Newsletter Volume 35, Number 2, 2020

DMPK 35(2)に掲載された各論文の「著者から読者へのメッセージ」

[Review Article]

ゲノムバイオマーカーを用いた臨床試験と患者選択にかかる方法論(案)

Tohkin, M., et al.

 疾病の状態,進行度や予後の診断,治療効果や医薬品による副作用の予測の指標となるゲノムバイオマーカーの臨床応用が,近年,進展している.本総説は,科学的知見に基づき,医薬品の治療効果や副作用の予測の指標となるゲノムバイオマーカーを臨床試験において利用する際の方法論及び留意すべき点について,国内外の指針等で提唱されている事項を整理し,紹介することを目的としたものである.この総説は厚生労働省が実施した「革新的医薬品・医療機器・再生医療製品実用化促進事業」(名古屋市立大学大学院薬学研究科および医学研究科)の研究成果に基づき作成された.この成果を広く公開することにより,今後のガイドライン策定を志向した検討に際しての規制当局,産業界,および医療関係者や研究者らによる議論の基盤となることを期待している.また,日本製薬工業協会,日本臨床薬理学会,日本薬物動態学会から記載内容に関する意見聴取を行い参考とした.

[Regular Article]

チトクロムP450 2D6遺伝子型を判定した日本人小児患者のアトモキセチンおよびその代謝物濃度を予測する簡易型薬物動態モデル

Notsu, Y. et al.

 注意欠陥/多動性障害治療薬アトモキセチンは,チトクロムP450 2D6により水酸化される.しかし,日本人小児の実臨床では,P450 2D6 遺伝子多型は診断されないため,当該遺伝子多型の本薬血中動態に及ぼす影響が懸念されるものの,詳細は明らかではない.本研究でP450 2D6 遺伝子型を判定した小児患者30名の最終投与後1時点にて,酵素機能中間型P450 2D6*10-36/*10-36または *36/*10-36 を有する患者の血中未変化体濃度は,水酸化体濃度に比較して高値を示した.欧米でのフル生理学的薬物動態 (PBPK) モデルを適応した日本人小児患者における予測に対し,提唱した1-コンパートメントおよび簡易型PBPKモデルの一部パラメータのオプション採用による予測は,フルモデルに匹敵した.以上,本実測血中濃度値を簡便に再現する本モデルは,実臨床現場に適応可能であると推察された.

[Regular Article]

CYP1A2誘導条件下でダカルバジンの代謝毒性を評価するための初代ヒト肝細胞スフェロイドシステムの確立

Mizoi, K., et al.

 肝毒性は被験薬物の代謝過程,あるいはその代謝物によって生じることが少なくない(薬物性肝障害).ゆえに代謝酵素誘導作用を有する薬物を併用した場合,被験薬物の肝毒性は亢進するのではないかと考えた.

 本研究の鍵は,酵素誘導,薬物代謝および肝毒性を評価するための,細胞生存率がほとんど変化しない薬物曝露濃度を設定することである.本研究では,初代ヒト肝細胞スフェロイドにCYP1A2誘導薬のオメプラゾールを曝露し,CYP1A2によって代謝的に活性化されるダカルバジンの肝毒性が亢進することを確認した.その際,細胞生存率の変化は認められなかった.

 肝毒性は未だに医薬品開発中断の主要な原因であり,臨床試験中あるいは市販後に見出されることが多い.それは本報で示されたように,薬物間相互作用を介した代謝酵素誘導時の肝毒性の亢進によるものではないだろうか.今後,本評価系が被験薬物の肝毒性の予測評価に役立ち,医薬品開発に貢献することが期待される.

[Regular Article]

フローサイトメトリーの血液中ヒトT細胞定量への応用:非臨床動態試験の一例

Yamamoto, S., et al.

