Newsletter Volume 35, Number 1, 2020

受賞者からのコメント

顔写真:加藤基浩

創薬貢献・北川賞を受賞して

加藤基浩

 この度,「Pharmacokinetic modeling & simulationを活用した創薬・開発研究の推進」という題目で令和元年度日本薬物動態学会創薬貢献・北川賞の栄誉を賜り,大変光栄に存じます.推薦いただいた中外製薬株式会社 橘 達彦博士をはじめ,関係先生方に深謝します.個人的なことで申し訳ありませんが,中外製薬を2019年6月末に早期退職いたしました.1987年に入社し,32年間薬物動態研究者として従事してきたことになります.私の研究者生活は大きく分けて,2つに分けることができます.入社後の高田馬場研究所での前半と御殿場研究所への移転後の後半です.入社直後はエリスロポエチン(EPO),顆粒球コロニー形成刺激因子(G-CSF)いったバイオ医薬品を担当し,杉山雄一先生(現理化学研究所)が主宰される東京大学製剤学教室で2年間研究生として,EPOおよびhepatocyte growth factorの研究をしました.研究生終了後も杉山先生が主宰される研究生セミナー,PKPDセミナーに20年間参加させていただき,杉山先生から大変多くのことを学ばせていただき本当に感謝しております.本稿では,私の研究生活の後半の御殿場研究所での低分子化合物の創薬研究成果と経験について紹介させていただきます.

ヒト予測の妥当性と限界

 御殿場研究所で,創薬に関わるようになり,ヒトクリアランス予測,分布容積予測,薬物間相互作用(DDI)予測,吸収予測,薬効予測,毒性予測,臨床投与量予測など多くの予測をすることになりました.この頃は丁度,ヒト組織が利用できる環境が整い始めた時期になります.動物からのヒト予測から,in vitro-in vivo予測へと変わっていく転換期でもありました.生理学的速度論(PBPK)モデルにより,ヒト組織を用いた試験結果からクリアランス予測,シトクロムP-450 (CYP)阻害により精度が高い予測が可能と期待された頃です.確かにPBPKモデルによるDDI予測の精度は高いのですが,脂溶性の高い化合物ではin vitroとin vivoとで,精度が悪いケースが認められていました.また,PBPKモデルによる予測には多くのパラメータが必要となりますが,創薬段階では,多くの薬物を評価しなければならず,簡単に評価できる予測系の開発が必要でした.そこで,静的な予測と動的な予測のそれぞれの長所短所により,両者を使い分けるようになりました.AUC,Cmaxは静的な予測で対応可能ですが,DDI予測の場合,静的な予測では過大評価を示します.当時,CYPの不可逆阻害の予測法が必要で,これに静的モデルを用いました.プレインキュベーションにより酵素活性のIC50がシフトするかどうかで評価する系を用いていたため,このIC50のシフトから不可逆性のパラメータを求める方法を考案しました.臨床のAUCの変化を予測すると,臨床結果とほぼ1:1の相関が得られました.AUCの変化を化合物毎に求めるのは効率的でなく,IC50を大きくする,IC50のシフトを小さくするという改善がありますが,どちらがDDIリスク低下に寄与するかがわからないため,図を見て判断できるように,IC50と予想される臨床非結合型平均濃度との比と,プレインキュベーションによるIC50の変化の比のグラフで示し,AUCが200%のラインを超えるかどうかで判断するようにしました.この図ではリスクの程度を色で表し,赤はAUCが200%以上増加する相互作用あり,青は相互作用なし,黄色はその中間です.DDI評価に限りませんが,各種予測法を考えるにあたり,理論的に積み上げていく方法では,臨床結果と相関があっても1:1でないケースがあります.また,臨床結果も論文間差があり,明確な線引きが困難な場合が多いです.創薬段階で厳しい判断をすると良いものを落としてしまうリスクが生じます.この判断は立場により変わるため,科学では割り切れないものがあります.判断材料を分かり易く,予測の限界を含めて提供することが我々の役割だと思います.

