Newsletter Volume 31, Number 1, 2016

展望

清水万紀子 

奨励賞を受賞して

昭和薬科大学薬物動態学研究室
清水万紀子

 このたび「Non-P450薬物代謝酵素フラビン含有酸素添加酵素の多型と相互作用を含む機能の個人差の基盤研究」という題目で平成27年度日本薬物動態学会奨励賞を賜り,大変光栄に感じております.本稿では受賞のタイトルにもあります,フラビン含有酸素添加酵素に関するこれまでの研究について,ご紹介させていただきます.

 フラビン含有酸素添加酵素はnon-P450薬物代謝酵素のひとつとして近年注目を集めております.本酵素は第一相薬物代謝反応において,幅広い化学物質の窒素および硫黄原子の酸化反応を触媒する重要な役割を果たします.本酵素は薬物酸化酵素であるのみならず,遺伝的多型が疾患に密接に関連することが知られています.本酵素の研究に着手したのは,現在私が所属しております研究室の山崎浩史教授が本学に赴任され,トリメチルアミン尿症(別名,魚臭症候群)研究をテーマのひとつに据えたことがきっかけでありました.「魚のにおい」に例えられる体臭を訴えるトリメチルアミン尿症はフラビン含有酸素添加酵素3 (FMO3) の機能低下が一因であります.本疾患の成り立ちをご紹介しますと,食物由来のトリメチルアミン前駆体であるコリン,レシチン,カルニチン,トリメチルアミンN-酸化体などが腸内細菌叢によって変換され,トリメチルアミンが生成し,体内に吸収されます.トリメチルアミンは,肝臓に存在するFMO3によって無臭のN-酸化体に変換され,最終的に尿中に排泄されます.FMO3酵素機能が低下していると,悪臭物質である未変化体トリメチルアミンが汗,呼気,尿などに大量に排泄されます.本疾患はシェイクスピアの物語に登場する非常に古くから知られている疾患であります.一方,2011年に代謝物であるトリメチルアミンN-酸化体がアテローム性動脈硬化症を促進する,という報告が欧米からいくつかのビッグジャーナルに報告され,注目を集めております.この疾患に対するFMO3遺伝子多型の関わりの詳細は明らかになっておりません.

 トリメチルアミン尿症の指標として,尿中排泄されるトリメチルアミン総量(トリメチルアミン+トリメチルアミンN-酸化体)に対するトリメチルアミンN-酸化体の割合,すなわちFMO3代謝効率が用いられております.自己申告によりトリメチルアミン尿症の疑いのある日本人被験者約3000名のFMO3代謝効率を測定した結果,欧米でのトリメチルアミン尿症の判断基準である40%以下の被験者約50名を見出しました.これらの被験者のFMO3遺伝子型の判定を行ったところ,これまでに海外で報告のない6種のナンセンス変異と18種のアミノ酸置換変異を日本人より見出しました.これらの変異の頻度はいずれも4%以下と低頻度でありました.組換えFMO3のトリメチルアミンN-酸化酵素活性を測定したところ,これらの変異体の酵素活性は野生型に比較して同程度から非常に低値を示すものまで様々でありました.ナンセンス変異では酵素活性が検出限界以下でありました.これらのことから,FMO3酵素機能の変動の一因にこれらの変異が推察されました.さらにFMO3の量的変動要因としてFMO3遺伝子5’-上流領域のハプロタイプ解析および複合的な転写活性の検討も行いました.

 FMO3酵素活性の変動要因は上述の先天的な要因に加え,二次的な要因が存在します.トリメチルアミン尿症の研究を進める中で,小児において年齢の上昇とともに,FMO3代謝効率が上昇する例を経験したことから,個人内変動に着目しました.1歳から9歳までの被験者のFMO3代謝効率の結果を集団として評価しました.1歳児を基準に比較を行ったところ,成長によるFMO3代謝効率の増加が見出されました.さらに,日本人成年女性の月経周期が個人内変動の要因となることを明らかにしました.

