Newsletter Volume 38, Number 6, 2023

受賞者からのコメント

顔写真:畠山浩人

奨励賞を受賞して

千葉大学大学院薬学研究院 薬物学研究室
畠山浩人

1.はじめに

 この度,「免疫チェックポイント阻害剤の薬効・副作用に影響する薬物動態要因に関する研究」という題目で令和5年度日本薬物動態学会奨励賞を賜り,大変光栄に感じております.推薦を頂きました千葉大学の樋坂章博先生,並びに日本薬物動態学会会長,副会長,理事,選考委員の先生方に深く御礼申し上げます.

 私が本研究を開始したのは,2016年1月に米国留学から帰国し千葉大学大学院薬学研究院の樋坂研究室に加えて頂いてからです.ご存知の通り,樋坂先生は薬物間相互作用などの研究を進められていますが,私が低分子医薬ではなく高分子医薬である免疫チェックポイント阻害剤(ICI)の研究に着手することを後押しして頂きました.本稿では主に樋坂研究室で行い受賞対象となりました研究について紹介させて頂きます.

2.抗PD-1抗体と抗PD-L1抗体の体内動態比較研究

 ICIは,進行がんでもがん消失に至ることが期待されています.ICIとして主にT細胞に発現するprogrammed cell death 1(PD-1)を標的とした抗PD-1抗体が2剤,またPD-1のリガンド分子でがん細胞に発現するPD-L1を標的とする抗PD-L1抗体3剤が主に臨床で承認され使用されています.抗PD-1/PD-L1抗体は,PD-1/PD-L1経路を阻害することで,細胞障害性T細胞の抗腫瘍免疫を活性化します.原理的にはどちらの抗体でもPD-1/PD-L1経路を遮断することで薬効を得られます.しかし,両抗体で同等の薬効が得られるのでしょうか?研究を開始した2016年当時,両抗体を直接比較した臨床試験はありませんでした.

 そこで,担癌マウスを用いて両抗体の抗腫瘍効果を比較したところ,抗PD-1抗体の薬効が明らかに優れていました.用いたモデル自体はPD-1/PD-L1遮断が有効にもかかわらず,PD-L1を標的としても薬効が得られなかったわけです.そのため,抗PD-1/PD-L1抗体の体内動態の違いが薬効の差の要因と考えました.抗体の組織への分布と組織内での分解を評価するため,インジウムとヨウ素の異なる2種類の放射性同位体を用いました.インジウムは水溶性が高く,抗体が細胞内で分解されても,細胞透過性が乏しいためインジウムを含む分解物は細胞内に蓄積します.一方で,ヨウ素は細胞外へ速やかに排泄されます.従って,インジウムに対するヨウ素の放射活性の減少は組織内での抗体分解の指標となります.抗PD-L1抗体は抗PD-1抗体と比較して,肝臓や脾臓など正常臓器への分布が大きく,また分布した臓器での分解も盛んでした.さらに腫瘍組織での抗PD-L1抗体の分解割合も大きく,PD-L1を阻害するには多くの抗体を送達する必要があります.従って,抗PD-L1抗体は高い投与量が必要になります.先述した通り,PD-1はT細胞など限られた細胞に発現します.しかし,PD-L1はがん細胞のみならず,マクロファージなど貪食細胞にも発現していることが,両抗体の体内動態の差の要因と考えられます.以上から,PD-1/PD-L1を阻害するには,体内動態の観点からはPD-1を標的とすることが有利であると結論づけられます.その後,複数の臨床試験情報を統合したメタ解析の結果において,多くのがん種で抗PD-1抗体の薬効が優れていることが報告されました(Duan J, et al. JAMA Oncol, 6, 375-384 (2020)).我々の成果は,このような臨床研究の結果を説明する一つの要因であると考えています.

3.腹膜播種への効率的なICI送達経路

 担癌マウスでの評価ではICIは腹腔内(i.p.)投与されています.一方で,臨床では静脈内(i.v.)投与されています.両投与経路の体内動態に差はないか疑問が浮かびました.そこで,大腸癌の腹膜播種モデルを用いて,抗PD-L1抗体をi.v.もしくはi.p.投与しました.その結果,腹膜播種への移行量はi.v.投与と比較してi.p.投与で約10倍も大きいことが示されました.i.p.投与された抗PD-L1抗体は腹腔内空間から腹膜播種に直接到達し,腫瘍組織深部へ浸透する,「直接浸透」により効率よく送達されていることを明らかとしました.一方,i.v.投与後の抗PD-L1抗体は血管周囲に留まっており,血管を透過出来ていませんでした.高分子医薬は通常enhanced permeability and retention(EPR)効果で腫瘍組織へ移行すると考えられますが,本実験に用いた腹膜播種モデルは血管透過性が非常に乏しく血管からの腫瘍組織への抗体の移行が制限されていると考えられます.高い移行量を反映して,i.p.投与後の抗PD-L1抗体は抗腫瘍効果も向上しました.本結果は,腹膜播種へのICI送達においてi.v.投与は投与経路として必ずしも最適でない可能性を示すものです.課題は多いですが,ICIをはじめとした抗体医薬の腹腔内投与経路の臨床応用について検討していきたいと考えています.

4.抗PD-L1抗体に対するアナフィラキシー

 上記のように,複数の担癌マウスで抗PD-1/PD-L1抗体を投与し治療効果を検証している過程で,抗PD-L1抗体を投与し30分程度で全個体が死亡する副作用の発症を偶然見出しました.抗PD-L1抗体に対して抗薬物抗体(ADA)の産生によるアナフィラキシーであることが分かりました.薬剤性アナフィラキシーはADAとしてIgEが産生し,肥満細胞などからのヒスタミン放出が古典的経路として知られています.しかし,抗PD-L1抗体へのアナフィラキシーはADAとしてIgGが産生し,ケミカルメディエーターとして血小板活性化因子(PAF)が関与しており,IgE経路ではありませんでした.また興味深いことに,本アナフィラキシーはがん種により症状が大きくことなっていました.致死的アナフィラキシーを発症する担癌マウスでは骨髄系細胞が増加していました.この中で,マクロファージと好中球がADAに応答してPAFを産生することを同定しました.臨床における薬剤性アナフィラキシーの発症率は決して高くはありませんが,それゆえに発症メカニズムなどヒトでの研究は進んでいません.本結果はICIに対する過敏症発症メカニズムに対して有用な知見となると考えられます.

おわりに

 現在,ICIの薬効予測について,免疫状態や遺伝子変異など腫瘍側の特徴に焦点が当てられた研究が進んでいます.しかし,奏功が期待できる患者を層別するマーカーの確立には至っておらず,このような解析では見逃されている要因があると考えられます.筆者らの成果は,ICIの薬効発現のメカニズムを解明する上で薬物動態解析の重要性を示していると考えています.薬は必要な部位に適切な形で届けられて初めて薬効を発揮します.薬学,とりわけ薬物動態学を学ぶ者には当然の原理原則であり,ICIであってもこれを免れることはありません.本受賞を励みとして,今後もICIをはじめとした新規モダリティについて臨床の疑問の解決に資する薬物動態学を基盤とした研究を進めていきたいと思います.

 最後になりましたが,本研究を遂行するにあたり,終始温かいご指導を頂きました樋坂章博先生に心から感謝申し上げます.また,さまざまなご支援を頂きました共同研究者の先生方,献身的に研究に取り組んでくれた学生諸氏に厚く御礼申し上げます.