Newsletter Volume 33, Number 1, 2018

受賞者からのコメント

 写真:平野誠巳

優秀口頭発表賞を受賞して

東北大学大学院薬学研究科薬物送達学分野
平野誠巳

 この度,第32回日本薬物動態学会年会において,優秀口頭発表賞という名誉ある賞を頂き,大変光栄に思っております.審査いただきました選考委員の先生方および日本薬物動態学会関係者の皆様に厚く御礼申し上げます.

 タンパク質の絶対発現量は,標的を絞る一つの指標として用いることでタンパク質の機能解析に応用可能であると期待されます.本研究室では,タンパク質絶対発現量を算出する手法としてQuantitative targeted absolute proteomics(QTAP)法を開発しました.しかし,この手法は予め標的を決める方式です.従来の方式から逸脱し,標的を絞らない網羅的な研究は,従来見過ごされてきた標的を見出す手法となり得ます.従来の網羅的なプロテオミクスの手法として,ショットガン法やSequential Window Acquisition of all THeoretical Mass Spectra(SWATH-MS) 法が挙げられますが,いずれも相対定量に応用され,絶対定量に応用されていません.絶対定量には,精度と再現性の高いデータが必要です.QTAP法では,精度と再現性を担保するために,濃度既知の安定同位体標識ペプチドを用いる内標準法が用いられてきました.高額な安定同位体標識ペプチドを多種類のタンパク質について合成することは困難であるため,QTAP法による絶対定量には標的にできるタンパク質の数に限界がありました.網羅的な絶対定量の実現には,安定同位体標識ペプチドを使用せずに高い精度と再現性を達成できる手法が必要です.SWATH法は,ショットガン法と比較し定量精度・網羅性・再現性が優れています.そこで本研究では,SWATH法を用いた網羅的なタンパク質絶対定量法の開発を目的としています.SWATH法は,測定サンプル内の全てのペプチドの娘イオンをピークエリアとして検出します.そのため,精度の高い定量を行うためには,定量に適したピークエリアを選ぶ必要があります.そこで私は,ペプチド選択クライテリア(Kamiie et al., Pharma. Res., 25, 6, 1469-1483, 2008)に加え,定量に適したピークエリアの選定を組み合わせたデータ・ペプチド選択クライテリアを考案しました.このクライテリアとSWATH法を組み合わせることによって得られる各トランスポーターのピークエリア値が,QTAP法で決定された既報の絶対発現量値と2倍の範囲内で正の相関を示しました.従って,タンパク質の絶対発現量を,安定同位体標識ペプチドを使用せずに高い精度で推定できることが見込まれます.今後は,異なるタンパク質,異なる臓器,異なる細胞内画分を用いて,絶対発現量の推定の精度と真度を統計学的に評価し,本手法の優位性と限界,そしてそれらの理由を明らかにすることによってブラックボックスの中身を整理し,様々な研究分野において実際に“使える” “使って頂ける”手法の構築に努めたいと考えております.

 本研究では,上記のタンパク質の網羅的絶対発現量の推定に加えて,同様の高精度化SWATH法を用いて膜タンパク質の管腔側/血液側細胞膜局在の網羅的解析を行いました.34分子中32分子について,推定された局在は免疫染色等で報告されている局在と一致し,本手法が膜タンパク質の局在推定に有用であることが示されました.

 以上の網羅的な絶対発現量推定および局在推定の方法は,従来の絶対定量解析と免疫染色による局在解析の共通の限界であった網羅性の問題を一挙に解決し,次の研究で焦点を当てるべきタンパク質を合理的に選択することに非常に役立つことが期待されます.

 最後になりましたが,本研究の遂行に際してご指導いただいた当研究室の寺崎哲也教授,立川正憲准教授,内田康雄助教並びに学生の皆様にこの場をお借りして深く御礼申し上げます.