Newsletter Volume 35, Number 1, 2020

受賞者からのコメント

顔写真:家入一郎

学会賞を受賞して
薬物動態研究者,薬物動態学担当薬系大学教員として思うこと

九州大学大学院薬学研究院薬物動態学分野
家入一郎

 この度,『医薬品個別適正化使用を目指した薬物動態関連遺伝子の発現調節機構解明とヒトでの機能評価』とのタイトルで,日本薬物動態学会学会賞の栄誉を賜り,第34回年会にて受賞講演を行わせて頂きました.関係の方々に深謝いたします.

 今回,薬物動態関連遺伝子の多型やepigenetics機構による発現調節がヒトでの医薬品の体内動態や効果の個人差となることを示した研究での受賞ですが,多くの先生方のご指導により,これらの研究の遂行が可能となりました.特に,前任であります,樋口 駿教授,医療法人相生会・入江 伸理事長,理研・杉山雄一先生に厚くお礼申し上げます.

 さて,過去の『学会賞を受賞して』の内容を見ますと,特に,決まった内容について記述するものでもなく,自由な内容で書かれている先輩が多いので,私も薬物動態研究者,薬物動態学担当薬系大学教員として思うことを述べさせていただきたいと思います.

 私が勤務する九州大学薬学部における『薬物動態学』の冠講義は,学部3年次の『薬物動態学III』ですが,薬物動態学Iでは,微分(方程式)・積分による薬物速度論の式の展開やモーメント解析,生理学的モデルの構築などが中心となっています.ところが,本講義で使用している教科書が今年で絶版になるという知らせを受け(その後,継続出版が決まりました),これに代わる教科書を探しました.全国の薬系大学で使用する『薬物動態学』の教科書を調べました.その結果,薬物速度論を中心に記述する教科書(いわゆる,こてこての速度論を取り扱う)を見つけることが出来ませんでした(私の調査不足であれば申し訳ありません).私が在学中の薬物動態学は,ラプラス変換に慣れる講義があったように思います.現在,医学部,看護学部でも薬物動態学の講義が設定されていますが,その内容の多くは臨床薬理学(例えば,薬物代謝酵素やトランスポーターが関与する医薬品相互作用など)であり,薬学で言う生物薬剤学に近い内容かと思われます.『薬物動態学』は薬学独自の講義と言われてきましたが,その重要性から医療系学部での取り扱いが増えています.しかし,薬物速度論(こてこての)はいまだに,薬学部独自の講義だと思います.最近は,pharmacometricsといった新規の学問(実践的)領域が重要視されていることからも,専門的な薬物速度論を取り扱う教科書が減っている現状は,薬系大学における『薬物動態学』の今を反映していると思われ,少し,心配しています.

 1983年に九州大学大学院薬学研究科の医療系講座(主任教授・堀岡正義教授,九州大学医学部附属病院薬剤部長)修士課程を修了の後,そのまま,同・薬剤部に入局し,TDM(therapeutic drug monitoring)に関する研究を行ってきました.医薬品の個別適正化使用に関する研究ですが,1993年から薬学研究科薬物動態学分野の助手として,当時北海道大学の鎌滝先生や国立国際医療センターの石崎先生がリード研究者であったpharmacogenomics(PGx)の研究を開始しました.1980年代におけるTDMの海外先駆者が挙ってPGx研究に走り,TDM→PGx研究展開の自然の流れを感じました.その後,研究テーマを変えることなく,鳥取大学医学部附属病院薬剤部(1998-2005),九州大学大学院薬学研究院・薬物動態学分野(2005-現在)と,薬剤部と薬学部を行き来しました.この経験の中で,強調したい事は,臨床研究をする際には,基礎研究が極めて重要である点です.出来れば,両方の志向が望まれますが,臨床サイドの多くは,基礎研究的思考と技術(よりハードルが高い)に弱いと思われます.そこで,薬物動態研究を行っている基礎研究者の出番です.以前と比較しますと,両者の融合研究は確実に増えていますが,それ以上の数の臨床研究が基礎的知見に裏打ちされずに進んでいる現状を感じます.総ての薬物動態関連の基礎研究者のサポートが必要と感じています.この点については,臨床側からのより積極的なアプローチをお願いする次第です.

 最後に研究の事を少し.CYP2C19から始まった私のPGx研究ですが,1)オメプラゾールを基質薬物としたCYP2C19*2, *3の機能評価,2)フェニトインを中心としたCYP2C9*3の機能評価,3)CYP2C19, CYP2D6に見るphenocopy現象,4)PGxに見る人種差,5)ジゴキシンやシクロスポリンを中心としたABCB1遺伝子多型研究,6)SLCO1B1*15(174V>A)変異とスタチンのPK/PD,7)ABCG2(421C>A)変異とスルファサラジンPKなど多くの成果を多くの研究者と共同で発表することができました.特に6)と7)はトランスポーター研究を世界的にリードする日本の研究チーム(東京大学,金沢大学,九州大学)のオリジナリティーの高い成果と思います.PGx研究を始めた頃は,白人で酵素欠損者が多いCYP2D6を中心とした研究が進んでいました.基礎研究,健常成人での検討に始まり,患者を対象とした研究展開と,欧米のPGx研究者の迫力に押されていました.現在では,本邦の研究者も決して負けていない状況です.やはり,人(患者)に役立つ基礎研究に立脚した研究の方向性が必須と思います.いつまで,どこまで出来るか分かりませんが,個人的には,今後もpharmacogenomicsとpharmacometricsの更なる研究展開を推し進めたいと思っています.しかし,例えば,前者には様々なRNA修飾,後者にはmodel-based meta-analysis(MBMA)など,新規のモダリティーの導入が欠かせません.今後の日本薬物動態学会に期待する点でもありますが,更なる基礎研究や速度論をベースにした展開を一緒に進めることができれば良いと思っています.