Newsletter Volume 32, Number 1, 2017

受賞者からのコメント

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創薬貢献・北川賞を受賞して

木原記念横浜生命科学振興財団
第一三共株式会社
泉 高司

 このたび「創薬開発における薬物動態研究の展開と推進」の題目で日本薬物動態学会 創薬貢献・北川賞の栄誉を賜り,第31回年会(松本)において,「Expansion and Promotion of Pharmacokinetics & ADME Studies for Drug Discovery and Development」のタイトルで受賞講演をさせて頂きました.創薬貢献・北川賞にご推薦頂きました,国立医薬品食品衛生研究所の斎藤嘉朗先生,学会賞選考委員長の家入一郎先生をはじめ関係の先生方に厚く御礼申し上げます.また,薬物動態研究のご指導を頂きました杉山雄一先生(理化学研究所 杉山特別研究室),(旧)三共で,医薬品開発のご指導を頂きました,笹原邦弘博士,西村憲二博士,池田敏彦博士,田中頼久博士,および受賞に関わる研究に従事されました,第一三共株式会社 薬物動態研究所の関係者の方々に御礼申し上げます.特に,今回の受賞は,第一三共 薬物動態研究所の過去の研究実績を評価して頂き,私はその代表として栄誉を賜ったと思っております.

 私は大阪大学大学院理学研究科修士課程(有機化学専攻)を終了後,1982年に(旧)三共株式会社 第一生産技術研究所に入社いたしました.薬物動態学は全くの専門外でしたので,先輩の方からのご指導や教科書を頼りに見よう見まねで製剤のbioavailabilityの評価に取り組みました.その後,新規抗糖尿病薬として開発していましたtroglitazoneの薬物動態に関して,当時,東大薬学部教授の杉山先生の下で薬学博士を取得させて頂きました.この時の数年間で,やっと薬物動態学を自分なりに理解できたと実感できました.学位取得後,University of California San FranciscoのLeslie Z Benet教授のラボに留学する機会を得,消化管における代謝やP-糖タンパク質とのinterplayの研究に取り組みました.

 2007年に(旧)第一製薬と統合した第一三共では,2010年間から5年間,薬物動態研究所の所長を務めさせて頂き,現在は,横浜・鶴見の木原記念財団で,AMEDの重篤副作用バイオマーカー開発プロジェクトの事務統括を務めています.

 動態学会では,ワークショップの世話人や理事を務めさせて頂き,特に,2013年の年会では,「創薬イノベーションを目指した薬物動態研究の展開」のテーマで,年会長を務めました.この年から,理事会の方針として,Director’s Initiative Session(DIS)が組織され,年会でのシンポジウム企画などが始まりました.私も,DIS委員長として,企業研究者が興味のある境界領域などのDISを設定し,各DISの先生方にシンポジウムを企画して頂きました.現在は,12のDISが設定されており,今後の動態学会の年会の軸として発展することを祈念しています.

 今回の受賞に関わる研究として,1) 薬物動態の予測に関する研究,2)薬物動態に関するtranslational research, 3) 安全性に関する薬物動態学的アプローチについて,簡単にご紹介させて頂きます.

1) 薬物動態の予測に関する研究

 薬物動態の予測は,企業における薬物動態研究において,プロジェクトのGO/NO GOを判断する重要な情報です.抱合反応に関するヒトの薬物動態予測に関して,私の最初の論文では,troglitazoneのヒトにおける経口投与時の動態を4種の動物のanimal scale-upから予測し,その後,グルクロン酸抱合の予測には,サルのsingle-species allometory scallingの手法が有効であること,抗体医薬品の予測では,サルの動態を用いることが有効であることを発表してきました.

2) 薬物動態に関するtranslational research

 プロドラッグの活性化酵素の同定は,臨床での薬物動態での個体間変動等を考える上において重要な研究として推進しました.降圧剤であるolmesartanのプロドラッグの活性化酵素がcarboxymethylenebutenolidase(CMBL)であることを同定し,ドイツにある第一三共のラボであるTissue and Cell Research Center Munichと共同で,ヒトの小腸,肝臓組織を用いて,薬物の吸収に関与する小腸の上部で高い活性を示すことや個体間変動に関する情報を得ることで,臨床での動態の解釈に役立てることができました.他にも,インフルエンザ薬のイナビルの肺での活性化酵素の同定,S1Pアゴニストのリン酸化,脱リン酸化酵素の同定等,社内の他部署と協力し,臨床での薬物動態を考察するために有益な情報を積極的に取得してきました.

 低分子医薬品のADME研究の中で,重要な代謝経路の検討に関しては,いつ,どこまで詳細に実施するかは,各社とも課題の一つかと思います.PPARγアゴニストとして開発していたrivoglitazoneに関しては,troglitazoneの重篤な肝障害の一つの因子が,反応性代謝物の生成と考えられていることから,詳細な代謝物検索を実施しました.その結果,一つの酸化代謝経路とN-グルクロン酸抱合経路を介した反応性代謝物の生成を予想し,興味深いことに,同じthiazolidinedione環を有するpioglitazoneやrosiglitazoneでもN-グルクロン酸抱合経路を介した反応性代謝物が生成していることが判明しました.

 最近の薬物相互作用のガイダンス等でも示されているように,transporterの評価は必須項目となっています.我々は,organic anion transporter(OATP)の阻害剤であるrifampicin を用いたin vitroでのmedia loss assayとラットでのin vivo試験を組み合わせることで,明確にOATPの基質かどうかを判定できるシステムを構築しました.また,Breast Cancer Resistance Protein(BCRP)の多型の影響を推定するため,Bcrp KOマウスやサルでのBCRP阻害剤elacridarを用いた検討から,消化管での吸収過程への影響を推定できる手法も構築しました.

3)安全性に関する薬物動態学的アプローチ

 安全性に関しては,反応性代謝物の評価法にfocusをあて,GSH Trappingと Time-Dependent Inhibition Assayを組み合わせることで,RI標識体を用いた共有結合性試験をある程度推定できる手法を検討し,初期スクリーニング評価に適用できる可能性を示しました.また,Glutathione S-transferase piを用いて,ヒト肝やP450発現系で直接,反応性代謝物をトラップする手法も開発しています.

経験知

 30数年間,企業での新薬開発のための薬物動態研究に携わり,いろいろな失敗と成功体験から,いくつかの経験知を得ることができました.受賞講演で紹介させて頂きました,“先手必勝,後手に回るな”は,対象となる化合物のリスクを早期に見切り,その確認を行うことが大事という経験知です.また,“巨人の星より,大崎駅の明り”は,星一徹が飛雄馬に示したような空のかなたの“巨人の星”より,第一三共の最寄りの大崎駅の明かりを目指した方が,“reality”の観点から良いという経験知です.

 旧三共に入社時,ラットを大きなマウスと思った薬物動態の初心者が,今回,歴史ある創薬貢献・北川賞を受賞できたことは,ひとえに,先輩の方々や同僚の皆様方のおかげと,心より厚く御礼申し上げます.