Newsletter Volume 37, Number 6, 2022

受賞者からのコメント

顔写真:荒川 大

奨励賞を受賞して

金沢大学医薬保健研究域薬学系
荒川 大

 この度,「薬工連携による新規薬物動態評価手法の開発」という題目で奨励賞を賜りました.栄誉ある賞を受賞することができ,大変光栄に感じております.奨励賞に推薦を頂いた金沢大学の加藤将夫先生,並びに日本薬物動態学会の運営に携わる先生方に厚くお礼申し上げます.私は金沢大学の玉井郁巳先生のもとで博士(薬学)を取得後,高崎健康福祉大学の荻原琢男先生のもとでヒト肝細胞の三次元培養系の薬物動態・毒性評価における有用性について研究を行いました.その後現所属の金沢大学に移ってからも,より安全性の高い医薬品創出に貢献することを目的とし,新しい培養工学技術を用いた薬物動態研究を推進してきました.金沢大学では加藤将夫先生,玉井郁巳先生,中島美紀先生の3つの研究室を跨ぎ,研究室での様々なノウハウを活用しながら,自身の研究を推進する機会に恵まれました.以下に今回受賞課題となった研究内容についてご紹介します.

1. 三次元培養初代ヒト肝細胞を用いた薬物代謝・毒性試験系の構築

 肝臓における薬物代謝や細胞毒性は,薬物の安全性評価において非常に重要です.この評価として,初代培養ヒト肝細胞が最も使用されます.しかし,通常の二次元初代培養系においては,培養時間とともに代謝酵素発現量が減少してしまうことや,酵素誘導試験や毒性試験に必要な長時間培養が難しいことが課題となっていました.私は,ヒト初代肝細胞を三次元培養するとCYP3A4など代謝酵素の発現量が上昇するという報告にもとづき,三次元培養初代ヒト肝細胞の薬物代謝・毒性における有用性を調べました.その結果,本手法では従来のミクロソーム試験や初代培養肝細胞を用いた試験では検出できなかった代謝反応や,第I相(水酸化)から第II相(抱合)への連続的な代謝反応を観察できることを明らかとしました.1) さらに,21日間という長期培養が可能であること,従来の二次元培養と比較して高い酵素誘導活性を有すること2),および長期細胞毒性試験に応用できること3)を示し,従来法では検出できない低い酵素誘導活性を評価できることや酵素誘導試験ならびに毒性試験への有用性を明らかにしました.これら一連の研究を通じて,2014年より日本動物実験代替法評価センター(JaCVAM)資料編纂委員を務め,薬物動態・安全性に関わる製薬企業の研究者の皆さんと共に三次元培養ヒト初代肝細胞の医薬品開発への有用性を示しました.

2. 臓器間相互作用による薬物代謝酵素およびトランスポーターの活性調節

 薬物動態や毒性発現は単一の臓器・細胞種のみではなく,複数の臓器・細胞種の相互作用を受けることが想定されます.私はこの臓器間相互作用が薬物動態に及ぼす影響を調べるため,胆管結紮マウスを用いた検討を行い,肝障害が薬物の消化管吸収に及ぼす影響を調べました.4) その結果,胆管結紮による胆汁うっ滞時に分子標的薬イマチニブの消化管吸収が低下することを見いだし,その吸収変化は薬物排出トランスポーターBCRPの小腸上皮細胞膜における発現量の上昇と対応することを明らかとしました.このように,臓器間相互作用の解明においては動物モデルを用いた解析が有効です.その一方,動物実験では様々な臓器が複雑に絡み合うため因子の相関関係は明らかとなるものの,基盤となるメカニズムの探索は難しく,また種差の問題もあります.私はこの課題を解決するためのツールとして任意のヒト臓器由来細胞を搭載可能なmicrophysiological system (MPS) に着目しました.消化管及び肝臓の細胞を搭載したMPSを用いた検討では,共培養によりトリアゾラムのグルクロン酸抱合体生成量が著しく上昇する共培養効果を見出し,またトリアゾラムの臨床血中濃度推移のスケーリング手法の開発に成功しました.これらの研究を通じ,異物排泄に及ぼす臓器間相互作用を世界に先駆けて提示しました.5) これらの研究は培養工学を専攻する杉浦慎治博士(産業技術総合研究所)や酒井康行教授(東京大学)らとの共同研究を通じて行い,現在でもMPSを用いた薬物動態評価手法の構築を共に行なっています.

