Newsletter Volume 37, Number 6, 2022

受賞者からのコメント

顔写真:齋藤嘉朗

学会賞を受賞して

国立医薬品食品衛生研究所 医薬安全科学部
齋藤嘉朗

 この度,「薬物動態及び安全性に関する予測評価法及びそのための分析法に関する研究」という題目で,日本薬物動態学会・学会賞の栄誉を賜りました.日本薬物動態学会会長の山下富義先生,理事会の先生方,及び学会賞等選考委員会の先生方を始め,関係の諸先生方に心より感謝を申し上げます.また,本賞にご推薦を賜りました,昭和薬科大学教授・山崎浩史先生に厚く御礼を申し上げます.このような栄誉は,これまでご指導や共同研究等を賜りました,大野泰雄先生,小澤正吾先生,澤田純一先生,頭金正博先生,埴岡伸光先生,前川京子先生,莚田泰誠先生,平塚真弘先生,石井明子先生,佐井君江先生を始めとする諸先生方のお陰であり,御礼を申し上げたく存じます.レギュラトリーサイエンス分野の研究者である小職に,このような栄誉を賜るのは,まさに本学会の懐の深さの現れと存じます.これまで受賞された先生とは異なり,以下,雑文になっておりますが,気楽にお読みいただけると幸いです.

 小職は九州大学薬学部を卒業後,同大学院に進みましたが,修士課程では電気生理学の研究を,また国立医薬品食品衛生研究所入所後の10年間は,生化学・細胞生物学の研究を行い,1996年に「細胞レベルにおけるヒト成長ホルモン受容体及び結合蛋白の動態に関する研究」という題目で東京大学から博士(薬学)を頂きました.その後,1998年から,カナダ・トロント大学に留学し,小胞体の分子シャペロン(カルネキシン,カルレティキュリン)の研究をしておりました.そろそろ,帰国という1999年の年末に,突然,上司から「ミレニアムゲノムプロジェクトが始まるので,帰国したら参加するように」「薬物代謝・動態や遺伝子多型について勉強しておくように」と言われ,慌てて医学図書館で関連の文献を探して読み始めたのが薬物動態学の研究を始めたきっかけです.帰国後は,薬理部におられた小澤正吾先生に種々ご教示をいただきながら,薬物代謝酵素やトランスポーターの遺伝子多型解析,探索した新規遺伝子多型の機能解析を行うと共に,薬物動態や臨床情報との関連解析を2012年頃まで行いました.始めた当初,杉山雄一先生,鈴木洋史先生,千葉 寛先生らが来所され,研究の方向性についてご教示いただいたのを記憶しております.約10年間で,P450 7種,UGT 10種,トランスポーター11種,転写因子5種等の遺伝子多型やハプロタイプ情報を報告しました.プロジェクト開始当初は,まだ臨床試料を受け取れず,代わりに日本人由来とされる細胞株100種類を小澤先生らと共に手分けして培養し,DNAを抽出して遺伝子多型の同定に用いたのは苦しくも懐かしい思い出です.また新たに見いだされたアミノ酸置換を行う遺伝子多型に関し,P450分子種を中心に機能解析を行いました.当時はまだ異形酵素の高発現システムがなく,10 cm dish×20枚程度の培養を4-5回くらい繰り返して,ミクロソームを調製しておりました.成果としては,CYP3A4やCYP2C9で,基質医薬品により,アミノ酸置換による活性影響が異なることも見いだしました.その後,パクリタキセルの薬物動態値の変化と関連するCYP2C8の新規ハプロタイプや,ゲムシタビンによる重篤な好中球減少と関連する代謝酵素シチジンデアミナーゼの遺伝子多型など,臨床試料の解析結果を複数報告できました.さらに抗体医薬品の薬物動態に関わる受容体の遺伝子多型解析や同定した遺伝子多型の機能解析も併せて行いました.これらの成果は,日本人における薬物代謝・動態の個体差を考える上で,基盤的な情報を提供するものであり,プロジェクトに関わった多くの先生方及び研究補助員の方との共同の成果です.さらに東北大学との連携事業において,「医薬品の非臨床及び臨床第I相試験における遺伝子多型評価のための科学的情報」を公開しました.これは,主として日本人を対象に,医薬品の非臨床及び臨床第I相試験における遺伝子多型評価のための科学的情報をとりまとめたものです.また,別途,名古屋市立大学との連携事業で,「ゲノムバイオマーカーを用いた臨床試験と患者選択にかかる方法論」を公開しました.これは,医薬品の治療効果や副作用の予測の指標となるゲノムバイオマーカーを臨床試験において利用する際の試験デザイン及びその留意点について,国内外の指針等で提唱されている事項を整理し,紹介したものです.

