Newsletter Volume 37, Number 6, 2022

受賞者からのコメント

顔写真:佐山裕行

創薬貢献・奨励賞を受賞して

アステラス製薬株式会社 開発研究部門
非臨床バイオメディカルサイエンス システムズ薬理研究室
佐山裕行

はじめに

 この度は,「創薬・医薬品開発における薬物速度論のシステムズ薬理モデルへの発展的活用」という研究題目で令和4年度創薬貢献・奨励賞を賜りました.栄誉ある賞を受賞することができ,大変光栄に存じます.日本薬物動態学会長 山下富義先生,選考委員会の先生方,ならびに本賞にご推薦くださいましたアステラス製薬株式会社 大石昌代博士,長坂泰久博士に厚く御礼申し上げます.私はこれまでの研究生活の中で一貫して薬物速度論を活用したトランスレーショナル研究に取り組んでまいりました.本稿では受賞対象研究を以下の3つの項目で紹介します.

経験的ならびに生理学的手法を組み合わせたヒト薬物動態予測法の開発

 非臨床で得られたデータから,開発候補品のヒトにおける薬物動態(pharmacokinetics: PK)を精度よく予測することは薬物動態研究の大きな課題の一つです.ヒトPKを予測する手法としてアロメトリックスケーリングやDedrick approach等の経験的手法と,In vitro-in vivo extrapolation(IVIVE)やphysiologically-based pharmacokinetic(PBPK)モデルなどの生理学的手法があり,これらの手法には各々長所と短所が存在します.特にクリアランスの予測に関しては経験的手法と生理学的手法でヒトの実測値をそれぞれoverpredict及びunderpredictする傾向が知られており,当時の研究ではこれらの傾向をどのように補正して予測精度を向上させるかということが一つの命題でした.私は両手法の特性をうまく組み合わせることで,精度が高く,且つ多くの候補化合物に適用できる実践的な予測方法の開発に取り組みました.

 まず,従来のDedrick approachに動物とヒトのin vitro代謝クリアランスの種差を補正情報として組み込んだhybrid Dedrick approachを考案し,幅広い物理化学的・薬物動態学的特性を持つモデル化合物を用いた比較検証により本法が従来法より優れた予測精度を示すことを実証しました.またhybrid Dedrick approachによるヒトPK予測精度とクリアランス及び分布容積のアロメトリック式におけるexponentの関係性を検証し,これらのexponentがhybrid Dedrick approachの予測精度を事前に推定する指標となることも見出しました.[Drug Metab Dispos, 41:498 (2013)]

 さらに,PBPKモデルの予測精度向上にも取り組み,ラットのクリアランスと分布容積におけるモデルの予測値とin vivo実験値との乖離をスケーリングファクターとして導入するhybrid PBPKモデルを考案し,同様にモデル化合物を用いた検証によりヒトPKの予測精度が従来のPBPKモデルより向上することを実証しました.[J Pharm Sci, 102:4193 (2013)]

 このようにして開発した2つのhybrid法を実用するためのヒトPK予測のワークフローを整備し,候補化合物の優先順位付けや選択された開発候補品の早期臨床試験計画をサポートする等を通じて,トランスレーショナル段階における医薬品研究開発に貢献することができたと考えております.

Top-downアプローチによる慢性腎疾患患者薬物動態予測法の開発

 我々は臨床試験開始前のヒトPK予測に続いて薬物速度論を活用できる研究課題を模索し,様々な内因性・外因性因子の影響を検証できるPBPKモデルを慢性腎疾患患者のPK予測に適用する研究を開始しました.当時,このような病態PBPKモデルを構築する手法としては,化合物の消失メカニズムを明らかにしたうえでその疾患時の変化を実験的に検証してモデルに組み入れていくbottom-up アプローチが主流でした.しかしながら,このアプローチは個々の化合物でin vitro実験等を実施してモデルへの入力値を取得するのに多大な時間を要するため実務的とは言い難いものでした.そこで,既存薬の臨床試験で実際にみとめられた疾患による変化をtop-down的にPBPKモデルに適用する手法を試みました.すなわち,151化合物に渡る広範囲な臨床データから慢性腎疾患患者におけるクリアランスや血漿蛋白結合の変動率を収集してスケーリングファクターとして算出し,それを健康成人のPKデータから構築したPBPKモデルに導入することで慢性腎疾患患者におけるPKの変化を精度よく予測できることを実証しました.[AAPS J, 16:1018 (2014)]

