Newsletter Volume 31, Number 1, 2016

展望

降幡知巳 

奨励賞を受賞して

千葉大学大学院 薬学研究院 薬物学研究室
降幡知巳

 この度は,栄誉ある日本薬物動態学会奨励賞を賜り,大変光栄に存じます.会長・副会長・理事・評議員・選考委員の先生方,そして御推薦いただきました細川正清先生に心より御礼申し上げます.私の受賞タイトルは「ヒト薬効・毒性発現機序解明およびその評価能向上を目指したin vitro薬物動態研究」であり,in vitro薬物動態研究から薬物の薬効・毒性に関わる知見を得,それを創薬および臨床へと応用することを目指しています.この目的を念頭に,これまで三種のテーマを相互に関連させながら進めて参りました.本機会をお借りしまして,それら研究内容について簡単にご紹介させていただきたいと思います.

C型肝炎治療奏効予測因子確立を目指した肝炎治療薬トランスポーター研究

 肝硬変・肝がんの主要因であるC型肝炎の治療では,その奏効率向上が緊急の課題であり,この課題解決に資する新たな薬効発現機序やその個人差の解明が必要とされています.そこで本研究では,肝炎治療薬がウイルス複製の場である肝細胞の中に取り込まれて効果を発揮することに着目し,治療薬の肝細胞内取り込みトランスポーターの同定とその薬効発現における役割解明を目的としました.

 まず,ヒト肝細胞を用いて解析をおこなった結果,治療薬リバビリンが核酸トランスポーターequilibrative nucleoside transporter 1 (ENT1)により肝細胞内に取り込まれることが明らかとなりました.そこで,岡山大学加藤教授よりC型肝炎ウイルス複製モデル細胞を御恵与賜り,ENT1によるリバビリン取り込みと薬効発現の関連解析に取り組みました.その結果,ENT1の活性に依存したリバビリンの薬効発現が認められ,ENT1の活性を100%阻害するとリバビリンの薬効も完全に消失しました.したがって,ENT1によるリバビリンの取り込みはその薬効発現に必須であることが明らかとなりました.そこで,これらin vitroの結果をもとに東京慈恵会医科大学坪田教授の御協力を賜り,リバビリン/ペグインターフェロン治療を施行した526名の日本人患者の治療奏効率とENT1遺伝子多型との関連を解析しました.その結果,治療奏効と有意に関連するENT1遺伝子多型(rs6932345)を見出しました.これは,臨床においてもENT1機能がリバビリンの治療効果を決める重要な因子となっていることを示唆しており,このENT1遺伝子多型は治療奏功を予測する因子の一つとなる可能性があると考えられます.

 最近,C型肝炎治療には画期的な新薬が次々に登場していますが,それでもリバビリンは現在でも使用されている薬剤です.さらに最近ではドラッグ・リポジショニングの観点からリバビリンのがんに対する新たな作用も発見されています.したがって,本研究成果が,C型肝炎治療のみならずリバビリンを用いたあらゆる治療・研究に貢献することを期待しています.

がん型organic anion transporting polypeptide 1B3(がん型OATP1B3)の同定とそのがんバイオ―マーカーとしての有用性

 種々の薬物を輸送する有機アニオントランスポーターOATP1B3は,当初,肝細胞特異的なトランスポーターであると報告されましたが,その後,種々のがん細胞にも発現することが報告されました.これらの報告から,これまで両細胞種に発現するOATP1B3分子種は同一であり,OATP1B3はがん細胞への薬物取り込みにも寄与すると考えられてきました.

 しかし,私達が改めてがん細胞におけるOATP1B3の転写開始点を解析したところ,従来遺伝子のイントロン2の領域内に,がん特異的に機能する転写開始点が見つかりました.そこで,この新たな転写開始点からの転写産物をがん型OATP1B3,肝細胞に発現する既報の転写産物を肝型OATP1B3と名前を付けました.

 がん型と肝型,どちらのOATP1B3ががん組織において優位に発現するか明らかとするため,千葉大学医学部本橋教授・吉野教授および千葉県がんセンター上條博士(現埼玉県がんセンター)・下里博士の御協力を得て,ヒトがん由来試料を用いた解析をおこないました.その結果,がん型OATP1B3の発現は極めてがん特異的であること(例:大腸がんのがん部・非がん部でそれぞれ34/39,1/39の発現陽性率)が明らかとなり,さらにいずれの検体においてもがん型OATP1B3が肝型OATP1B3よりも有意に高く発現していることが明らかとなりました.本結果より,がんに発現するOATP1B3の実体はがん型OATP1B3であると考えられます.さらに,この極めて高いがん特異性を利用することにより,がん診断や治療応答判断を可能とするがんバイオ―マーカーとしても利用できる可能性があると期待しています.

