Newsletter Volume 38, Number 6, 2023

受賞者からのコメント

顔写真:増尾友佑

奨励賞を受賞して

金沢大学医薬保健研究域薬学系 分子薬物治療学研究室
増尾友佑

 このたび「構造選択的メタボロミクスによる膜輸送体の生体内基質同定」という題目で令和5年度日本薬物動態学会奨励賞という名誉ある賞を受賞でき,光栄に感じております.奨励賞に推薦くださいました金沢大学の加藤将夫教授をはじめ,選考委員の先生方,実行委員の先生方に厚くお礼申し上げます.本稿では受賞対象となりました,膜輸送体の機能解析に最適化したメタボロミクスについて紹介致します.

1.膜輸送体の生体内基質探索

 膜輸送体が病態に関与する場合,生体内基質を同定することは,膜輸送体の生理学的機能の解明を通じて,病態のメカニズム解明につながります.一方,膜輸送体の生体内基質は,膜輸送体の機能変化に応じて血漿や尿中濃度が変化しうるため,その血漿や尿中濃度がin vivoでの機能バイオマーカーに活用できます.膜輸送体の生体内基質を網羅的に探索するには,メタボロミクスで生体内基質の濃度変化を網羅的に検出し,膜輸送体の輸送活性が異なるサンプル間を比較することが有用です.しかし,メタボロミクスは膜輸送体の機能変化による直接的な差異のみならず,偽陽性と判断される副次的な変化をも検出します.私は,メタボロミクス研究を推進する上で,偽陽性を軽減する必要性を認識し,生体内基質を効率よく同定した方法論を提唱しました.本方法論は,実験系内に基質候補化合物が存在するよう基質源を改善した上で,膜輸送体の構造認識特性を質量分析計で選択的に検出する,融合メタボロミクスです.膜輸送体carnitine/organic cation transporter (OCTN1/SLC22A4)およびbreast cancer resistance protein (BCRP/ABCG2)の生体内基質を同定した研究に関して,それぞれ紹介致します.

2.膜輸送体OCTN1の生理学的機能解明を目指した生体内基質spermineの同定1)

 膜輸送体OCTN1/SLC22A4は,クローン病の関連遺伝子であり,OCTN1のL503F変異を有するヒトではクローン病の罹患リスクが上昇します.OCTN1は,腸管上皮細胞に発現することから,L503F変異によって発現量または輸送活性が変化し,基質化合物の細胞内濃度が変化した結果,クローン病の罹患リスクが上昇するのではないかと考えました.OCTN1の生体内基質を同定することはクローン病の病態解明につながると考え,炎症性腸疾患に関連しうるOCTN1の生体内基質の同定に着手しました.OCTN1発現細胞を,炎症を誘発したマウス大腸抽出物とインキュベートし,OCTN1基質を細胞内に濃縮させました.OCTN1基質の多くが構造内にアミノ基を有する特性に着目し,誘導体化反応を利用してアミノ基含有化合物を選択的に検出するメタボロミクスを立案し,偽陽性を軽減しつつ,感度を向上させました.具体的には,細胞抽出液をアミノ基誘導体化試薬(3-aminopyridyl-N-hydroxysuccinimidyl carbamate; APDS)と反応後,APDSのプロダクトイオンを対象にしたプリカーサーイオンスキャンをLC-MS/MSで行い,APDSで誘導体化されたイオンすなわちアミノ基含有化合物を選択的に検出しました.その結果,OCTN1内因性基質としてspermineが同定されました.Spermineの細胞内への取り込み活性は,L503F-OCTN1の方が,野生型のOCTN1よりも高いことが分かりました.Octn1-/-と野生型マウスでspermine濃度を比較したところ,血漿,血液,肝臓,腎臓,心臓,脳,小腸および大腸上皮細胞では同等であった一方,末梢血単核球中のspermine濃度は,Octn1-/-マウスで野生型よりも低いことが分かりました.Spermineは,抗炎症作用を有する一方で,細胞毒性を示す活性代謝物acloreinを生じます.L503F変異を有するヒトでは,腸管マクロファージ等にspermineが多く取り込まれ,活性代謝物acloreinによる炎症の悪化が,クローン病の罹患リスクを高める要因として示唆されました.