 2006年頃からは,重症薬疹や間質性肺炎等の重篤副作用を対象にしたゲノム解析を開始しました.発症と関連するHLA型等を報告しましたが,中でも記憶に残っているのは,台湾訪問時にChang Gung記念病院のChung博士とのDiscussionにより,フェニトインによる重症薬疹について共同研究に発展したことです.染色体10番に関連する多型があるとのことを伺い,それは代謝酵素であるCYP2C9の多型*3であろうと指摘したら,これが当たりました.CYP2C領域のいずれが原因多型か不明であったようで,皮膚科医と薬物動態研究者という異分野の議論の重要性を実感しました.その後,Chung博士から,いくつかの共同プロジェクトにお声がけいただき,共著を発表することができました.

 当研究所は,医薬品等に関するレギュラトリーサイエンスの研究を主に行っており,分析法の評価も重要な研究対象です.一方,バイオマーカーの確立のためには,その臨床的有用性の他に,分析的妥当性,即ち,目的とするバイオマーカーがきちんと測定されており,その測定結果に信頼性が担保されていることが必要です.そこで,遺伝子多型評価用のゲノムDNA試料の品質に関する研究,さらにはタンパク質や内在性代謝物というバイオマーカーとなり得る生体内分子群の,分析法バリデーション研究に進みました.まず,実際の臨床試験で評価されたバリデーション項目の調査を,製薬協のご協力の下に行って発表した後,産官の会議体で議論し,医薬品開発ツールとして医薬品の承認申請書に記載するようなバイオマーカーをLC(GC)-MS法やリガンド結合法で分析する際の留意点をまとめて公表しました.また実際に,このバリデーション方法で分析的妥当性を検証したバイオマーカー分子について,行政的な適格性評価を受けました.バイオマーカーに関しては,その使用目的と方法,さらには分子の性質により必要とされるバリデーション項目が異なり,さらに各項目に関して一律の判定基準設定は困難と考えますが,個別に判定基準を設定する際の参考データとするため,血漿中に高濃度及び低濃度に存在する2種のバイオマーカー候補分子に関する多施設バリデーションも行いました.最近では,バイオマーカーのみでなく,核酸医薬品等の新規モダリティ医薬品4種に関する生体試料中薬物濃度分析法に関する研究を行っています.

 この他,いくつかの薬物動態関連の行政ガイドライン作成等に関与しました.まず,「医薬品開発と適正な情報提供のための薬物相互作用ガイドライン」です.2001年の初版発出から10年が経ち,薬物トランスポーター等の新規知見が反映されていないとのことで,日本薬物動態学会から厚生労働省に改正要望が提出されて改定作業が始まったものです.当時,国立医薬品食品衛生研究所の所長であった大野泰雄先生,及び薬物動態学会の会長をされていた鈴木洋史先生が中心となり,代謝酵素,トランスポーター,臨床の3グループで個別に議論して改定案を作成し,さらに修正して2018年の改定ガイドライン発出に至りました.最初は事務局,そして委員として参加し,本当に多くの勉強をさせていただきました.さらに,2014年から,ICH S3A Q&A(「トキシコキネティクス(毒性試験における全身的暴露の評価)に関するガイダンス」におけるマイクロサンプリング手法の利用に関する質疑応答集)のラポーター(専門家ワーキンググループの座長),2016年からはICH M10(生体試料中薬物濃度分析法バリデーション及び実試料分析)の日本側規制機関の代表となり,それぞれ2017年及び2022年に最終化されました.いずれも各国の事情に相違があり,なかなか大変な議論を経ての最終化到達という貴重な経験をさせていただきました.

 最後に,あの時,職場である国立医薬品食品衛生研究所にて,ミレニアムゲノムプロジェクトの仕事を受けていなかったら,このような賞を受けることはなかったであろう,と思うと感慨深いものがあります.研究活動の縁,そして人とのご縁を深く感じると共に,将来を考えつつ目の前の仕事をきちんと行うことが良い結果につながる,ということを改めて感じております.ここ数年で医薬品開発は,これまでの低分子化学薬品及びタンパク質医薬品に加え,新しいモダリティに広がっており,薬物動態研究者の活躍の幅も拡大していると考えております.日本薬物動態学会会員の先生方の研究活動が益々盛んになり,世界の薬物動態研究を先導する概念や知見を提供して,本邦の医薬品開発を加速してくれることを心から祈念いたします.