Newsletter Volume 36, Number 6, 2021

受賞者からのコメント

顔写真:田口和明

奨励賞を受賞して

慶應義塾大学 薬学部 薬効解析学講座
田口和明

 この度,「人工血液の臨床開発に向けた動態特性解析及び安全性評価に関する研究」におきまして,令和3年度日本薬物動態学会奨励賞を賜り,大変光栄に存じます.日本薬物動態学会会長・齋藤嘉朗先生,選考委員の先生方,並びに本賞にご推薦下さいました熊本大学名誉教授・崇城大学薬学部特任教授の小田切優樹先生に厚く感謝申し上げます.

 私は,熊本大学薬学部4年次に薬物動態制御学研究室 (当時) で研究を開始して以来,made in Japanの人工血液製剤として開発が進められているヘモグロビン小胞体 (Hb-V) 及びH12-ADP-リポソームの臨床開発に向けた体内動態研究に鋭意従事してきました.本稿では,私がこれまでに得た研究成果について下記に紹介させて頂きます.

Hb-Vの体内動態研究

 Hb-Vは,期限切れヒト赤血球より精製したヘモグロビンを4種類の脂質で構成されたリン脂質二重膜に高濃度に封入した細胞型 (リポソーム型) 人工赤血球であり,赤血球代替物製剤として開発が進められています.多くの前臨床試験より,Hb-Vの赤血球代替物製剤としての有用性は実証されていましたが,体内動態特性は不明でした.また,輸血時に使用されるHb-Vの投与量は他のリポソーム製剤より莫大であり,脂質などの構成成分の生体蓄積性が懸念されていました.そこで私は,Hb-Vのヘモグロビンと脂質膜をそれぞれヨウ素125 (125I) とトリチウム (3H) で標識する方法を確立し,Hb-V及びその構成成分の体内挙動と代謝・排泄を中心とした体内動態特性の評価をマウス・ラットにて実施しました.その結果,Hb-Vは,小胞体構造を保持した状態で血中を循環した後に,主に肝臓・脾臓にある細網内皮系細胞に取り込まれ分解を受けることが示されました.また,臨床使用が想定される大容量のHb-Vを投与した場合においても,Hb-V及びその構成成分は生体蓄積性を示さず,ヘモグロビンはアミノ酸レベルまで分解を受けた後に尿中に,脂質膜成分は胆汁中から糞中へ排泄されることも明らかとしました (Drug Metab Dispos. 2009; 37(7):1456-63.).

 Hb-Vの体内動態特性を考慮すると,肝疾患時や脂質代謝異常時ではHb-Vの代謝・排泄能が低下し,生体蓄積性を示す可能性が考えられます.そこで,慢性肝障害と高脂血症のモデル動物におけるHb-Vの体内動態・安全性試験を行い,これらの疾患時においてもHb-Vは生体蓄積性や有害作用を示さず,安全に使用できることを実証しました (Toxicol Appl Pharmacol. 2010; 248(3): 234-41., J Pharm Sci. 2011; 100(2): 775-83., Biol Pharm Bull. 2015; 38(10): 1606-16.).また,出血性ショックモデルラットにおけるHb-Vの体内動態試験を実施し,Hb-Vの臨床適用疾患である大量出血時における体内動態特性を明らかにすると共に,大量出血時におけるHb-Vの安全性・有効性を薬物動態学的観点から裏付けました (J Control Release. 2009; 136(3): 232-9.).さらに,健常ラット及び出血性ショックモデルラットに臨床推奨量のHb-Vを頻回投与しても,ポリエチレングリコール (PEG) 修飾製剤を頻回投与した時に起こり得るAccelerated Blood Clearance (ABC) 現象は惹起されないことも見出しました (Drug Metab Dispos. 2009; 37(11): 2197-203., Drug Metab Dispos. 2011; 39(3): 484-9.).

 Hb-Vが使用される救急医療時には麻酔薬などが併用されることが想定されることから,Hb-Vと併用薬の薬物間相互作用が懸念されます.そこで,Hb-V投与後の肝臓における薬物代謝酵素の発現誘導・阻害に関する薬物動態学的な研究に取り組み,健常ラットまたは出血性ショックモデルラットにHb-Vを投与した場合,一過性に肝シトクロムP450 (CYP) タンパク質の代謝活性が低下し,CYP代謝型薬物の消失遷延が惹起されることを明らかにしました (Drug Metab Pharmacokinet. 2020; 35(5): 417-24., Drug Metab Pharmacokinet. 2020; 35(5): 425-31.).しかしながら,Hb-V投与による各CYP代謝型薬物の薬物動態パラメータの変化は小さく,臨床使用上で問題にならないと考えられました.

