Newsletter Volume 38, Number 1, 2023

受賞者からのコメント

顔写真:佐藤 翔

ベストポスター賞を受賞して

武田薬品工業株式会社 リサーチ 薬物動態研究所
佐藤 翔

 この度は,「Advanced physiologically-based pharmacokinetic model for transferrin receptor-mediated drug delivery system into brain in rats, monkeys and human transferrin receptor knock-in mice」という演題でベストポスター賞という名誉ある賞をいただきまして誠にありがとうございます.審査いただきました選考委員の先生方をはじめとして日本薬物動態学会の関係者の皆様に厚く御礼申し上げます.

 中枢神経系疾患を標的とした創薬では,低分子のみならず高分子モダリティーにおいても血液脳関門 (BBB) を効率よく透過し,脳実質細胞へ送達できる分子設計が重要な課題の一つとなっています[1].トランスフェリン受容体 (TfR) を介したトランスサイトーシスは,BBBを通過して中枢神経系に高分子モダリティーを送達するための魅力的な経路として知られています.抗ヒトTfR抗体とイデュロン酸2-スルファターゼの融合タンパク質であるJR-141は,既に臨床試験で有望な結果を得て,ムコ多糖症II型の治療薬として上市に成功しています[2-4].この成功を皮切りに後続の分子でも臨床試験が進行中であり[1],TfRを介した送達システムによる次世代医薬品の開発が勢いを増しています.しかしながら,TfRを介した薬物送達を効率的に行うための薬物プロファイルは,十分に解明されていません.そこで,本研究ではTfRを介した薬物送達システムの方向性を示すために,生理学的薬物動態 (PBPK) モデルを開発しました.このモデルは,TfRを介した抗TfR抗体の脳毛細血管,脳内皮細胞,細胞外液 (ECF) 及び脳実質細胞 (BPCs) への経細胞および細胞内移行を扱うものです.TfRへの結合親和性 (TfR-Kd) が多様な抗TfRモノクローナル抗体(融合タンパク質を含む)をラット,サル,ヒトTfRノックイン (hTfR-KI) マウスに投与した時の脳・血漿中濃度データの既報値を用いてモデルキャリブレーションを行い,これら3動物種において良好な精度で脳内濃度推移を予測することのできるPBPKモデルを構築しました.次にTfR介在性の薬物送達において最適な特性を推定するために感度分析を行った結果,1) TfR-Kdと脳内曝露量の間にベル型の関係があること,2) 脳内曝露を最大化する最適なTfR-Kdの範囲はサルとhTfR-KIマウスで近しいのに対し,ラットでは異なること,3) ECFと比較してBPCs内曝露の最大化に求められるTfR-Kdはより小さいこと,4) pH感受性抗体を使用するとBPCs内曝露が増加する一方でECF内曝露の増加効果が限定的であることが示唆されました.これらの結果は,今後,実験データに基づく裏付けが必要になるものの,TfRを介した送達技術を利用する高分子モダリティーの効率的かつ最適な分子設計に貢献するものであり,さらには非臨床データから本モデルを用いた適切な外挿による正確なヒト用量予測が可能になると期待されます.

 最後に,今回の受賞に至るまで,様々な方々に協力いただきました.東京大学大学院薬学系研究科分子薬物動態学教室の楠原洋之教授,沖田嵩樹氏,武田薬品工業株式会社リサーチ薬物動態研究所所員一同,とりわけ劉 斯煜所員,後藤昭彦主席研究員,山本俊輔主席研究員,平林英樹研究所長,岩﨑慎治リサーチマネージャー,菱沼浩子所員,中山美有所員,劉 秋実所員,水野邦彦主任研究員,および同社アメリカ開発センターの米山智城主席研究員,最後に平素より仕事へ専念できる環境を届けてくれている家族に対し,この場を借りて厚く御礼申し上げます.