クリアランス予測の精度向上へ向けた取り組み

 In vitro試験では,代謝安定性が高い化合物では,30分の反応時間ではほとんど消失しないことがあります.ほとんど消失しない場合,消失速度から肝固有クリアランスを見積もることは困難になります.また,ミクロソーム結合率が高い化合物の場合も代謝速度が遅くなります.これらの問題点を補完するため,我々は,CYP3A4基質に対して,ヒトCYP3A4の相同性が高いサルと,ヒトCYP3A4発現トランスジェニックマウス(Tgマウス)からヒトCYP3A4基質のクリアランス予測を行いました.ヒトと動物(サル,Tgマウス)における既知のCYP3A基質の肝固有クリアランスをdispersionモデルで評価し,ヒトと動物とのCYP3Aの肝固有クリアランスとの比を求め,新規化合物のCYP3Aに対する肝固有クリアランスを動物から予測するという方法です.その結果,寄与率を補正したCYP3A4の肝固有クリアランスは,3倍以内に80%以上という精度で予測が実現しており,CYP3A4基質のin vivo評価に両動物が利用可能であることを示すことができました.In vitro試験の限界もあり,動物からの予測を考えてみました.最近では,動物から予測するのでなく,早期探索的臨床試験で,ヒトで早期に薬物動態を検討することも可能になってきています.将来的には,in silico予測精度が上がり,試験の縮小もあるかもしれません.医薬品開発において何が一番効率的か今後の発展を期待しています.

人財育成の重要性

 ヒト予測には,modeling&simulation(M&S)が必要なのですが,難しいと感じる人が多いようです.数式を見せて理解してもらうのは,難しいため,静的モデルで簡単にしているのですが,自分の所属の同僚も理解できないことを何度か経験しました.M&Sの問題ではなく,知識の問題であることもありました.科学レベルをあげるため,人財育成にも取り組み,CYP阻害,誘導,ヒトクリアランス予測等の専門性を持つように,PhD取得も視野に入れて,業務に役立つ研究を指導してきました.その成果として,奨励賞,ベストポスター賞受賞者,シンポジスト等へと成長しました.後継者が活躍している姿をみるとうれしくなります.

学びは楽しい

 研究生活を続けてきて思うことは,学ぶことは楽しいということです.我々は知らないことが,まだまだ多すぎて,若いころはわからなかったことが,経験が増えてきて,そういうことだったのかとある瞬間にわかることがあります.わかった瞬間からなぜこんな簡単なことがわからなかったのだろうと思い,こんな当たり前なことは学会発表できないのではないかと思ったことがあります.数年前の話ですが,ネットカフェでビジネスマン向けの雑誌を読んでいた際,演繹法と帰納法の話が出てきました.読んでみると,研究の話と全く同じです.自分のこれまでの研究が,帰納法と演繹法の組み合わせで出来ていることがわかりました.また,あの論文の研究は帰納法的な考えで行っていたが,論文は演繹法で書かれているため通りにくかったのだと気づかされました.学生時代は,学ぶ時代だったはずですが,学ぶ楽しさを知ったのは社会人になってからです.アインシュタインの言葉に「学べば学ぶほど,自分がどれだけ無知であるか思い知らされる.自分の無知に気づけば気づくほど,より一層学びたくなる」があります.お正月のTV番組でGACKTさんが「update」という言葉を使っていました.私も日々updateしていきたいと思います.学びの楽しさを共有していただけるとうれしいです.

最後に

 企業研究者としての研究生活の終わりにこのような栄誉を賜り,大変幸せな終わりをむかえることができました.研究生時代から今日までご指導をいただいた杉山雄一先生(理化学研究所)に深謝いたします.中外製薬で共に創薬・開発研究をした同僚の皆様方に御礼申し上げます.