Newsletter Volume 35, Number 1, 2020

受賞者からのコメント

顔写真:佐能正剛

奨励賞を受賞して

広島大学大学院医系科学研究科 生体機能分子動態学研究室
佐能正剛

 このたび「アルデヒド酸化酵素における代謝および阻害の種差に着目した薬物動態研究」におきまして,「令和元年度日本薬物動態学会奨励賞」という名誉ある賞を賜り,大変光栄に存じます.日本薬物動態学会会長・山崎浩史先生,選考委員の先生方や本賞にご推薦いただきました広島大学名誉教授・太田 茂先生,関係の先生方に深く感謝申し上げます.

 私は,広島大学での学生時代,そして藤沢薬品工業株式会社,アステラス製薬株式会社の研究員を経て,現在の大学教員に至るまで,一貫して薬物代謝を基盤とした研究を行ってまいりました.その中で,シトクロムP450(P450)だけでなく,non-P450による代謝研究の重要性にも着目してきました.

 医薬品開発において,薬物動態が原因で医薬品候補化合物の開発が中止になる事例は少なくなったと言われています.しかしながら,non-P450に分類されるアルデヒド酸化酵素(AOX)により代謝される医薬品候補化合物が,臨床開発Phase I試験において,ヒトで低い血漿中曝露しか得られず,開発が途中で中止になったケースが複数報告されました.

 AOXは様々な動物種において発現しており,幅広い組織分布を有します.その分子種として,これまでAOX1,AOX2,AOX3およびAOX4が知られています.①ヒト肝臓においてはhuman AOX1(hAOX1)が,マウス肝臓ではmouse AOX1(mAOX1)やmouse AOX3(mAOX3)が発現するのに対し,イヌ肝臓ではAOXが発現していないなど顕著な発現種差があること,②AOXは細胞質画分に局在することから,代謝安定性試験で汎用される肝ミクロソームではAOXの代謝活性を見積もることができないこと,③AOXは,アルデヒド基だけでなく医薬品候補化合物の化学構造で多くみられる含窒素複素環も基質とすることなどが,前臨床段階においてAOXにより代謝される医薬品候補化合物のヒトにおける薬物動態の予測評価を難しくさせている要因と考えています.その中で,私たちはhAOX1,mAOX1やmAOX3の発現細胞を用い,AOXの典型基質であるphthalazineやO6-benzylguanineの代謝評価から,それぞれの基質特異性も種差の要因となっていることを明らかにしました.

 製薬企業の研究者時代に,ヒトにおいて高いAOX代謝活性が原因で,血漿中曝露が低くなり開発が中止となったFK3453(アステラス製薬株式会社)の事象に直面したことは,私の今日までのAOXの代謝研究を進める大きなきっかけとなりました.今後の創薬において,hAOX1の代謝活性を予測できる評価系の構築が重要となると考えました.その評価モデルとして着目したのがヒト肝細胞キメラマウス(PXB mouse®;株式会社フェニックスバイオ)です.

 ヒト肝細胞キメラマウスは,免疫不全と肝障害の性質を有するホストマウスにヒト肝細胞を移植することで,マウスの肝臓がヒト肝細胞で置換されたヒト化肝臓モデルマウスになります.ウイルス性肝炎のモデル動物としてだけでなく,ヒト型の薬物代謝酵素が発現していることから,ヒト薬物代謝モデル動物としての有用性も期待されています.その中で,P450やAOXなどで代謝される検証化合物を用い,ヒト肝細胞キメラマウスに投与後の肝クリアランスの予測性を検証しました.ヒト肝細胞キメラマウスの肝臓中や肝外組織によるマウスの薬物代謝酵素の影響からか予測性として十分ではない検証化合物もありましたが,肝クリアランスの大小関係を概ね予測できることが示唆されました.その予測性にヒト肝細胞キメラマウスにおけるFK3453の肝クリアランスを当てはめてみると,ヒトにおける高いクリアランスを予測できることが明らかとなりました.さらに,FK3453を用いた検証では,ホストマウスにラット肝細胞を移植したラット肝細胞キメラマウスも用いました.その結果,ヒト肝細胞キメラマウスの方が,AOX代謝活性が高いことが分かり,FK3453のラットとヒトにおける種差を反映していることも分かりました.

