Newsletter Volume 33, Number 1, 2018

受賞者からのコメント

 

学会賞を受賞して

東京大学医学部附属病院薬剤部
鈴木洋史

 この度,「薬物動態学の展開と医療への応用」という題目で,日本薬物動態学会学会賞受賞の栄誉を賜り,第32回年会(東京)にて受賞講演を行わせていただきました.学会賞にご推薦いただきました楠原洋之先生をはじめ,関係の先生方に深謝いたします.また,受賞に関わる研究にご協力いただきました,東京大学医学部附属病院薬剤部の教職員,大学院生,学部学生の皆様に厚く御礼申し上げます.

 私は1983年4月に,東京大学薬学部製剤学教室(花野 学教授)に学部4年生として配属になり,修士課程,博士課程に進学しました.薬物速度論の基礎を学びつつ,大学院では薬物の中枢移行について,各種実験系を工夫しながら検討を加え,薬学博士の学位を取得しました(β-ラクタム抗生物質の脳内移行に関する薬物動態学的研究).今回の受賞の前に,花野 学先生のご逝去の報に接し,残念でなりません.研究室では,花野 学先生,伊賀立二先生(現東京大学名誉教授),杉山雄一先生(現東京大学名誉教授,理化学研究所特別招聘研究員),澤田康文先生(現東京大学客員教授),原島秀吉先生(現北海道大学教授)らのご指導を受けました.大学院を中退し,教務職員,助手として同教室に勤務しましたが,花野 学教授のご後任の杉山雄一教授のご指導のもと,薬物の胆汁排泄機構に関する研究を開始いたしました.また寺崎哲也先生(現東北大学教授)のご指導も得て,大学院時代の研究も発展させ,「血液脳関門・血液脳脊髄液関門における薬物排出輸送系の解析」という題目で,日本薬物動態学会奨励賞を受賞することができました.1993年8月から1年半ほど,米国ニューヨーク大学医療センター病理学部門(Daniel Meruelo教授)のもとでProfessor of Researchとして勤務し,白血病レトロウイルスの感染のきっかけとなる受容体のクローニング,組み換え型ウイルスを用いた遺伝子デリバリーなどのテーマで研究を進め,分子生物学的手法を習得しました.同時期に日本から留学されていた臨床医の先生方からも多くを教えていただきました.帰国後は,化合物の胆汁排泄や肝臓への取り込みに関与する輸送担体の同定と機能解析,in vitroで得られた結果からin vivoでの動態を予測する方法などについての研究を進めました.

 2003年4月より,東京大学医学部附属病院薬剤部に異動,伊賀立二教授のご指導を受けながら,2004年6月から薬剤部を担当することとなりました.薬剤部に異動後は,薬学部時代に習得した薬物動態解析を臨床に応用すること,また薬理効果や毒性などの,よりdynamicな分野へ発展させることを目標として研究を進めました.いくつかの研究内容につきまして,下記に紹介させていただきます.

1.薬物間相互作用の解析

 薬物動態変動に基づく薬物間相互作用の解析につきましては,すでに総説にまとめさせていただいているほか(Hisaka et al., Drug Metab Pharmacokinet 25: 48, 2010),本会会長を拝命しておりました折に,厚生労働省のご担当部署あてにガイドライン改定の要望書を提出,その後,本会会員の多くの先生方のご尽力により,「医薬品開発と適正な情報提供のための薬物相互作用ガイドライン(最終案)」としてまとめられ,最終的な公布が待たれる状態となっております.

