Newsletter Volume 35, Number 1, 2020

受賞者からのコメント

顔写真:原谷健太

創薬貢献・奨励賞を受賞して

中外製薬株式会社 研究本部
原谷健太

 この度,「非臨床における抗体薬物動態評価の効率化及び体内動態を改善した改変抗体の創出に関する研究」という研究題目で,令和元年度日本薬物動態学会創薬貢献・奨励賞の栄誉を賜り,大変光栄に存じます.選考委員の先生方並びに本賞にご推薦頂いた元中外製薬株式会社 加藤基浩博士に厚く御礼申し上げます.

 本研究は,中外製薬富士御殿場研究所(2008-2013,2017-現在)及びシンガポールのChugai Pharmabody Research(2013-2017)において検討した抗体の非臨床薬物動態評価に関する研究成果になり,以下に簡単にその研究内容を紹介させて頂きます.

抗体医薬品の非臨床薬物動態評価の効率化

 抗体はヒトにおいてその半減期が他のモダリティーに比べて圧倒的に長く,そのメカニズムには胎児性Fc受容体(FcRn)が重要な役割を担っています.抗体は血中からエンドサイトーシスにより細胞内へ取り込まれ,酸性エンドソームに移行し,その後,酸性条件下において,抗体のFcがFcRnに結合し,抗体-FcRn複合体は細胞膜上へとリサイクルされます.さらに,FcとFcRnの結合はpH依存的である事から,細胞膜上へ移行した後,中性条件下においてFcはFcRnから解離し,抗体は再び血中へと戻っていきます.このメカニズムにより,抗体は細胞内でのリソソームでの分解を免れ,長い半減期を示します.

 FcRnは抗体の薬物動態に重要な役割を担っていますが,抗体のFcとFcRnの結合には種差がある事がすでにわかっており,ヒトとの種差の小さいカニクイザルが頻繁にin vivo評価に用いられます.しかし,カニクイザルを用いた試験はスクリーニングとして実施する事は難しく,コスト面や動物倫理の面からも可能な限り縮小する事が求められます.そこで本研究では,カニクイザル試験の①代替,②縮小,及び③価値最大化を目的に,それぞれ①ヒトFcRn遺伝子組み換えマウスの非臨床薬物動態評価への適用,②SC投与後のデータのみからCL及びBioavailability(F)の推定方法の確立,③精度の高いヒトにおけるIV投与後及びSC投与後の血中濃度推移の予測方法の確立を行いました.以下に簡単にご紹介させて頂きます.

①ヒトFcRn遺伝子組み換えマウスの非臨床薬物動態評価への適用(Xenobiotica. 2014. 44(12):1127-34.)
マウスFcRnを発現しているWild type(WT)マウスと,ヒトFcRnを発現しているヒトFcRnトランスジェニックマウスを用い,上市されている複数の抗体医薬品を投与してその体内動態を評価し,ヒトのデータと比較しました.WTマウスでは抗体医薬品間の半減期の違いを検出するのが難しい一方,ヒトFcRnトランスジェニックマウスではその違いを検出でき,またヒトデータとの相関性に関しても良好である事が明らかとなりました.
②カニクイザルにおけるSC投与後のデータのみからCL及びBioavailability(F)の推定方法の確立(Xenobiotica. 2017. 47(3):194-201.)
通常,IV投与後のCLとSC投与後のFを算出するためには,IV投与とSC投与後の薬物動態データが必要になります.もし,カニクイザルにおいてSC投与後のデータのみから上記2つのパラメータを推定できれば,試験規模の縮小及び使用頭数の低減が可能となります.まず,論文等で報告されている21の抗体のカニクイザルにおける2コンパートメントモデルパラメータを解析したところ,inter-compartmental clearance (Q), volume of distribution in the central compartment (Vc), volume of distribution in the peripheral compartment (Vp) は抗体間で差が小さい事が明らかになりました.そこで,これら3つのパラメータを21の抗体の値の幾何平均値で固定し,別の19の抗体のカニクイザルにおけるSC投与後の血漿中濃度推移からCL及びFを当てはめる事で値を推定しました.その結果,非常に良好にCL及びFを推定する事に成功しました.さらに推定したCLと固定したQ, Vc, Vpを用いてIV投与後の血漿中濃度を推定したところ,こちらも良好な精度を示した事から,カニクイザルにおけるCL及びFの推定にはSC投与後のデータのみで十分である事が明らかとなりました.
③精度の高いヒトにおけるIV投与後及びSC投与後の血中濃度推移の予測方法の確立(Drug Metab Pharmacokinet. 2017. 32(4):208-217.)
カニクイザルにおける薬物動態データから精度よくヒトにおけるIV投与後及びSC投与後の血中濃度推移を予測する方法論の確立を行いました.これまで,カニクイザルからヒトへのCLやVdssの予測方法に関する報告はあったものの,血漿中濃度推移を予測するための4つの2コンパートメントモデルパラメータ(CL, Q, Vc, Vp)を予測する方法は報告されていない事から,24の抗体のカニクイザル及びヒトにおける2コンパートメントモデルパラメータ(CL, Q, Vc, Vp)を解析し,最適なスケーリングファクターを設定しました.次に皮下吸収に関わる2つのパラメータであるF及び吸収速度定数(ka)のヒト予測方法を検討しました.まずFに関しては,本研究の中でヒトにおいてCLとFが良好な相関性を示す事が明らかとなった事から,その相関関係から構築した回帰式を用いて,カニクイザルから予測したヒトにおけるCLよりFを推定しました.kaに関しては,19の抗体のヒトにおける値を解析したところ,抗体間で差が小さい事が明らかになりました.そこでkaに関してはヒトにおける19の抗体の値の幾何平均値で固定しました.これら推定した6つのパラメータを用いて,17の抗体のIV投与後の血漿中濃度推移及び8の抗体のSC投与後の血漿中濃度推移を予測したところ,良好な予測精度を示しました.本方法を用いる事で,カニクイザルにおける薬物動態データの価値を最大化し,精度よくヒトにおける薬物動態を予測する事が可能になりました.