3.膜輸送体BCRPの機能バイオマーカーとしてのイソフラボン硫酸抱合体の同定2)

 膜輸送体BCRPは,小腸刷子縁膜,肝胆管膜,血液脳関門等に発現し,基質を細胞外に排出します.BCRPは,基質薬物の血中濃度の規定因子のひとつであり,BCRPの阻害を介した薬物相互作用を予測できるBCRPの生体内基質の同定を目的としました.まず,ヒトとマウス間で食餌成分が大きく異なることに着目し,大豆由来食品を混餌してヒト食餌を反映したモデルマウスを提唱しました.このマウスに,BCRP阻害剤lapatinibを経口投与後,血漿をLC-TOFMSを用いてall ion fragmentationモードで測定後,網羅的に検出したプレカーサーとプロダクトイオンをインフォマティクスによって両イオンを対応付けました.この際,BCRPの既知基質に硫酸抱合体が多く存在する点に着目し,硫酸基のneutral lossを有するイオンを選択的に抽出しました.その結果,daidzeinとgenisteinの硫酸抱合体の血漿中濃度がlapatinibを投与したマウスで増加することを見出しました.また,iPS細胞由来の小腸上皮様細胞(F-hiSIEC)の頂端膜側バッファーに親化合物としてイソフラボン類(daidzein, genistein, equol)を添加後,細胞内で代謝されて生成したイソフラボン硫酸抱合体の基底膜側バッファーへの移行におよぼすBCRP阻害剤の影響を評価しました.その結果,BCRP阻害剤として添加したlapatinibまたはfebuxostatの存在下では,基底膜側へのdaidzein sulfate, genistein sulfate, equol sulfateの移行が有意に増加したことから,小腸におけるBCRPが阻害された結果,イソフラボンの硫酸抱合体の血中濃度が増加することが示唆されました.イソフラボンの硫酸抱合体の血漿中濃度推移から,in vivoでのBCRPの機能変化の評価が可能であることが分かりました.BCRP阻害を介した薬物相互作用が評価できるかについては,さらなる臨床研究が求められます.

4.今後の研究について

 OCTN1やBCRPといった膜輸送体は,各種臓器に発現するため,血中で検出された生体内基質の濃度変化が,どこの臓器に発現する膜輸送体の機能変化に起因するかを明らかにするのは容易ではありません.アデノ随伴ウイルス(AAV)は,臓器選択的かつ安定的に遺伝子をデリバリーできることを活用して,BCRPの肝選択的なノックダウンと,その結果生じる基質の体内動態変動の評価にも取り組んでおります3).今後,臓器選択的なノックダウンとメタボロミクスを組み合わせることで,各種膜輸送体の臓器ごとの機能バイオマーカーを同定することで,新たなリキッドバイオプシー戦略につながるよう研究を展開していきます.最後になりましたが,加藤将夫教授をはじめとする多くの先生方,共同研究者の方々,学生の皆さんに厚く御礼申し上げます.

5.参考文献

  1. Masuo Y, Ohba Y, Yamada K, Al-Shammari AH, Seba N, Nakamichi N, Ogihara T, Kunishima M, Kato Y. Combination metabolomics approach for identifying endogenous substrates of carnitine/organic cation transporter OCTN1. Pharm Res, 35: 224 (2018)
  2. Agustina R, Masuo Y, Kido Y, Shinoda K, Ishimoto T, Kato Y. Identification of food-derived isoflavone sulfates as inhibition markers for intestinal breast cancer resistance proteins. Drug Metab Dispos, 49: 972-984 (2021)
  3. Alshammari AH, Masuo Y, Yoshino S, Yamashita R, Ishimoto T, Fujita KI, Kato Y. Adeno-associated virus-mediated knockdown demonstrates the major role of hepatic Bcrp in the overall disposition of the active metabolite of the tyrosine kinase inhibitor regorafenib in mice. Drug Metab Pharmacokinet, 49: 100483 (2023)