 T細胞療法は,有望ながん治療モダリティの一つであり,臨床および非臨床試験が盛んに実施されている.フローサイトメトリーは細胞製品そのものをカウントできる測定法であるため,T細胞療法における細胞動態評価に有用であると考えられるが,定量的な測定法に関する報告例はない.本研究では,モデル細胞としてヒトCD8+ T細胞を用い,免疫不全マウス血液中のヒトCD8+ T細胞を定量的に測定できるフローサイトメトリー法を確立した.本方法の選択性,直線性,真度,精度は良好であり,血液中からの回収率は概ね100%であった.定量下限は30 cells/50 μLであり,定量的PCR法と同等の高い感度を示した.

 本検討は,フローサイトメトリーを用いたマウス血液中ヒトT細胞の定量性を明らかとした初めての報告である.今後,本研究コンセプトが,T細胞療法における細胞動態と薬効および安全性の定量的な相関解析に応用されることが期待される.

[Regular Article]

喫煙は肺胞上皮細胞における異物排出ポンプP-glycoproteinの発現・機能を抑制する

Takano, M., et al.

 我々は以前,初代培養細胞系を用い,P-glycoprotein(P-gp)は肺胞上皮細胞のうちI型細胞においてのみ発現・機能していること,タバコ煙抽出物(CSE)の共存によってP-gp機能が阻害されることを報告した.一方,喫煙習慣を考えると,より長期のCSE処置の影響を明らかにすることが重要だが,残念ながら初代培養肺胞上皮細胞の形質は時間とともに変化していくため実験系として適切とは言えない.また,肺胞上皮細胞モデルとして汎用されているA549細胞などではP-gpが殆ど機能していない.著者らは本研究に適したモデル細胞を樹立するためにA549細胞のセルクローニングを試み,P-gpの発現・機能が高いA549/P-gp細胞を得ることに成功した.本研究ではこの細胞を用い,CSEを長時間処置することによってP-gpの発現・機能が不可逆的に抑制されること,その抑制にはreactive oxygen species (ROS)やextracellular signal-regulated kinase (ERK)経路が関与することを見出した.肺のトランスポーター研究は,小腸,肝,腎などに比べて遅れているので,今後とも肺胞上皮細胞のトランスポーター機能やその制御について解明を進めたいと考えている.

[Regular Article]

ヒト有機アニオン輸送ポリペプチドOATP1A2のpH依存的な輸送動態

Morita, T., et al.

 有機アニオン輸送ポリペプチド (OATP) 1A2は消化管などに発現し,薬物の吸収や分布に関わる.OATP1A2はpH依存的に輸送活性が変動することが知られているが,その詳細な輸送キネティクスやpHが阻害活性に与える影響は不明である.我々は,OATP1A2のestrone 3-sulfate輸送にpHが与える影響を検討した.また,OATP1A2の多結合サイトの存在と寄与についても検討した.その結果,OATP1A2発現HEK293細胞株によるestrone 3-sulfate輸送はpH依存的に変化し,pH6.3とpH7.4双方において2相性の輸送動態を示し,多結合サイトの存在が明らかとなった.さらに,pH7.4と比較してpH6.3では高親和性サイトの基質親和性が約8倍亢進していた.加えて,pHが阻害剤の効果に与える影響は阻害剤により異なっていた.本結果は,小腸や腎臓などの低pH環境下におけるOATP1A2を介した薬物相互作用を評価する場合,pH条件を厳密に設定する必要があることを示している.今後,OATP1A2の変異型分子種間のpH依存性など,さらなる検討を続けていきたい.

[Regular Article]

実臨床でのビソプロロール服用心不全患者における血中濃度分布ならびに予後への影響に関する研究

Arita, T., et al.