体内動態を改善した改変抗体の創出に関する研究

 抗体は細胞内標的を狙えないという特徴がある事から標的抗原が限られており,同一標的抗原に対する抗体が多くの製薬会社によって開発されるという現状において,中外製薬では,他社と明確な差別化を行うために,様々な改変抗体技術を開発してきました.その中でも抗体の体内動態を制御する事で新たな価値を付与する改変抗体として,リサイクル抗体及びスウィーピング抗体の開発に成功しました.これらの改変抗体の詳細に関しては我々の総説を一読頂きたいと思います(Immunol Rev. 2016. 270(1):132-51.及びDrug Metab Pharmacokinet. 2019. 34(1):25-41.).リサイクル抗体及びスウィーピング抗体は可溶性標的抗原の消失クリアランスを促進する事で,必要な投与量の低減及び投与間隔の延長を可能とします.そこでまず,どのような特性の標的抗原に対して有効性が高いか,メカニズムに基づくモデルによりシミュレーションを行う事で評価しました.抗体の標的となりえる可溶性標的抗原には,血中濃度が高いものから低いものまで様々で,またその消失クリアランスも多様であることから,血中濃度と消失クリアランスを任意の値で設定し,様々なプロファイルを有する仮想標的抗原に対する投与量低減効果及び投与頻度低減効果を検証しました.シミュレーションの結果,リサイクル抗体及びスウィーピング抗体はいずれのプロファイルを有する標的抗原にも有効であったものの,特に血中濃度が高い標的抗原において,投与量低減効果及び投与頻度低減効果が高い事が明らかとなりました.標的となりえる抗原を実際にすべて検証するのは現実的ではないため,上記のようなメカニズムに基づく定量的なシミュレーションは,創薬初期における標的抗原選択を効率化し,成功確率の高い医薬品創製に大きく貢献できると考えています(Drug Metab Pharmacokinet. 2016. 31(2):123-32.).

 上記解析により,血中濃度が高い標的抗原のひとつに補体C5が挙がってきました.C5は血中濃度が400nMと非常に高いため,中和するためには非常に高い投与量が必要になります.そこで,低投与量で効果を発揮し,SC投与が可能な抗C5抗体を創出する事で,利便性に優れた薬剤を患者さんに提供するために,抗C5リサイクル抗体を創出するプロジェクトが始まりました.動物免疫からリード抗体を見出し,抗体配列の最適化を通して,臨床開発品SKY59/Crovalimabを創出しました.SKY59をカニクイザルに投与し,PKPDを確認したところ,SKY59はリサイクル抗体技術を適用する事で,血中C5濃度を低減し,半減期を延長する事に成功しました.薬効面に関しては,単回IV投与で2か月以上血中補体活性を完全に抑制する事が示されました.さらにカニクイザルにおいて,SKY59の2週毎のSC投与を評価したところ,血中補体活性を完全に抑制したことから,臨床におけるSC投与による補体活性抑制の可能性が示されました.PKPD解析を通した分子最適化の方向性の決定及びヒトにおけるPKPD予測を行う事で,薬物動態の面からSKY59の創製に貢献しました(Sci Rep. 2017. 24;7(1):1080.及びPLoS One. 2018. 28;13(12):e0209509.).

最後に

 上記研究内容は,抗体医薬品の非臨床薬物動態評価を効率化することで,より価値の高い医薬品創出に貢献出来る事が期待されます.また,薬物動態評価のみならず,薬物動態の知識及び経験を最大限活用して新規コンセプトを有する革新的医薬品創出へ貢献する事で,薬物動態のフィールドをさらに拡大していけるものと考えています.本研究には,中外製薬株式会社及びChugai Pharmabody Researchの多くの方のご協力の上推進して参りました.この場をお借りしてお世話になったすべての方に厚く御礼申し上げます.