Newsletter Volume 35, Number 1, 2020

学会 道しるべ

顔写真:前田仁志

KSAP27年会に参加して

熊本大学大学院生命科学研究部 薬剤学分野
前田仁志

 私は2019年10月11日,ソウル大学Hoam Faculty Houseで開催されたThe 27th Annual Meeting of The Korean Society of Applied Pharmacology (KSAP; http://www.ksap.or.kr/)に参加の機会を頂きました.”Human Microbiome: New Horizons in Disease Control and Pharmabiotic Development”と題したこの学会では,マイクロバイオームに関する概説に始まり,それに準じた治療標的,創薬における障壁,さらには創薬研究アイデア・トレンドなどのセッションが設けられ,応用薬理学をバックグラウンドとする300名程の研究者で活発な討論が行われました(図1).KSAPのスピーカー選出に際して,この場をお借りして日本薬物動態学会理事の大槻純男先生をはじめ,選考委員会の先生方に厚く御礼申し上げます.

図1 学会の様子

 近年,直接作用型抗ウイルス薬や核酸アナログ製剤の開発により,C型ウイルス性肝炎に対する治療は著しい発展を遂げ,ウイルス除去効率が向上した結果ポスト肝炎ウイルス時代を迎えつつあります.しかしながら,その他の慢性肝炎に対する効果的な治療法は未だ確立しておらず,21世紀の肝炎治療標的はウイルス性以外の肝炎であるアルコール性及び非アルコール性脂肪性肝炎(NASH),自己免疫性肝炎や薬剤性肝炎などにシフトすると予想されております.その中でも私は,これまでにNASHにおける肝マクロファージ(クッパー細胞)と酸化ストレスに着目し,薬物動態とタンパク工学の観点から創薬研究に従事して参りました.

 本学会では「Kupffer cell targeting nano-antioxidant as a novel therapeutic strategy for non-alcoholic steatohepatitis」という演題で発表を行い,NASHと腸内細菌叢の関係に加え,NASH に対する創薬研究のトレンドを概説し,実際私の検討で得られたNASHに対する創薬研究の障壁とそれをクリアする独自のアイデアを紹介しました.NASHと診断された患者のうち約30%が門脈圧亢進症(PH)を合併していることがアメリカの臨床研究により報告されています.PHとは,門脈系の血流障害などを原因として,門脈圧が200mmH2O(正常は100〜150mmH2O)以上に上昇した門脈圧の亢進状態を指します.NASHの場合,肝実質細胞へ脂質が蓄積する結果,肝臓の毛細血管である類洞を圧迫することで微小循環が破綻し,PHを合併すると考えられています.興味深いことに,NASH患者の重症度と肝血流量が逆相関することから,私はNASHで惹起されるPHが肝血流を低下させると考え,肝血流改善剤とクッパー細胞を標的とする抗酸化剤の併用を行いました.抗酸化剤単独群では効果が認められなかったのに対し,併用群ではNASH病態を改善したことから,肝血流の減少といった肝臓における生理学的な変化がNASHに対する創薬研究を困難にさせる原因の一つではないかと考えております.英語で30分間プレゼンテーションした経験のない私にとって非常にプレッシャーのかかる学会でしたが,質疑では大会長であるJong Hoon Ryu先生(Kyung Hee University)から「You are genius!!」と身に余るお言葉を頂き,とても興奮しました.

 私自身,韓国には幼少の頃に家族旅行を一度したことがあり,単身での渡航は初めてで不安も大きく,仁川空港に到着してからソウル大学Hoam Faculty Houseへの移動も一苦労でした.移動中はバスで2時間程度揺られながらソウル郊外の綺麗な景色を眺めることができました.夕方に到着するとKSAP執行部の先生方からレセプションパーティーにお招き頂きました.各々の自己紹介を簡単に済ませた後,その日が10月10日というのもあって,ノーベル賞(10月9日に発表)に吉野 彰先生が選出されたことや,韓国・日本のサイエンスの在り方について,KSAP運営委員の先生方と楽しくお話しすることができました.KSAPではランチョンという形式をとっておらず,代わりに円卓を学会参加者で囲みお話ししながら昼食を頂く,という初めての体験をしました.そこでは冷麺やビビンバを堪能しました.また,会の終了後はKSAP運営委員のYoungjoo Kwon先生(Ewha Womans University)の車でソウルの繁華街までご案内頂き,韓国の伝統料理を沢山頂きました(図2).会期中はKSAP執行部の先生方に本当に良くしていただき,何不自由なく過ごすことが出来ました.感謝の意を表したく存じます.

図2 黒ごまのお粥

 最後になりましたが,KSAPに参加しコミュニケーションツールとしての英語の重要性を再度認識することができました.また,国際的な研究の進捗状況の確認に加え,異文化と触れ合うことで自分自身の見聞を広げるとても良い機会となりました.今回得ることのできた貴重な体験を今後の研究に活かし,薬物動態研究のさらなる発展に貢献できればと存じます.