Newsletter Volume 34, Number 1, 2019

受賞者からのコメント

顔写真:伊藤利将

ベストポスター賞を受賞して

積水メディカル株式会社 創薬支援事業部
伊藤利将

 この度,「MALDI-Imaging quantitation of neurotransmitters in rat brain using “Triple Spray” method」という演題にて,日本薬物動態学会第33回年会/MDO国際合同学会において,ベストポスター賞を頂き,大変光栄に存じます.選考委員の先生方,ならびに日本薬物動態学会関係者各位に厚く御礼申し上げます.

 MALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)イメージングは組織切片中の物質(医薬品候補化合物やその代謝物,バイオマーカーなど)の分布を明らかにすることができることから,創薬研究への利用が期待されています.しかしながら,MALDIイメージングは,定量性や再現性に課題があります.この原因の一つとして,組織切片に塗布するマトリックス(イオン化補助剤)の影響が考えられます.通常,マトリックスは組織切片上で組織内物質を抽出して結晶を作り,この結晶にレーザーを照射することでイオン化を行います.しかし,組織切片にマトリックスを均一に塗布し,組織上に均一な結晶を作ることは難しく,さらに組織は部位ごとにイオン化抑制が異なるため,これらの影響を考慮した上で異なる組織切片間で得られた結果を定量的に比較することは困難となります.また,同一の組織切片を用いた場合であっても再現性を得ることは困難であるとされてきました.そこで,これらの課題を解決するためにマトリックス塗布の均一性を必要とせず,組織内の部位におけるイオン化抑制を考慮した上で,組織切片間の物質の変動を定量的に評価する手法として「トリプルスプレー法」を開発しました.

 これまでの「On tissue誘導体化法」は定量性と再現性に問題がありましたが,私達が考案した「トリプルスプレー法」はOn tissue誘導体化法に内部標準を組み込んだ方法であり,誘導体化物質を定量的且つ再現良く評価する手法です.今回,第一級アミンを誘導体化する手法が多く確立されていることから,測定標的としてアミノ酸を選択し,誘導体化試薬には,第一級アミン反応性のmTRAQ試薬を使用しました.この試薬には,基本構造となるmTRAQ0試薬の他に,その安定同位体で質量数が4異なるmTRAQ4試薬があります.トリプルスプレー法では,これらの試薬を組み合わせ,組織切片に三度スプレーを行います.まず,組織切片にmTRAQ0試薬を塗布することによって,組織切片上で内在性の第一級アミンを誘導体化します.次に,測定対象となるアミノ酸の標準品を,mTRAQ4試薬を用いて試験管内で反応させ,この反応溶液を内部標準溶液として塗布します.最後に,マトリックスを塗布します.これらの前処理を行って測定することにより,測定対象物質について,組織中のマトリックス効果を差し引いた結果を得ることが可能となります.さらにトリプルスプレー法の応用として,一度に複数のアミノ酸を評価する手法も開発しました.組織切片を作成した残りの組織ブロックから,そこに含まれる水溶性のアミノ酸を抽出し,この抽出液をmTRAQ4試薬で誘導体化させて内部標準溶液として用いることで,これらのアミノ酸を網羅的に評価することができます.本研究では,極めて再現性の良い結果を得ることができており,今後この方法が創薬研究の新たなツールとなることを期待しています.

 最後になりましたが,共に研究を遂行しましたアステラス製薬株式会社 平本昌志氏,ご支援頂いたブルカージャパン株式会社 韮澤 崇博士、ならびに積水メディカル株式会社創薬支援事業部各位にこの場をお借りして深く御礼申し上げます.