 β遮断薬のビソプロロールが左室収縮能の低下した心不全患者(heart failure with reduced EF; HFrEF)の予後を改善する薬剤であることはエビデンスが確立されており,実臨床で心不全患者に対して頻用されている.一方で,β遮断薬の効果は患者背景によって異なる可能性が示唆されており,至適用量設定の必要性が唱えられている.そこで,われわれは実臨床でのビソプロロール服用心不全患者における血中濃度分布ならびに予後との相関についての検討を計画した.その結果,ビソプロロール血中濃度は心不全イベントと独立して相関しており,特に高齢者や左室収縮能の保たれた心不全患者(heart failure with preserved EF; HFpEF)を中心にこの関係性が強く観察された.高い血中濃度にはビソプロロール内服量の他に高齢,腎機能低下が相関しており,高齢化が進む心不全患者において,ビソプロロール使用時には血中濃度の過度の上昇に対する配慮が必要であることが示された.今後は予後改善を目的としたビソプロロール投与には患者背景によって至適血中濃度があるのか,その血中濃度はどの程度なのかを含めて検討していきたいと考えている.

[Regular Article]

ネビラピンの代謝活性化研究のための新規ネビラピン類縁体の合成および評価

Tateishi, Y., et al.

 HIV逆転写酵素阻害剤ネビラピン(NVP)はCYPによる代謝活性化を受けて反応性代謝物(RM)となり,肝障害や皮膚障害を誘発するとの報告がある.中でもキノンメチド型RMはNVPの肝毒性発現に重要な役割を果たすと考えられてきた.本研究では,代謝活性化に関与する化学構造を変換したNVP類縁体を合成し,CYP3A4のmechanism-based inhibition (MBI) やCYPを発現したHepG2細胞に対する毒性を検討した.その結果,キノンメチド型RMの生成を回避した化合物ではMBIと細胞毒性ともにNVPと同等かそれ以上だったのに対し,エポキシ型RMの生成を回避した化合物ではMBIが確認されず,細胞毒性も減弱した.これらのことから,NVPの代謝活性化によるCYP阻害や肝毒性発現には,従来考えられてきたキノンメチド型RMに加え,エポキシ型RMも関与していることが示唆された.今後も化学的な側面から代謝活性化と毒性に関する問題にアプローチしていきたい.

[Short Communication]

11種類の新規マーモセットチトクロムP450分子種の同定および解析

Uehara, S., et al.

 小型霊長類マーモセットは,少ない投与量で薬物の体内動態を評価できる実験動物として注目されている.本研究では,マーモセットゲノムデータの解析により見出した新規P450 2S1,4V2,7A1,7B1,8B1,24A1,26A1,26C1,27A1,39A1および51A1分子種についてcDNAをクローニングし,mRNAの臓器発現分布を解析した.11分子種のマーモセットP450はヒトP450に対して89-98%の高いアミノ酸相同性を示した.マーモセットの脳,肺,肝臓,腎臓および小腸におけるP450 mRNAの発現分布は,P450 7B1を除き,報告されたヒトP450の結果と類似していた.これまで解析されたP450 1-4ファミリーの分子種も含めて,マーモセットP450分子種はヒトP450に対してアミノ酸相同性が高く,発現分布の特徴が類似していることが示唆された.

[Short Communication]

カニクイザルにおける薬物代謝酵素の脳部位別mRNA発現

Uno, Y., et al.

 カニクイザルは医薬品開発における薬物動態試験で用いられる重要な動物種である.これまでチトクロムP450(P450)をはじめとする薬物代謝酵素の発現は,薬物代謝に重要な肝臓や小腸などで解析されてきたが,他の臓器における発現はあまり調べられていない.近年の研究により,P450が脳においても発現しており薬物代謝機能を示すことが明らかになってきたが,カニクイザルでは十分に解析されていない.本研究では,カニクイザルにおける薬物代謝酵素の発現を調べるために,19種類のP450と11種類のUDPグルクロン酸抱合酵素を含む計38種類の機能を有する薬物代謝酵素のmRNA発現を11種類の異なる脳の部位において定量した.その結果,32種類の薬物代謝酵素のmRNAが何れかの脳部位で発現していることが明らかになったことから,これらの薬物代謝酵素がカニクイザルの脳で機能を示す可能性が示唆された.今後の研究により,カニクイザルの脳における薬物代謝が明らかになっていくことが期待される.