 以上の研究成果は,2020年10月より開始されたHb-Vの医師主導治験「輸血代替として用いるヘモグロビンベシクル製剤NMU-HbVの健康成人男性を対象とした第I相安全性試験 [jRCT2011200004]」のプロトコール作成の基盤情報となっており,Hb-Vの臨床使用に向けた基盤情報の構築に貢献したと考えています.

H12-ADP-リポソームの体内動態研究

 人工血小板製剤として開発が進められているH12-ADP-リポソームは,ADPを内包したリポソームの表面に活性化血小板に発現しているGPIIb/IIIa複合体に特異的に結合するドデカペプチド (HHLGGAKQAGDV; H12) を修飾した構造を有します.私は,Hb-Vの体内動態試験の経験を活かし,H12-ADP-リポソームの体内動態研究も展開してきました.具体的には,H12-ADP-リポソームの脂質膜及び内包されているADPをそれぞれ3H及び炭素14 (14C) で標識した3H,14C標識H12-ADP-リポソームを作製し,複数の動物種 (マウス・ラット・ウサギ) における血中滞留性・分布・代謝及び排泄特性を明らかにするとともに,ヒトへの外挿結果よりH12-ADP-リポソームがヒトにおいても十分な血中滞留性を保持する可能性を見出しました (Drug Metab Dispos. 2013; 41(8): 1584-91.).また,H12-ADP-リポソームの臨床適応疾患時における体内動態特性を解明するために,抗がん剤 (ブスルファン) 誘発血小板減少モデルラットや希釈性血小板減少モデルラットを用いた体内動態試験を実施し,血小板減少状態では健常時に比べて血中滞留性が若干低下するものの,代謝・排泄経路や臓器蓄積性は大きく影響されないことを明らかとしました (J Pharm Sci. 2013; 102(10): 3852-9.).さらに,健常ラット,抗ガン剤 (ブスルファン) 誘発血小板減少モデルラット及び希釈性血小板減少症モデルラットにおいてPEG修飾製剤であるH12-ADP-リポソームの単回及び頻回投与時の体内動態解析を行い,ABC現象誘導の可能性についても検討しました.その結果,健常ラット及び希釈性血小板減少症モデルラットにおいては2回目投与したH12-ADP-リポソームの血漿中濃度は急激に低下するとともに肝臓への高い集積が起こり,ABC現象が誘導されました (J Pharm Sci. 2015; 104(9): 3084-91.).一方,抗ガン剤 (ブスルファン) 誘発血小板減少モデルラットでは,単回及び頻回投与したH12-ADP-リポソームの血中滞留性及び肝臓への分布は変化せず,ABC現象は誘導されませんでした (J Pharm Sci. 2015; 104(11): 3968-76.).

 以上の研究により,H12-ADP-リポソームの基礎的な体内動態特性を明らかにすると同時に,有効性及び安全性の一端を薬物動態学的観点から実証したと考えています.しかし,これら齧歯類で得られた結果だけでH12-ADP-リポソームの体内動態特性・有効性及び安全性を断言することはできないため,今後,非ヒト霊長類による体内動態実験などにより更なるデータを蓄積していきたいと考えています.

おわりに

 これまでに,パーフルオロカーボンを始めとした人工血液製剤が開発されてきましたが,臨床試験段階で生体内長期蓄積性や副作用が発覚し,臨床開発が中止された経緯があります.これらは,前臨床試験段階における薬物動態試験及び安全性試験が十分になされなかったためと考えられており,前臨床試験段階の詳細な薬物動態と安全性の検討が人工血液開発時の強化項目の一つとして挙げられています.上述した研究成果は,薬物動態学的観点により人工血液の安全性及び有効性を裏付けた人工血液開発のニーズに合致した研究であり,made in Japanの人工血液の開発を加速させ,人類の永年の夢であった人工血液製剤の実現に向けて大きく貢献するものと考えています.

 最後になりましたが,私が熊本大学薬学部で卒研生として研究を始めてから現在まで,常に暖かく時に厳しくご指導していただきました小田切優樹先生に心より感謝申し上げます.また,学生時代よりご指導・ご鞭撻を頂いた丸山 徹先生 (熊本大学薬学部) をはじめ,多くの共同研究者および,ともに研究を進めてくれた学部生並びに大学院生に深くお礼申し上げます.