Newsletter Volume 35, Number 2, 2020

受賞者からのコメント

写真:望月達貴

ベストポスター賞を受賞して

東京大学大学院 薬学系研究科 分子薬物動態学教室
望月達貴

 この度,第34回日本薬物動態学会年会において,ベストポスター賞という栄誉ある賞を授かり,大変光栄に思っております.ご審査いただきました選考委員の方々をはじめ,日本薬物動態学会関係者各位に厚く御礼申し上げます.

 薬物の中枢移行を制御する代表的な組織である血液脳関門;Blood brain barrier (BBB)における薬物輸送の分子機構解明は,精緻な薬物の中枢移行性予測や制御を目指す上で重要な課題だと考えられます.これまで,輸送機構未知ながら飽和性の中枢移行を示す薬物が複数報告されている一方で,これらの輸送の分子機構解明を試みる研究は数少なかったことから,私は本課題に挑戦することとしました.

 私は薬物の中枢移行性制御に関わる候補分子の1つとしてBBBに高発現することが示唆されているトランスポーターSLC35F2に着目しました.本分子は,カスパーゼの活性化を阻害しアポトーシスを抑制するSurvivinを阻害することによりにより抗がん効果を示す化合物 YM155を基質とし輸送すること,および哺乳類細胞において細胞膜に局在することが報告されていました.そこで私は本分子のBBBにおける発現・局在を検証し,その機能を3種類のBBBモデル細胞を用いて検証することとしました.

 ヒトBBB不死化細胞hCMEC/D3,ヒトiPS細胞由来脳毛細血管内皮細胞(hiPS-BMECs)およびマウス・カニクイザル脳より抽出したBBB粗膜画分において,SLC35F2のタンパク質発現が検出されました.また免疫染色法により,hiPS-BMECsにおいてSLC35F2のluminal膜への局在が確認され,本分子が中枢への薬物送達機能を持つ可能性が考えられました.

 そこで,三種類のBBBモデル細胞を用いたYM155輸送試験を行いました.hCMEC/D3細胞においてはYM155の細胞内取り込みがSLC35F2阻害剤であるfamotidineおよびSLC35F2 siRNA処理により有意に減少しました.ファーマコセル社より販売されているサルBBB kit (MBT-24H)を用いたYM155透過性試験においては,famotidineによるA-to-B輸送の低下が確認されました.また,hiPS-BMECsにおいてYM155のA-to-B輸送はfamotidine処理により有意に減少し,他のカチオン性トランスポーター阻害剤の影響は見られませんでした.そこで,CRISPR/Cas9 systemを用いてSLC35F2ノックアウトhiPS-BMECsを樹立し,YM155透過性試験を行ったところ,A-to-B輸送は対照細胞の1/60程度にまで減少し,傍細胞輸送と同程度まで減少したことから,本細胞でのYM155輸送にSLC35F2が大きく寄与していることがわかりました.以上の結果から,SLC35F2はBBB luminal膜において薬物輸送担体として機能することが初めて明らかとなりました.今後は,SLC35F2のカウンターパートとしてabluminal膜においてYM155を能動輸送する担体の分子同定に着手しようと考えております.

 最後になりますが,本研究の遂行に際してご指導いただいた楠原洋之教授,前田和哉講師,林 久允助教,水野忠快助教,共に研究を遂行しました帝京大学 出口芳春教授,樋口 慧助教,手賀悠真助教,黒澤俊樹様,国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 川端健二様,山口朋子様に,この場をお借りして厚く御礼申し上げます.