 一方,がん型OATP1B3は肝型よりも47アミノ酸残基短いタンパク質をコードすると推定されます.しかし,そのタンパク質発現および輸送活性については様々な報告がなされており,未だ検討の余地があります.今後,がん型OTAP1B3がどのようながん種でどのような機能を有するか明らかとなれば,新たな抗がん剤開発を切り拓く重要な分子となる可能性があると期待しています.

ヒト中枢薬効・毒性評価を目指した新たなin vitroヒト血液脳関門モデル

 中枢薬が薬効を発揮するためには血液脳関門(blood-brain barrier, BBB)を透過する必要があり,また,末梢薬の中枢移行は意図せぬ中枢毒性発現を生じる可能性があります.したがって,非臨床段階において候補薬のBBB透過性を的確に予測することは創薬成功の鍵を握るとも言え,この予測においてはin vitro BBBモデルが有用であると考えられます.しかし,動物細胞を用いたモデルでは種差の問題が解決出来ず,ヒト初代培養細胞の使用では,希少性や表現型の不安定性が大きな問題となります.そこで本研究では,細胞の不死化に着目しました.

 不死化細胞は,一般に永続的な細胞増殖と由来細胞の形質を保持する細胞と考えられており,これらの特徴から,初代培養細胞が持つ様々な問題を解決することができると考えられます.本研究では,細胞不死化技術として温度感受性simian virus 40 large T抗原およびヒトテロメラーゼ触媒サブユニットを導入する方法を用い,まずBBBの実体であるヒト不死化脳毛細血管内皮細胞HBMEC/ciβを樹立しました.HBMEC/ciβは長期継代培養が可能であり,グルコーストランスポーター(GLUT1),コリントランスポーター(CTL1),L型アミノ酸トランスポーター(LAT1)や種々のトランスサイトーシス受容体を発現していました.さらにP糖タンパク質,breast cancer resistance proteinの発現と機能,および細胞間接着結合形成も認められ,これらの結果より,HBMEC/ciβは基本的なBBB機能を保持していると考えられました.

 しかし,BBBの機能は,脳毛細血管内皮細胞が脳内の他の細胞と相互作用することにより発揮されると考えられています.そこで,HBMEC/ciβのBBB機能をさらに向上させる共培養モデル構築のため,ヒトアストロサイトおよびヒトペリサイトの不死化もおこないました.樹立した不死化細胞には,それぞれアストロサイトおよびペリサイトのマーカー遺伝子の発現が認められ,また,各細胞種特有の機能も認められました.現在,これら細胞を組み合わせた二種・三種細胞共培養BBBモデルの構築を進めています.本モデルが確立すれば,薬物のヒト脳移行予測に有用なin vitro BBBモデルとなると期待しています.

 一方,アストロサイトはヒト脳内で最も多い細胞種であることから,ヒトアストロサイトにおける薬物トランスポーターや薬物代謝酵素は,脳内薬物動態を規定する重要な役割を担うと考えられます.そこで今後,ヒト不死化アストロサイトを用いて,脳内薬物動態に関わるトランスポーターや代謝酵素の機能解析を進めて行きたいとも考えています.

最後に

 以上の研究テーマには,まだまだ解決すべき課題は多く残されておりますが,それぞれ新たな展開を目指す段階には到達したと考えています.本受賞を励みに今後も精力的に研究を進め,最終目的である「研究成果の創薬および臨床への応用」を実現したいと思います.

 上述の研究成果は多くの皆様のかけがえのない御指導・御協力の賜物です.研究室入室時(学部4年生)より終始暖かい御指導・御鞭撻・御協力を賜りました千葉 寛先生,細川正清先生(現千葉科学大学教授),小林カオル先生,ならびに本研究推進に多大なる御協力を賜りました坪田昭人先生(東京慈恵会医科大学),本橋新一郎先生,吉野一郎先生,伊藤素行先生(以上千葉大学),斎藤嘉朗先生(国立医薬品食品衛生研究所),加藤宣之先生,池田正徳先生(以上岡山大学),上條岳彦先生(埼玉県がんセンター),下里 修先生(千葉県がんセンター)に心より感謝致します.また,本研究の趣旨に賛同し,熱心に研究に取り組んでくださった全ての卒業生,大学院生,学部生に厚く御礼申し上げます.