Newsletter Volume 34, Number 1, 2019

受賞者からのコメント

顔写真:井上大輔

ベストポスター賞を受賞して

就実大学薬学部薬物動態学研究室
井上大輔

 この度,日本薬物動態学会第33回年会/MDO国際合同学会において,栄誉あるベストポスター賞を賜り,大変光栄に存じます.ご審査いただきました選考委員の先生方,ならびに日本薬物動態学会関係各位の皆様に,厚く御礼申し上げます.

 私は本年会において,「Effect of Cerebral Fluid Circulation on Drug Uptake from Nose to Brain after Intranasal Administration: Quantitative Analysis Based on a Separate Evaluation on Each Brain Region」という演題で発表させていただきました.近年,超高齢化社会によるアルツハイマー型認知症などの神経変性疾患や高ストレス社会に起因する精神神経疾患が急増し,中枢系疾患に対する新規薬物治療法の開発が強く望まれています.一方で,薬物を中枢領域へ送達するためには血液脳関門(BBB)を通過する必要がありますが,BBBは生理的バリアとして機能し,脳内への物質移行を制限します.従って,有効量の薬物を中枢領域に送達することは難しく,低い脳への薬物送達性が治療薬開発の大きな障壁となっています.そこで,BBB等の関門を回避でき,薬物を直接的に脳内送達できる輸送経路を有する経鼻投与経路が,中枢系疾患治療薬の開発において注目されています.

 経鼻投与された薬物は鼻腔内の嗅神経周辺部を介して脳内へと直接移行することが知られています.しかし,そのメカニズムが不明であり,経鼻投与による治療戦略を確立するためには,薬物送達機序の解明が必須となります.そこで我々は,経鼻投与後の薬物脳移行動態を脳4部位(嗅球,海馬,大脳,小脳)および脳脊髄液(CSF)に分割することで脳部位別に定量評価した結果,薬物は鼻腔から嗅神経周辺部のCSF中へ移行した後,CSFと共に脳内を循環し,脳実質内部まで取込まれる可能性が示されました(論文投稿準備中).近年,脳内CSFは,脳周辺部から脳動脈周辺腔を介して脳実質内へと流入した後,静脈血周辺腔から流出して,くも膜下腔へと再流入することで脳内を循環するという脳内体液循環システム(glymphatic system; GPS)が報告されました1).従って,我々の研究成果から得られた経鼻投与後の薬物脳移行動態の知見から,薬物はまず鼻腔からCSFに移行することで,GPSにより脳実質内まで送達される可能性が示唆されました.

 そこで,脳内生理機能であるGPSの活性変動が経鼻投与後の脳内送達性に与える影響を解明するため,GPSが活性化し,脳実質内CSF-脳細胞間液(ISF)変換および脳内CSF循環速度が促進することが知られている麻酔状態2)のラットを用いて,経鼻投与後の薬物脳移行性を覚醒下ラットと比較検討しました.脳4部位およびCSFの脳部位別に経鼻投与後の薬物脳移行動態を観察し,静脈内投与後の体内および脳移行動態解析の結果から得られた脳移行量(AUC)を用いて,経鼻投与経路の優位性(drug targeting index; DTI)および鼻腔から脳への直接移行効率(direct transport percentage; DTP)を算出することで脳移行特性を定量評価した結果,麻酔下ではGPSの活性化により,鼻腔-脳直接移行経路を介した脳実質内への薬物送達率(DTP)が脳およびCSFの全部位において覚醒下と比較して向上することが明らかとなりました.本結果から,麻酔下ではGPSが活性化することで,鼻腔からCSFを介した脳実質への薬物送達が促進することが示され,麻酔下や自然睡眠下などGPSが活性化される生理状態をうまく考慮することで,より効率的な経鼻-脳薬物送達が可能と考えられました.これらの成果は,経鼻投与による高効率な脳実質内薬物送達システムを開発できる可能性を示しており,経鼻投与による脳内薬物送達法が中枢系疾患治療薬の新規開発に大きく貢献できるものと期待しております.

 最後に,本研究の遂行に際して,ご指導・ご鞭撻を賜りました神戸薬科大学 坂根稔康教授,ならびに古林呂之准教授にこの場をお借りして深く御礼申し上げます.

参考文献

  1. Iliff J.J. et al., Sci. Transl. Med. 4(147): 147ra111, 2012.
  2. Xie L. et al., Science, 342(6156): 373-377, 2013.