Newsletter Volume 34, Number 1, 2019

受賞者からのコメント

顔写真:眞弓 慶

ベストポスター賞を受賞して

塩野義製薬株式会社
開発研究所 薬物動態研究部門
眞弓 慶

 この度は,日本薬物動態学会第33回年会/MDO国際合同学会において,「Successful prediction of human PK profiles for drug candidate selection: Novel modeling for PBPK approach using human iPS cell derived intestinal epithelial cells」というタイトルで,栄誉あるベストポスター賞を賜り,誠に有難うございます.JSSX年会長の玉井郁巳先生,MDO年会長の横井 毅先生をはじめ,ご審査頂きました選考委員の先生方,並びに日本薬物動態学会関係者各位,MDO関係者各位に厚く御礼申し上げます.

 創薬の探索研究段階におけるヒト体内動態(PK)の予測は,臨床投与量の推定,安全性マージンの算定及び薬物間相互作用リスクの把握において極めて重要な情報となります.そこで,我々は低コストかつ高スループットで確度高くヒトPKを予測することを目的として,探索研究段階における生理学的速度論解析(PBPK)の活用を目指してきました.

 PBPKモデルは,生理学的環境を模倣した組織コンパートメントを数理学モデルで表現することにより,生体内における化合物の経時的な濃度推移を予測できます.しかし,in vitro試験を基にした従来型のPBPKモデルは,最高血漿中濃度(Cmax),血漿中濃度曲線下面積(AUC0-t)及び生物学的利用率(BA)などの予測確度が実測値と比較して2-3倍以上乖離する報告例も多数あることから,創薬現場で満足のいく予測性ではありません.我々はこの低予測性の原因が,in vitro試験系及びPBPKモデルの堅牢性に起因していることを疑い,吸収,分布及び代謝過程の予測法を見直すことにしました.まず,経口吸収過程では,ヒトiPS由来小腸細胞の膜透過試験により化合物の代謝・能動輸送を考慮した膜透過速度を評価した後,膜透過速度をPBPKモデルの消化管コンパートメントに入力可能な吸収速度定数に変換するための手法を構築しました.また,ヒトの組織移行性予測には,組織構成成分と化合物の物性値等に基づく理論値をラットの組織分布のデータを用いて予測値を補正する新規手法を適応しました.加えて,化合物の消失過程に重要な肝臓コンパートメントでは,細胞内のタンパク非結合率の算出に当たり,従来からのfree理論に基づいた方法ではなく,化合物の生体内挙動をより緻密に再現可能なpH分配仮説及びアルブミン介在性の膜透過を考慮しました.これらのノウハウを包含したPBPKモデルを用いて市販15化合物のヒトPKを予測した結果,Cmax,AUC0-t,BA,最高血漿中濃度到達時間(Tmax)及びトラフ濃度(Clast)の予測結果は平均して実測比2倍以内と極めて高い予測確度を得ることができました.この結果より,本法は,探索研究段階においてヒトPK予測手法の新機軸として活用可能であり,ヒト体内動態の予測結果を基にした化合物選抜や構造最適化といった究極の創薬手法の実現に繋がると考えています.今後は,病態によるPKの変動や薬効標的組織における薬物濃度推移の予測法も検討し,ヒトPK予測の更なる有用性向上に努める予定です.

 最後に,共に研究を遂行しました赤澤貴憲氏,並びに指導を賜りました大西秀一氏,高橋浩治氏,金津卓史氏,鈴木紀子氏,長谷川博司氏,また塩野義製薬株式会社薬物動態研究部門各位,シオノギテクノアドバンスリサーチ株式会社の関連部門各位に,この場をお借りしまして深く感謝を申し上げます.