3. 化合物の継時的評価を目的としたプローブの開発

 薬物や生体内物質の動態の継時的評価のためには,生体機能のモニタリング方法の構築が必要です.私は薬物トランスポーターのプローブ開発を行ない,その成果の一つとして尿酸トランスポーターURAT1のin vivoプローブの開発を行いました.血清尿酸値は7 mg/dLを超えると高尿酸血症と診断され,痛風の発症リスクが高まります.尿酸は近位尿細管上皮細胞の管腔側に局在するURAT1によって調節されるため,血清尿酸値の変動要因を解析するためにはURAT1のin vivoにおける活性評価が重要となります.しかし,ヒトと異なりラットなど動物ではウリカーゼによる尿酸代謝が進行するため,in vivo実験でのURAT1の評価方法に課題がありました.そこで私は実験動物にウリカーゼによって代謝されないURAT1基質を尿酸アナログとして投与することで,種差を克服したin vivoでのURAT1活性評価法ができると仮説を立てました.尿酸の構造類似体の基質認識性試験及びウリカーゼによる代謝試験を行った結果,オキシプリノールを基質として用いることでin vivoのURAT1活性を評価できることを明らかとしました.6) さらに,尿酸アナログの検討を行う中で尿酸前駆体xanthineがURAT1の基質となり,その腎再吸収にURAT1が関わる新しい生理機能を示しました.7)

4. 今後の研究について

 以上のように既存の薬物動態評価手法の課題克服を目的として,新しい培養工学技術を用いた評価系の構築を行ってきました.今後も引き続き安全性の高い医薬品創出に貢献できるin vitro評価手法の構築を続ける予定です.具体的には,膜透過試験系による胆汁中分泌in vitro評価系の構築,薬物トランスポーターを考慮した薬物誘発性腎障害のin vitro評価系の構築,及び薬物細胞内動態の制御メカニズム解明と薬物動態・安全性への影響解明について研究を展開しております.

 最後になりましたが,私の研究は現在でも厚いご指導を頂戴した玉井郁巳先生及び加藤将夫先生をはじめとする多くの先生方,共に研究をして頂いた学生の皆さんに支えられて進めることが出来ました.この場をお借りしてお世話になったすべての皆様に厚く御礼申し上げます.

References

  1. Ohkura T, Ohta K, Nagao T, Kusumoto K, Koeda A, Ueda T, Jomura T, Ikeya T, Ozeki E, Wada K, Naitoh K, Inoue Y, Takahashi N, Iwai H, Arakawa H, Ogihara T. Evaluation of human hepatocytes cultured by three-dimensional spheroid systems for drug metabolism. Drug Metab. Pharmacokinet., 29, 373-378 (2014).
  2. Arakawa H, Kamioka H, Jomura T, Koyama S, Idota Y, Yano K, Kojima H, Ogihara T. Preliminary Evaluation of Three-Dimensional Primary Human Hepatocyte Culture System for Assay of Drug-Metabolizing Enzyme-Inducing Potential. Biol. Pharm. Bull., 40, 967-974 (2017).
  3. Ogihara T, Arakawa H, Jomura T, Idota Y, Koyama S, Yano K, Kojima H. Utility of human hepatocyte spheroids without feeder cells for evaluation of hepatotoxicity. J. Toxicol. Sci., 42, 499-507 (2017).
  4. Kawanishi T, Arakawa H, Masuo Y, Nakamichi N, Kato Y. Bile Duct Obstruction Leads to Increased Intestinal Expression of Breast Cancer Resistance Protein With Reduced Gastrointestinal Absorption of Imatinib. J. Pharm. Sci., 108, 3130-3137 (2019).
  5. Arakawa H, Sugiura S, Kawanishi T, Shin K, Toyoda H, Satoh T, Sakai Y, Kanamori T, Kato Y. Kinetic analysis of sequential metabolism of triazolam and its extrapolation to humans using an entero-hepatic two-organ microphysiological system. Lab. Chip., 20, 537-547 (2020).
  6. Arakawa H, Amezawa N, Katsuyama T, Nakanishi T, Tamai I. Uric acid analogue as a possible xenobiotic marker of uric acid transporter Urat1 in rats. Drug Metab. Pharmacokinet., 34, 155-158 (2019).
  7. Arakawa H, Amezawa N, Kawakatsu Y, Tamai T. Renal reabsorptive transport of uric acid precursor xanthine by URAT1 and GLUT9. Biol Pharm Bull, 43, 1792-1798 (2020).