 本研究においてはトランスレーショナル研究で培った薬物速度論モデルに関連する経験値を臨床開発段階における病態PK予測にも適用することで,臨床開発品目の中~後期開発に貢献することができたものと考えております.

定量的システムズ薬理モデルによる非小細胞肺癌患者の薬理効果予測法の開発

 近年,薬物動態研究者の活躍の場は薬理学分野にも広がっており,特に動物実験で観察されたPKと薬力学的指標(pharmacodynamics: PD)の関係性を明らかにしたり,臨床での薬理効果を予測したりすることは重要な課題となっています.我々は,KRAS遺伝子変異非小細胞肺癌を適用疾患とする社内テーマの薬理担当研究者から提示された,「マウスにおける反復投与後の下流シグナル再活性化の原因を考察したい」,「期待される臨床効果を同じ作用機序の先行競合品と比較したい」という2つのリサーチクエスチョンに対して薬物速度論的なアプローチを行いました.従来広く用いられてきたmechanistic PK-PDモデルはPKとPDの関係性を統計的なモデルで記述する手法であるため,ネガティブフィードバックなどの複雑な生理学的機構の理解には適しません.そこで,生体における病態関連機能を生理学的に記述し,病態の経時変化やそれに対する薬剤による介入の影響を定量的にシミュレーションすることができるシステムズ薬理(quantitative systems pharmacology: QSP)モデルを適用しました.まず,既知の論文情報を統合して複数のフィードバック機構を内包するMAPK経路のQSPモデルを構築し,これを担癌マウスのPK-PDデータに当てはめることによって最適化しました.このモデルは実験で認められていたシグナルの再活性化を再現することに成功し,それがMAPK経路内のネガティブフィードバックに起因するものであることを考察するなど定量的な理解に貢献しました.モデルはin vitroの阻害活性値の化合物間差で補正することで競合品に拡張し,さらに予測ヒトPKや競合品の臨床薬効情報を組み込むことで非小細胞肺癌患者にトランスレートしました.このモデルを用いてvirtual clinical trial simulationを実施し,自社開発候補品が競合品と比較して優れた臨床効果を示す可能性を定量的に提示し,臨床試験実施についての社内意思決定に貢献することができました.[CPT Pharmacometrics Syst Pharmacol, 10:864 (2021)]

おわりに

 以上,私が携わってきた薬物速度論を活用した研究についてご紹介させて頂きました.自身の研究を振り返ってみると,QSPを含む一連のシステムモデルの活用はすべて詳細な薬物動態理論のうえに成り立っていることに改めて気付かされました.従いまして我々が薬物動態理論の深い理解に努めることは極めて重要であり,その理解の先に薬物動態研究者のさらなる活躍の機会が広がっているものと考えます.また,私は研究現場の課題に対して実践的なソリューションを与えることを常に意識し,利用できる複数のアプローチを効果的に組み合わせたり,最適なものを選択したりすることで企業研究に貢献してまいりました.引き続きこのような研究姿勢を貫いて,創薬・医薬品開発に貢献,また薬物動態研究の発展に尽力してまいりたい所存です.

 最後になりましたが,近畿大学での博士論文研究に際しご指導くださいました岩城正宏先生に厚く御礼申し上げます.また,日本たばこ産業株式会社で一緒に研究を進めてくださいました薬物動態研究所の皆様,ならびにアステラス製薬でこのような研究の機会を与えていただき,また共に研究に邁進した田端健司博士,長坂泰久博士,大石昌代博士,峯松 剛博士,同僚の皆様にこの場をお借りしまして深謝申し上げます.