Newsletter Volume 35, Number 1, 2020

受賞者からのコメント

写真:赤沼伸乙

奨励賞を受賞して

富山大学学術研究部薬学・和漢系 薬剤学研究室
赤沼伸乙

 このたび,「炎症性中枢神経系疾患克服に指向した脳・網膜関門における輸送分子機構の機能解明」の題目にて,令和元年度日本薬物動態学会奨励賞の栄誉を賜りました.日本薬物動態学会会長である山崎浩史先生,副会長,理事,代議員,選考委員の先生方,並びに本賞にご推薦頂きました富山大学学術研究部 教授 細谷健一先生に厚く御礼申し上げます.

 私は東北大学薬学部および同大学大学院薬学研究科在学中に,循環血液-脳間の薬物移行を制御する血液脳関門(BBB)に関する知識と研究手法について,同大学院教授 寺崎哲也先生からご指導頂きました.2007年秋に同大学院を中退し富山大学へ助教として着任後も,寺崎哲也先生からは2012年初頭に論文博士として学位を取得するまで,研究のご指導に加え,研究のいろはも徹底的にご教授賜りました.また,この富山大学着任から現在まで約12年半に渡って,細谷健一先生が主宰する研究室にてBBBに加え,循環血液と網膜とを隔てる血液網膜関門 (BRB) について研究させて頂きました.細谷先生からは研究休職制度を利用しての,2015年からの約1年間,アメリカ合衆国ケンタッキー大学にてDr. Björn Bauerが主宰する研究室での留学の機会を頂戴し,血液脳関門ex vivo機能解析法の習得と,現在も共同研究を行うための基盤を築かせて頂きました.以上に代表される恩師の先生方からのご協力があり,今回の受賞対象研究が大きく展開出来ました.本研究の内容につきまして,下記に述べさせて頂きます.

1. 脳関門における脳内炎症性物質クリアランス寄与分子実体の解明

 てんかんやアルツハイマー病を始めとした神経変性疾患時において,脳では炎症反応が惹起されています.この炎症にはプロスタグランジン (PG) を始めとした生理活性脂質や,L-グルタミン酸などの興奮性神経伝達物質の過剰蓄積と,それに伴う過反応が関与することが知られています.そのため,これらの物質の適切な脳内濃度調節は,脳疾患の発症や進行を防ぐことに繋がると期待されます.脳においては物質濃度恒常性を保つための関門組織が存在しており,神経細胞近傍に存在する関門として,BBBおよび血液脳脊髄液関門 (BCSFB) が存在しています.近年,BBBとBCSFBには脳内不要物質の積極的な排除機構が存在することが知られてきており,上記炎症関連物質の脳内除去にこれら二つの関門が役割を果たす可能性は高いと言えます.

 脳実質で産生される炎症性PGとして有名なPGE2について,脳内においてその不活性化酵素の活性は非常に低いことが報告されており (Cerebrospinal Fluid Res., 5:5, 2008),その脳内クリアランスにBBBが役割を果たす可能性が考えられました.マウスBBBを介するPGE2輸送を解析した結果,脳内PGE2は消失半減期16分にて速やかにBBBを介し除去されることを明らかにしました (J. Pharmacol. Exp. Ther., 333, 912-9, 2010).さらに,各種阻害実験や過剰発現系を用いた解析から,その排出輸送に有機アニオン輸送担体であるOAT3およびMRP4が関与することを見出しました (J. Pharmacol. Exp. Ther., 333, 912-9, 2010; Drug Metab. Pharmacokinet., 29, 387-93, 2014).興味深いことに,炎症を惹起し,脳内含め生体内PGE2濃度上昇を誘発することが知られるリポ多糖 (LPS) を投与したマウスに対しBBBを介したPGE2排出を解析したところ,その排出輸送は劇的に減弱していることが明らかとなりました (Fluids Barriers CNS, 8:24, 2011).このようにBBBを介したPGE2排出輸送は外的環境に応じて変化する機構であることが示唆されました.

