Newsletter Volume 39, Number 1, 2024

受賞者からのコメント

顔写真:上原正太郎

ベストポスター賞を受賞して

公益財団法人実験動物中央研究所
実験動物応用研究部 ヒト臓器/組織モデル研究室

上原正太郎

 このたび日本薬物動態学会第38回年会において『Metabolism and renal toxicity of SGX523 in chimeric mice with humanized liver』という演題で,ベストポスター賞を賜り大変光栄に存じます.選考委員の先生方,ならびに日本薬物動態学会関係者各位に厚く御礼申し上げます.私はこれまでヒト肝細胞移植マウスの開発と応用に取り組んできました.本稿では受賞対象となりましたヒト肝細胞移植マウスによる薬物代謝研究について紹介させて頂きます.

 がん治療のために開発されたc-Metチロシンキナーゼ阻害剤であるSGX523は,臨床試験で認められた腎不全のために開発が中止されました.臨床試験ではイヌおよびラットを用いた毒性試験で見られなかった代謝物が確認されました.その後の解析により,SGX523はヒトアルデヒドオキシダーゼ(AOX)によって著しく溶解度の低い2-quinolinone-SGX523へ変換されることが明らかになり,この難溶性代謝物が臨床試験で報告された腎不全に関与している可能性が高いと考えられています.本研究では,肝細胞を移植した免疫不全NOG-TKmut30マウス(ヒト肝細胞移植マウス)を用いてSGX523の代謝と腎毒性について検討しました.

 まず肝細胞と肝サイトゾル画分を用いてキメラマウス肝による2-quinolinone-SGX523生成活性を調べました.本酵素活性はマウス肝細胞に比べてヒト肝細胞移植マウスおよびヒト由来肝細胞で高値を示しました.さらに,ヒト肝細胞移植マウス肝サイトゾル画分による本酵素活性は,AOX阻害剤であるRaloxifeneおよびHydralazineによって著しく阻害されました.このことからキメラマウス肝でAOXを介して2-quinolinone-SGX523が生成されることが示唆されました.

 次にin vivoでSGX523の代謝と腎毒性を調べるため,ヒト肝細胞移植マウスと非移植マウスにSGX523を経口投与したところ,血中ならびに尿中の2-quinolinone-SGX523濃度は非移植マウスに比べてヒト肝細胞移植マウスで高値を示しました.ヒト肝細胞移植マウスではSGX523の反復経口投与により血清クレアチニンおよび血中尿素窒素濃度が上昇し,腎組織に尿細管上皮細胞の壊死および脱落に加えて尿細管への異物の蓄積および間質への炎症性細胞の浸潤が認められました.一方,SGX523を反復経口投与した非移植マウスの腎組織に異常所見は認められませんでした.これらの結果から,ヒト肝細胞移植マウスがヒトで報告されたSGX523の代謝および毒性の理解に有用であることが示唆されました.本研究成果はヒト肝細胞移植マウスがヒト不均衡性代謝物の検出のみならず,その安全性評価に有用である可能性を示しました.

 最後に,共に研究を遂行しました実験動物中央研究所の樋口裕一郎氏,米田直央氏,保田昌彦氏,川井健司氏,鈴木雅実氏,ならびに指導を賜りました末水洋志氏,昭和薬科大学の山崎浩史先生,また実験動物中央研究所各位に心より感謝致します.