Newsletter Volume 33, Number 1, 2018

受賞者からのコメント

 写真:森 大輝

ベストポスター賞を受賞して

東京大学大学院薬学系研究科分子薬物動態学教室
森 大輝

 この度,第32回日本薬物動態学会年会においてベストポスター賞という名誉ある賞を頂き,大変光栄に存じます.ご審査いただきました選考委員の先生方をはじめ,日本薬物動態学会関係各位の皆様に厚く御礼申し上げます.

 トランスポーターは薬物間相互作用(DDI)における重要な作用点です.そのため日米EUの規制当局は新薬開発に際し,候補化合物のトランスポーター阻害能をin vitro試験から算出し各局ガイドラインの閾値を超える場合にはプローブ薬を用いた臨床DDI試験を行うことを求めています.しかし現状,in vitro試験の結果に基づく外挿は一定のエラーを含み,また臨床DDI試験の実施は製薬企業の大きな負担となっています.これらを解決する手法として近年提唱されているのが,内因性基質を薬物動態バイオマーカー(内因性プローブ)として用いたDDIポテンシャルの評価です.当研究室でも臨床上重要な複数のトランスポーターについて内因性プローブを報告しています.

 Organic anion transporting polypeptide 1B1, 1B3 (OATP1B1/1B3)は肝細胞類洞側膜に発現し,スタチンやサルタン等の肝取り込みを担うトランスポーターです.これまでに内因性プローブとして胆汁酸硫酸抱合体のglycochenodeoxycholate-3-sulfate (GCDCA-S)やヘム合成の副産物であるcoproporphyrin I(CP-I)が見出されており,OATP1B1/1B3の典型的阻害剤であるリファンピシンによって血漿中濃度が増大することが臨床試験の結果から示されています.しかしこれら内因性プローブの有用性を前向きに検証した事例は存在しません.そこで私は,過去のin vitro試験の報告から臨床投与量の範囲でOATP1B1/1B3を阻害すると推定されるパクリタキセルに着目し,そのDDIポテンシャルをGCDCA-SとCP-Iの血漿中濃度に基づいて評価することを目的としました.まずOATP1B1/1B3発現系HEK293細胞を用いた阻害試験の結果,実際にパクリタキセルはOATP1B1を選択的に阻害し,得られたKi値から臨床投与量において投与直後OATP1B1が50%程度阻害されることが示唆されました.そこでパクリタキセルによる化学療法を受ける非小細胞肺がんの方11名にご協力いただき,オープンラベルクロスオーバー試験を実施しました.LC-MS/MSを用いた解析の結果,パクリタキセル投与時において上記内因性プローブの血漿中濃度は有意に上昇し,パクリタキセルがOATP1B1/1B3を介したDDIを起こすことが示唆されました.

 本研究により,内因性プローブを用いて投与薬剤のOATP1B1/1B3に対するDDIポテンシャルを前向きに評価可能であることを初めて実証することができました.今後各局ガイドラインに内因性プローブに基づいたDDIポテンシャルの評価が加わることで,第1相試験の段階で複数の異物解毒タンパク質が関連する薬物相互作用の有無を判断できるようになり,医薬品開発のコスト削減や時間短縮に繋がるとともに,安全な薬物療法に貢献するものと期待しています.

 最後に,本研究の遂行に際してご指導いただいた当研究室 楠原洋之教授,前田和哉講師,林 久允助教,水野忠快助教,学生の皆様,共著者の昭和大学内科学講座腫瘍内科学部門教授 佐々木康綱博士,講師 石田博雄博士,講師 楠本壮二郎博士(現昭和大学内科学講座呼吸器アレルギー内科学部門),昭和大学腫瘍分子生物学研究所教授 藤田健一博士,また臨床試験にご協力いただきました被験者の皆様にこの場をお借りして深く御礼申し上げます.