Newsletter Volume 33, Number 1, 2018

受賞者からのコメント

 写真:内田康雄

優秀口頭発表賞を受賞して

東北大学大学院薬学研究科 
内田康雄

 この度,日本薬物動態学会第32回年会において,栄誉ある優秀口頭発表賞を賜り,大変光栄に存じます.選考委員の先生方に心より御礼申し上げます.

 「血液脳関門のP糖タンパク(P-gp)」といえば,「多剤の脳への移行を妨げる排出トランスポーター」というのは,誰しもが思い浮かぶ定説となっています.ここ10年間では,様々な中枢疾患においてP-gpの排出輸送活性が多様に変化することが次々と報告され,中枢疾患に対する薬の効果や副作用に影響を与えるトランスポーターであるという認識が広まりつつあります.こうした中,私は,このように多様に疾患とリンクするP-gpの振る舞いを見て,「もしかするとP-gpは中枢疾患の発症や進行を引き起こす原因になっているのではないか?もしそうならば疾患治療の標的分子になるのではないか?」と着想しました.

 脳梗塞は,我が国において,要介護になる主要な原因疾患のひとつです.脳血流の遮断だけでなく,抗血栓療法による血流回復によって発生する大量の酸化ストレスが神経傷害を引き起こします.つまり,血流再開によって命が救われた場合でも後遺症が問題となっています.P-gpの唯一の内因性基質であるグルココルチコイドは虚血再灌流後の神経傷害の原因物質として知られています.脳梗塞患者では血中濃度が上がる傾向にありますが,それほど顕著ではありません.密着結合も数時間までは崩壊しません.では,なぜ,顕著な神経傷害を引き起こすのか?私は「血液脳関門のP-gpの排出輸送活性が血流再開直後に瞬時に低下し,それによってグルココルチコイドの脳内濃度が急上昇し,神経傷害を引き起こすのではないか?」と仮説を立てて研究を進めました.その結果,in situ brain perfusion法とin vitroのヒト脳毛細血管内皮細胞株(hCMEC/D3細胞)を用いた解析によって,酸化ストレス条件において血液脳関門のP-gpの輸送活性は分単位で低下し,コルチゾールの脳への移行が有意に増加することが明らかとなりました.また,これは,Abl kinaseとSrc kinaseの活性化によってcaveolin-1がリン酸化され,カベオラの内在化に伴って迅速にP-gpが内在化するためであることが明らかとなり,さらに,Abl・Src kinaseの阻害剤によってこの分子機構を遮断でき,P-gpの排出輸送活性の低下を抑制できることを明らかにすることができました.これらの基礎的知見は,現在の脳梗塞治療における抗血栓療法やエダラボンなどのフリーラジカルスカベンジャーでは十分な治療効果を達成できない症例に対する新たな治療戦略につながるものと期待しています.

 最後に,本研究を遂行するにあたり,ご指導・ご鞭撻を賜りました寺崎哲也先生(同研究室),大槻純男先生(現 熊本大学薬学部)および立川正憲先生(同研究室)に心より感謝申し上げます.また,二人三脚で熱心に本研究に取り組んでくださいました卒業生の星裕太朗博士(現 小野薬品工業)に厚く御礼申し上げます.