 その後のP450やAOXなどで代謝される検証化合物を用いたヒト肝細胞キメラマウスにおける予測性の検証において,Single species allometric scalingの方法を組み合わせることで,ヒトクリアランスや分布容積の予測性が高くなること,Complex Dedrick plotの考え方も合わせることで,検証化合物zaleplonのようにAOXで代謝される化合物のヒト血漿中濃度推移までもが予測可能となることも明らかとなり,ヒト肝細胞キメラマウスは種差を克服したモデル動物として,AOXで代謝される医薬品候補化合物のヒト予測に有用となることを提唱しました.ヒト肝細胞を用いたin vitro代謝評価に加え,ヒト肝細胞キメラマウスを用いたin vivo評価を組み合わせることで,精度の高いヒト予測ができるものと期待されます.

 一方で,AOXの酵素活性を阻害する化合物はとても多く存在することが知られています.私たちのグループでも,緑茶に含まれるカテキン類がAOXの酵素活性を阻害することを見出しており,AOXを阻害する化合物の特徴やその阻害の種差にも注目した研究も行ってきました.hAOX1,mAOX1やmAOX3の発現細胞を用い,阻害プロファイルを評価したところ,分子種間で阻害活性が異なることが明らかとなりました.また,ヒト肝細胞キメラマウスにおいて,O6-benzylguanineの血漿中濃度はAOXを阻害するhydralazineによって増加した知見も観察されたことから,今後,AOXの薬物間相互作用の可能性についても考慮していく必要があると考えています.

 私は,AOXの種差をさらに理解していくためには,AOXの発現制御や機能をさらに研究していく必要があると考え,AOXの著名な研究者であるイタリア・マリオネグリ薬理研究所のDr. Garattini先生やDr. Terao先生と共同研究をはじめました.AOXの特徴的な組織分布を踏まえると,AOXは薬物代謝のみならず,その他の生理機能もつかさどっている可能性があると考えられます.AOXの内在性基質としてretinalやN1-methylnicotinamideなどが知られていますが,その生理機能については十分に分かっていません.また,マウスのハーダー腺にはmAOX4が高発現していますが,その生理機能も分かっていませんでした.その中で,Dr. Garattini先生のグループで作製されたAOX4ノックアウトマウスでは,高脂肪食誘発性の肥満や脂肪肝に対して抵抗性を示すことが明らかとなり,メタボロミクス解析により,tryptophanや5-hydroxyindoleacetic acidがAOX4の基質となることが示されました.現在,その詳細な生理機能について研究を進めているところです.

 さらに,AOXの発現から分解までの制御機構に関する研究も重要な位置づけとなると考えています.もともと,P450タンパク質のユビキチン・プロテアソーム系による分解制御に関する研究を行ってきた経緯もあり,その成果を活かしながら,AOXのタンパク質分解機構に関する研究を行っています.ヒト肝細胞から見積もられたin vitro肝固有クリアランスは,in vivoと比較して低くなるという報告があります.AOXの発現分解制御を理解することは,in vivoをより反映したin vitro評価系の構築にも貢献できると考えその研究を進めているところです.

 以上のようなAOXの薬物動態予測や薬物間相互作用に関する研究成果が,今後の薬物動態研究に有用な知見となり,創薬に貢献できればと考えています.さらには,AOXを薬物代謝酵素として捉えるだけでなく,その生理機構に着目した研究は,新しい創薬研究につながる可能性もあり,国際共同研究を通してさらなる発展研究につなげたいとも考えております.この受賞を励みにして,今後も精力的に研究を進め,薬物代謝研究の発展に貢献していきたいと考えております.今後ともご指導ご鞭撻を賜りますようどうぞよろしくお願い申し上げます.

 広島大学での学部・大学院生時代,それから製薬企業研究者からアカデミアに戻り現在に至るまで,創薬と薬物代謝研究について温かくご指導いただきました広島大学名誉教授・太田 茂先生に深く感謝申し上げます.また,従来からAOXに着目した代謝研究をされている日本薬科大学教授・北村繁幸先生,広島国際大学薬学部教授・杉原数美先生,准教授・田山剛崇先生や,AOXの生理機能の解明に向けた研究をされているイタリア・マリオネグリ薬理研究所のDr. Garattini先生,Dr. Terao先生にも温かくご指導いただきました.さらには,FK3453やヒト肝細胞キメラマウスを通してAOX代謝予測研究の機会を頂きましたアステラス製薬株式会社の皆様,株式会社フェニックスバイオの皆様に深く感謝申し上げます.そして,広島大学大学院医系科学研究科教授・古武弥一郎先生をはじめ,これまで研究を共に進めてくれた研究室の在校生,卒業生の皆様に感謝申し上げます.どうもありがとうございました.