された.さらに,胚盤胞期のヘテロ胚を子宮移植したところ健康な産仔が得られたことから,この実験系により特定の遺伝子型を有する個体の作出が可能となった.今後,この実験系がカニクイザルを用いた様々なモデルの構築に応用されることが期待される.

 

[Note]

ヒトOAT2はヒト肝エンテカビル取り込みトランスポーターである

Furihata, T., et al., pp. 116–119.

 現在のB型肝炎治療では,エンテカビル(ETV)またはテノホビル(TFV)が第一選択薬として用いられます.これら薬剤は肝細胞内で肝炎ウイルスの増殖抑制効果を発揮しますが,その前段階である肝細胞への取り込み機序は明らかとなっておりませんでした.そこで本研究では,ETVとTFVのヒト肝細胞取り込みトランスポーターを同定することを目的としました.その結果,ETVは肝細胞に高発現するOAT2の基質となることが明らかとなりましたが,TFVは,OAT2をはじめ代表的な肝取り込みトランスポーターいずれの基質にもなりませんでした.したがって,TFVの肝取り込みトランスポーターは不明なままですが,少なくともETVとTFVは異なる経路を通じて肝細胞内に取り込まれて作用を発揮するものと考えられます.本知見はこれら薬剤の薬効発現の個人差の要因を明らかとする基盤的な知見となることと期待されます.