Newsletter Volume 36, Number 6, 2021

受賞者からのコメント

顔写真:山本俊輔

創薬貢献・奨励賞を受賞して

武田薬品工業株式会社 薬物動態研究所
山本俊輔

 この度は,『細胞治療製品の全身動態解析を可能とする細胞定量プラットフォームの確立』という研究題目で,日本薬物動態学会創薬貢献・奨励賞を賜りました.このような大変栄誉ある賞を頂き光栄に存じます.選考委員の先生方,ならびに日本薬物動態学会関係者各位,そして本賞にご推薦頂いた武田薬品工業株式会社 平林英樹博士に厚く御礼申し上げます.

 近年,人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell,iPS細胞)由来分化細胞や遺伝子改変T細胞等,細胞治療製品の研究開発が活発に行われています.これら細胞製品の薬効および安全性には,移植後の生体内分布が深く関連しており,生体内分布の定量的な評価は,薬物動態研究者が細胞製品開発で大きく貢献できる領域であります.一方で,細胞治療製品の体内分布を適切に評価するための分析方法として定量的ポリメラーゼ連鎖反応法(quantitative polymerase chain reaction, qPCR)やフローサイトメトリー(flow cytometry, FCM)が一般的に用いられておりますが,その定量性については明らかとなっておらず,医薬品開発における定量法のガイドラインの整備も進んでおりません.本研究では,上述の課題を解決すべく,以下に述べる4つの細胞定量法を新たに確立し,非臨床試験のみならず臨床試験においても細胞動態評価を可能としました.

Alu-qPCR法 (Regen Ther. 15 : 251-257 (2020))

 非臨床生体内分布試験においてヒトゲノムDNA(genomic DNA, gDNA)を高感度に検出するために,霊長類特異的Alu反復配列を標的としたqPCRが,しばしば用いられます.しかしながら,従来の定量法はヒトgDNAを標準物質として定量しているため,細胞数をカウントすることができませんでした.そこで我々は,qPCR測定の検量線に細胞を用いることで,単位体積(あるいは重量)あたりの細胞数を算出可能な方法を開発しました.特異性,線形性,日内および日間の真度および精度は良好であり,医薬品開発への実装を行っています.

LINE1-qPCR法 (Drug Metab Pharmacokinet. 36 : 100359 (2021))

 前述のようにAlu配列は霊長類で保存されているため,霊長類を用いた生体内分布試験に,Alu-qPCRを用いることはできません.そこで我々は,様々な動物種に適用可能な高感度qPCR法の構築を目指しました.Alu配列と同様に多コピーのヒト特異的遺伝子配列を検索した結果,LINE1遺伝子中でヒト特異的配列領域を見出すことに成功しました.マウス,モルモット,ウサギ,ミニブタ,マーモセット,カニクイザルに対する選択性が確認され,Alu-qPCRで認められたブランク試料中のノイズも認められませんでした.さらに,検量線の直線性および感度は,Alu-qPCRと同等であることが確認されました.非臨床における動物種間の生体内分布の違いを同一測定法で評価できる点で,LINE1-qPCRは有望な定量法であると考えております.

CAR-qPCR法 (Sci Rep. 10 (1) : 17884 (2020), JSSX2019ベストポスター賞)

 キメラ抗原受容体T細胞(chimeric antigen receptor T cell, CAR-T細胞)療法では,CAR-qPCR測定によって得られた細胞動態パラメータと薬効が相関することが報告されており,CAR-qPCR測定の重要性は極めて高いとされています.しかしながら,copies/μg gDNAで遺伝子数を表す従来法では,CAR-T細胞療法中の血液中gDNA量の劇的な変化によって,定量的にCAR遺伝子数の評価ができないことを我々は見出しました.そこで,単位血液量当たりのCARコピー数(copies/μL blood)で結果を表すことのできる新規CAR-qPCR法を新たに開発し,細胞動態を定量的に評価可能にしました.現在,本方法での臨床測定を実施中です.本研究成果によって,真のCAR-T細胞動態が明らかとなり,早期に患者様の薬効を予測できる動態パラメータを見出せるものと信じております.

定量的FCM法 (Drug Metab Pharmacokinet. 35 (2): 207-213 (2020))

 これまでに記載しましたように,qPCRは,生体試料中細胞製品を高感度に定量できる点で有用ですが,測定対象が遺伝子であるため,細胞そのものの動態を評価できているかについては議論の余地が残ります.そこで,非臨床試験におけるFCMを用いた血液中ヒト細胞測定の有用性を検討するために,FCMを用いた測定法の定量性について検証しました.モデル細胞としてヒト末梢血由来CD8+T細胞(ヒトCD8+T細胞)を用い,免疫不全マウス血液中のヒトCD8+T細胞のFCM測定における,選択性,直線性,真度,精度および感度について評価しました.ヒトCD8+T細胞特異的な表面マーカーであるCD3/8/45に対する抗体を用いることで,マウス血液中でヒトCD3/8/45ポジティブの細胞集団をネガティブ集団から明確に区分することに成功しました.検量線の直線性は良好であり,回収率は概ね100%でした.日内および日間の真度および精度も良好で,定量下限は30 cells/50 μLとAlu-qPCRやLINE1-qPCRと同等レベルでした.本法により,細胞の生死やフェノタイプといったPCR法では得ることのできない定量情報を得ることができ,より洗練された細胞動態解析が可能となります.

 以上,これまでに構築した細胞定量プラットフォームをご紹介させて頂きました.細胞治療プログラムにおいて,動態研究者が遭遇する第一の壁は細胞定量法です.我々の構築した定量プラットフォームが,その壁を取り除く一助となり,細胞治療製品の薬物動態研究の発展に貢献することを信じております.

 最後になりましたが,共に研究を遂行しました松本真一氏,中山美有氏,テイネイ氏,清水久夫氏,後藤昭彦氏,宇賀神美雪氏,守屋 優氏,江頭国光氏,森 美里氏,渡辺 博氏,ならびに指導を賜りました平林英樹氏,また武田薬品工業株式会社薬物動態研究所各位に,この場をお借りしまして深く感謝を申し上げます.