Newsletter Volume 38, Number 1, 2023

受賞者からのコメント

顔写真:中山美有

ベストポスター賞を受賞して

武田薬品工業株式会社 リサーチ 薬物動態研究所
中山美有

 この度は,日本薬物動態学会第37回年会において『State-of-the-art light-sheet microscopic imaging of a whole-brain with tissue clearing technique: Comprehensive analysis of brain distribution for antisense oligonucleotides』という演題で,ベストポスター賞を賜りました.このような大変栄誉ある賞をいただき光栄に存じます.選考委員の先生方,ならびに日本薬物動態学会関係者各位に厚く御礼申し上げます.

 中枢疾患に対するアンチセンスオリゴ核酸 (antisense oligonucleotide, ASO)を用いた治療において,臨床では髄腔内(intrathecal, IT)投与が一般的に用いられています.げっ歯類など小動物を用いた研究では,IT投与が技術的に難しいこともあり,脳室内投与(intracerebroventricular, ICV)投与が用いられることもあります.一般的に,ITおよびICV投与後のASOの脳内分布評価には,positron emission tomographyやcryo-fluorescence tomographyを用いた3次元イメージングや共焦点顕微鏡を用いた組織切片上の2次元イメージングが行われていますが,脳内分布や排泄メカニズム,さらには,それらの種差については,空間解像度の不足や観察領域の制限等の技術的問題により,十分に明らかとなっていませんでした.近年,ライトシート蛍光顕微鏡と組織透明化技術の目覚ましい進歩により,シングルセルレベルでの全脳イメージングが可能になりました.しかしながら,ASOの脳内分布に応用している例はありません.そこで本研究では,これらの技術を用いて,高空間分解能を有した全脳薬物分布評価基盤を構築し,ASOの脳内分布・排泄メカニズム・種差について明らかにすることを目的としました.

 Alexa647で蛍光ラベルしたASOをマウス,ラットおよびマーモセットへITまたはICV投与し,所定の時間経過後,脳を採取し,透明化処理を行い,光シート顕微鏡で免疫染色した脳血管および蛍光核酸を3次元的にイメージングしました.その結果,全脳の脳血管ネットワークおよびASOの局在を可視化することに成功し,次の3つのことが新たに明らかとなりました.① ITおよびICV投与されたASOはglymphatic systemによる動脈周囲腔における脳脊髄液の流れに沿って脳内に分布している.② ①の脳内分布パターンはげっ歯類と霊長類で種を超えて保存されている.③ 脳実質内に投与されたASOは周囲の動脈周囲腔へと速やかに分布する一方で,静脈周囲腔にはASOの分布が確認されなかったことから,排泄にはintramural peri–arterial drainage pathwayが関与している可能性がある.これらはASOの脳内分布メカニズムに新たな洞察を与えるものであり,今後のASO創薬に有益な知見であると考えています.

 本研究では,全脳における薬物分布評価基盤の構築に成功しました.この評価基盤は,従来法と比較し,高空間分解能で網羅的に薬物の組織内分布を評価できる点で優れています.本研究基盤は,ASO以外の治療モダリティの分布評価にも応用可能であり,今後の薬物分布研究において広く活用されるものと思われます.

 最後になりましたが,共に研究を遂行しました森 美里氏,渡辺 博氏,灰谷優子氏,草薙彩加氏,ならびに指導を賜りました平林英樹氏,後藤昭彦氏,山本俊輔氏また武田薬品工業株式会社薬物動態研究所各位に,この場をお借りしまして深く感謝を申し上げます.