 所属研究室のホームページを介して医師からも連絡が入り,共同研究を展開することもありました.L-カルニチニンを経口および静脈内投与した日本人透析患者さんのトリメチルアミンの生成を調べました.血中トリメチルアミン濃度はカルニチンを経口投与した場合のみ有意に高値を示し,トリメチルアミンN-酸化体濃度は日常生活下の濃度の範囲内でありました.欧米で新たな疾患起因物質とされるN-酸化体の生成が前駆体医薬品投与によっても大きな問題とならないことが判明しました.このようにFMO3の研究に関わり,約10年が過ぎようとしております.テレビ番組にトリメチルアミン尿症が取り上げられたことやインターネットの普及に伴い,医師からの問い合わせも年々増加しており,一般社会における理解が深まってきていることを実感しております.

 医薬品開発におけるFMOの役割に目を向けますと,FMOの典型的な基質としてベンジダミンおよびトザセルチブ等の窒素含有化合物,メチマゾール,スリンダクスルフィド等の硫黄含有化合物があります.近年,FMOで代謝される医薬品が報告されており,JSSX第7回ショートコースにて医薬品開発におけるnon-P450薬物代謝酵素の重要性が議論されました.創薬において,薬物代謝酵素の種差は重要な検討課題であります.ヒトのFMO遺伝子はFMO1-5と偽遺伝子が同定されております.ヒトFMO3は成人肝に発現している最も多いFMO分子種であります.一方,ヒトFMO1は腎臓および胎児肝に発現している分子種であります.ヒト肝ミクロゾーム中のFMO3含量は約数十倍の個人差があり,その含量は酵素活性と相関することを明らかにしました.ヒトおよび実験動物の肝ミクロゾームのベンジダミンN-酸化酵素活性はラット,ミニピッグではサルやヒトに比較して高い酵素活性が認められました.それぞれのリコンビナントFMOを作製したところ,ヒトおよびサルのFMO分子種の触媒活性と,ラットやミニピッグでは異なり,FMOの種差について考慮する必要があることが推察されました.

 医薬品開発および臨床における薬物相互作用はシトクロムP450に注目が集まり,薬物相互作用ガイダンスおよびガイドラインが発表されております.FMOはP450に比較して基質との親和性は低い傾向にありますが,基質には食品成分も含まれていることから,日常的に相互に影響を受ける可能性を考えました.そこで,FMO3の食品-および薬物-薬物相互作用の可能性について,遺伝子型既知の個別肝ミクロゾームとリコンビナントFMO3が触媒するスリンダクスルフィドS-酸化酵素活性に対するメチマゾールの影響を検討しました.FMO3遺伝子の変異をホモで有する肝ミクロゾームにおけるメチマゾールの阻害定数は,野生型,ヘテロ型に比較して,低値を示しました.対応するリコンビナント酵素を用いて同様の結果を得ました.さらに,アリル頻度約4%を示す日本人特有のFMO3遺伝子変異を有するリコンビナント酵素の阻害を評価したところ阻害定数の低下が認められました.これらのことから,FMO3遺伝子変異を有する場合,酵素活性が低くなるだけでなく薬物相互作用の程度が大きくなる可能性が示唆されました.

 第30回日本薬物動態学会年会で上述の内容を講演する機会をいただき,製薬企業の研究者の方と直接お話しする機会も得ることができました.その中で,FMO研究のさらなる課題とその必要性を感じたことから,これからもFMOの基礎研究を進めて臨床課題の解決に貢献していきたいと考えております.さらに,トリメチルアミン尿症の研究からは,その研究の向こうには体臭に悩む患者さんの存在があることを日々感じながら研究を行っております.私たちの研究の成果がこれらの方々の心配を緩和できるものになるように願ってやみません.

 最後になりましたが,トリメチルアミン尿症の研究にご協力いただいた多くのボランティアの方々に深く感謝いたします.日本薬物動態学会奨励賞選考委員の諸先生方に厚くお礼申し上げます.本疾患の研究から始まったFMOに関する研究ですが,そのきっかけと多くのご指導と叱咤激励をくださり,さらに本賞にご推薦いただきました山崎浩史教授に感謝申し上げます.国内外の共同研究者の皆様,研究を共に進めてくれた大学院生,卒業研究学生の皆様ならびに所属研究室の村山典恵講師,上原正太郎特任助教に深謝いたします.