 一方で,薬力学的相互作用は,解析自体が各論的になってしまいますが,教室の生活習慣病に関する研究の一環として,エゼチミブ(高脂血症治療薬)とワルファリン(抗凝固薬)の相互作用機構が明らかとされました.この研究により,ビタミンKがコレステロールと同様,消化管上皮細胞に発現されるNPC1L1により吸収されることが示され,エゼチミブによるビタミンK吸収の抑制がワルファリンの効果増強の原因となることが示されました(Takada et al., Sci Trans Med, 7: 275ra23, 2015).また,最近では,クロピドグレル,アムロジピンなど,いくつかの薬物がLDLに組み込まれ,LDL受容体を介して肝細胞内へと取り込まれ,薬物の全身からの消失に大きく関与することを,LDLアフェレーシスを受けている家族性高コレステロール血症の患者さんのデータも含めて示すことができました.LDLへの薬物の組み込みは,脂溶性のみに依存するのではなく,その機構に関する研究が必要とされ,また肝細胞内に取り込まれた後の動態についても今後の検討が必要ですが,現在までの,非結合型薬物のみが組織移行に関与するという考え方に修正を迫る結果となりました.エボロクマブなどのPCSK9阻害剤は,LDL受容体の分解を阻害することにより,LDLの肝臓への取り込みを増加させることから,これらの阻害剤と,LDLへ組み込まれる薬物の間での薬物間相互作用が生じうるものと予想されます(Yamamoto et al., Sci Rep, 7: 633, 2017).

2.薬物の効果・毒性の定量的評価に向けた解析

 薬物速度論研究の発展により,身体の中の薬物の動態を数理的に記述することが可能とされました.この考え方を発展させれば,薬物の効果や毒性を数理的に記述することが可能となるはずです.薬物動態学のこのような発展の方向性は,2005年のハワイでのISSXとの合同学会の折に,粟津荘司先生によってご指摘いただいております.

 その第一歩として,分子標的薬(チロシンキナーゼ阻害剤)の毒性発現機構について,薬物動態学・薬力学的解析を加えました.進行性腎臓がんの第一選択薬となるスニチニブは,種々の臓器における毒性発現が問題となり,薬物治療上の大きな問題となっております.そこで,スニチニブのoff-targetとなるチロシンキナーゼの同定を目的とした検討を進めました.ここでは投与後の副作用発現の低いソラフェニブとの比較検討を進めましたが,両薬物の投与による,300種類以上のキナーゼの阻害率を,報告されているKd値と,臨床における非結合型濃度をもとに算出したところ,PHKG(phosphorylase kinase H-subunit)がスニチニブにより強く阻害されることが明らかとされました.PHKG阻害による細胞内イベントを,システム・バイオロジー領域ですでに作成されている代謝マップをもとに解析したところ,最終的に細胞内のグルタチオンの低下につながることが示唆されました.動物実験によりこの仮説の正しさが検証され,さらに,ビタミンEなどの抗酸化剤の投与により,細胞内のグルタチオン濃度を回復させると,心臓,肝臓,血小板,甲状腺などの副作用が軽減されることも示されました(Amemiya et al., NPJ Syst Biol Appl 1: 15005, 2015).

 現在,数百本の連立微分方程式のパラメータを決定することにより,開発中の医薬品候補化合物の毒性を予測する方法論を開発しているところですが,数理解析技術の発展に伴い,薬物動態解析の方法論の拡張が可能となり,薬理効果や毒性の定量的記述ができる日が来るものと期待しております.

 私たちはさらに,母集団薬物速度論の方法論を応用することにより,多くの患者から得られた断片化された診療録データを連結させることにより,アルツハイマー病などの慢性疾患の病態進行を記述する統計的手法についても検討を進めて来ました.現在,論文を投稿しているところですが,このような方法論は,他の慢性疾患の進行の解析にも適用可能なものです.上述のシステム・バイオロジーに基づく機構解析と,統計的手法に基づく実際の病態解析を照らし合わせることにより,機構論に基づいて病態の進行を理解し,治療標的を提唱することを最終的に可能にしたいと考えています.

 以上,最近の研究をまとめました.これらはファーマコメトリックス領域に属する分野かもしれません.薬物動態学研究を基盤としつつ,新たな発展が図れれば幸いと考えております.