Newsletter Volume 37, Number 1, 2022

受賞者からのコメント

中山美有

ベストポスター賞を受賞して

武田薬品工業株式会社 薬物動態研究所
中山美有

 この度は,第36回薬物動態学会年会において『Establish of a simple and versatile cell quantification method by droplet digital PCR using single surrogate calibration curve for various biological samples』という演題で,ベストポスター賞を賜りました.このような大変栄誉ある賞を頂き光栄に存じます.選考委員の先生方,ならびに日本薬物動態学会関係者各位に厚く御礼申し上げます.

 細胞治療製品の生体内分布は,その有効性と安全性に深く関連しているため,生体試料中の細胞数を定量的に評価することは極めて重要です.一般的に細胞定量には定量的ポリメラーゼ連鎖反応(qPCR)が汎用されていますが,この方法には,PCR増幅時におけるマトリクス効果とマトリクス間のゲノムDNA回収率の差異という2つの問題があります.したがって,qPCRによる細胞定量ではマトリクス毎に検量線を作製する必要がありました.特に,げっ歯類における生体内分布試験では,生殖器や脾臓といった小さな組織の検量線を作成するために,そのブランク組織採取用として大量の動物が必要となり,使用動物数の多さが細胞製品の生体内分布試験のボトルネックとなり得ます.一方で,エンドポイントPCR分析であるドロップレットデジタルPCR(ddPCR)は,マトリックス効果を受けにくいという特徴を有しており,ddPCRを用いることでマトリクス効果を低減できる可能性があります.また,外部標準遺伝子(EC)を各サンプルに添加することで,DNA回収率の補正も可能と考えられます.そこで,本研究では,単一代替マトリクス検量線を用いて生体試料中のヒト細胞を定量可能な新規ddPCR法を確立することを目的としました.

 代替マトリクスとしてマウス肝臓ホモジネートを用いた検量線を作製し,DNA回収率を補正するために,イヌのゲノムDNAをECとして各試料に添加しました.種々のマトリクス由来のQC試料の細胞数をddPCRで定量した結果,qPCRで認められたマトリックス効果は低減され,さらにECによるDNA回収率の補正効果も確認されました.本測定法を用いて算出したQC試料中の細胞数の真度および精度は,全てのマトリクスにおいて,日内および日間で良好な結果が認められ,本測定法の優れた定量性と汎用性が示されました.
 本研究は,単一代替マトリクス検量線による様々な生体試料中のヒト細胞の定量をddPCR法を用いて可能とした最初の報告です.従来のqPCR法と比較し,本方法は動物の使用数を劇的に削減することが可能である点で,動物実験倫理面で優れています.また,生体分析における労力とコストも大幅に改善し,高い生産性を有しています.本測定法が,細胞治療製品の生体内分布研究におけるddPCRの有用性に関して新たな知見を与えることを確信しています.

 最後になりましたが,共に研究を遂行しました江頭国光氏,森美里氏,渡辺博氏,八田幸憲氏,ならびに指導を賜りました平林英樹氏,山本俊輔氏,また武田薬品工業株式会社薬物動態研究所各位に,この場をお借りしまして深く感謝を申し上げます.