 このBBBを介したPGE2排出輸送は脳内に高濃度L-グルタミン酸をアプライすることによっても減弱し,またこの排出減弱はL-グルタミン酸受容体の一つであるN-メチル-D-アスパラギン酸 (NMDA) 受容体のアンタゴニストを共存させることでキャンセルされました (Drug Metab. Pharmacokinet., 29, 387-93, 2014).従って,BBBを介したPGE2排出は,NMDA受容体介在シグナル伝達系によって制御されることが見出されました.さらに,PGE2輸送担体であるOAT3とMRP4の蛍光基質である8-[Fluo]-cyclic AMP (Fluo-cAMP) を用いた単離脳毛細血管ex vivo輸送解析から,この受容体-PGE2排出輸送機能の連関はBBB内で発生していることが示唆されました.本研究を通じ,NMDA受容体介在シグナル系は,脳内PGE2濃度の正常化,それに伴う脳内炎症応答の低下による脳疾患の発症・進行の抑制に向けた重要な標的であることが明らかとなりました.

 このPGE2排出減弱を誘発するL-グルタミン酸の脳細胞間隙中からの除去にグリア細胞やBBBに発現する輸送担体が関与することが知られています.一方で,長期的な脳内L-グルタミン酸応答の程度について指標となりえる脳脊髄液 (CSF) 中からのL-グルタミン酸のクリアランス機構について不明な点が残されていました.in vivo CSFからの物質消失機能解析と免疫組織化学的解析を通じ,BCSFBに発現するL-グルタミン酸輸送担体EAAT3がその排出輸送に役割を果たすことを明らかとしました (Fluids Barriers CNS, 12:11, 2015).このEAAT3は脳細胞間隙中からの除去を担うグリア細胞・BBBに発現する寄与分子とは異なるため,脳内L-グルタミン酸濃度を即時的もしくは長期的に調節する場合には標的とすべきL-グルタミン酸輸送分子機構について各標的の使い分けが必要であると考えられます.

2. 網膜関門における炎症性疾患関連物質クリアランス機構の解明

 前述のL-グルタミン酸は,緑内障を始めとした失明を伴う網膜疾患時において組織内レベルが上昇し,網膜の変性や萎縮に関与することが知られています.私は,網膜毛細血管を実体とする内側血液網膜関門 (inner BRB) に発現するEAAT1が網膜からのL-グルタミン酸クリアランスに対し主要な役割を果たすことを明らかにしました (Biol. Pharm. Bull., 38, 1087-91, 2015).さらに,この網膜疾患時においては網膜内の尿酸レベルが上昇することも知られており,尿酸の前駆体となる核酸分子群の網膜内濃度調節は,網膜疾患の発症・進行を防ぐ上で重要です.この尿酸の前駆体となるヒポキサンチンの輸送には,inner BRBに発現するヌクレオシド輸送担体ENT2が少なくとも一部関与することを見出しました (Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 54, 1469-77 , 2013).以上に示したinner BRBに発現する2つの膜輸送体,EAAT1とENT2を調節することで,緑内障などの網膜疾患時における網膜内炎症性物質の濃度上昇を防ぎ,進行を抑制することが可能となることが期待されます.

3. 今後の研究展開

 以上のように,炎症性脳・網膜疾患における中枢神経系において蓄積が認められる物質の排出には,私の研究から関門発現型の輸送分子機構が関与することが明らかになりました.特に,BBBにおけるPGE2排出輸送は,病態時に変化していたとしても正常時に戻すことが可能,すなわち”可変性”を持っていると言えます.現在,てんかん・アルツハイマー病時におけるBBBを介したPGE2排出輸送を制御する上での有望標的を探索し,実際に脳内環境正常化が実現可能であるかについて研究を進めています.また,現在,脳・網膜疾患に対しての治療薬の輸送機構は明らかにされていません.我々は,BBBにおいて抗てんかん薬フェニトインの輸送を担う新たな分子を特定しており,さらに網膜色素上皮細胞を実体とする外側血液網膜関門 (outer BRB) において,病態時に初めて機能を示すヘミチャネル分子実体Cx43が (Exp. Eye Res., 168, 128-137, 2018),一部の抗てんかん薬を認識することを明らかにしました.現在の脳・網膜疾患の最適化および現在の治療薬の適応拡大に向け,これら見出した関門分子機構の応用展開を目指しています.

 最後になりましたが,学生時代から薬物動態研究に対し厳しくも温かいご指導を頂戴しました寺崎哲也先生,そして私が研究を自由に推進する環境を,そして遂行するにあたり適宜適切なご助言を頂戴しております細谷健一先生には改めまして厚く御礼申し上げます.また,米国ケンタッキー大学のDr. Bauerを始めとした共同研究などでお世話になっております先生方,そして共に研究を遂行しております富山大学薬剤学研究室の久保義行先生(富山大学 学術研究部 薬学・和漢系 准教授),卒業生および大学院生,学部生のみなさまに,心から御礼申し上げます.