Newsletter Volume 33, Number 6, 2018

受賞者からのコメント

写真:山口浩明

奨励賞を受賞して

東北大学病院薬剤部
山口浩明

 この度,「臨床化学を基盤とした薬物動態研究」という題目で,平成30年度日本薬物動態学会奨励賞の栄誉を賜り,大変光栄に存じます.日本薬物動態学会会長である山崎浩史先生,副会長,理事,代議員,選考委員の先生方,ならびに本賞にご推薦いただきました東北大学大学院医工学研究科阿部高明先生に厚く御礼申し上げます.また受賞に関わる研究内容をご指導いただいた東北大学病院後藤順一先生および眞野成康先生,ともに研究を進めてきた大学院生,学部学生,共同研究者の皆様に心より御礼申し上げます.

 私は京都大学大学院薬学研究科在学中に薬物動態学の基礎ならびに研究手法を学び(乾 賢一先生),オランダ癌研究所Piet Borst博士のもとで海外留学を経験した後,前東北大学病院教授・薬剤部長の後藤順一先生(2006年度本会学会賞受賞)および現教授・薬剤部長の眞野成康先生のご指導のもと,現在の研究基盤となっている臨床化学を深く学びました.その後,2009年には金沢大学附属病院薬剤部(宮本謙一先生),2010年より北海道大学大学院薬学研究院(井関 健先生)にて研究実績を重ね,2014年に再び東北大学に赴任しました.この間継続して,患者検体や実験動物を用いた薬物体内動態解析,またin vitroにおけるトランスポーター分子の機能解析に,種々の臨床化学技術を独自に取り入れた研究を展開してきました.受賞対象となりました研究内容につきまして下記に紹介させていただきます.

1.蛍光プローブを用いたトランスポーター機能解析法の構築とその応用

 生体内で起こっている様々な生体反応を「みる」ために,バイオイメージング研究が盛んに行われていますが,その多くは,特定の遺伝子あるいは蛋白質の動きをダイナミックに観察し,生命現象を解き明かすことを目的としています.一方,内因性生理活性低分子や薬物の膜透過機構に関するバイオイメージング研究は研究開始当時ほとんど発展しておりませんでした.私は低分子化合物の膜輸送のイメージングにより,経時的なトランスポーター機能の観察やハイスループットスクリーニングへの応用が期待できると考え,本研究に着手しました.まず,肝臓に発現する有機アニオントランスポーターである OATP1B1 および OATP1B3 の輸送基質となる蛍光標識胆汁酸を合成し,生細胞における蛍光基質取り込み画像の撮影に成功しました(Yamaguchi et al, J Lipid Res, 47:1196-1202, 2006).また,セルファンクションイメージャーを用いることにより,生細胞のまま,可視的にトランスポーターを介した相互作用を検出可能なスクリーニングシステムの構築に成功しています(Yamaguchi et al, Cancer Lett, 260:163-169, 2008).本スクリーニングシステムは,トランスポーター基質候補化合物の探索に強力なツールです.現在は,複数のトランスポーターが発現している状態においても機能評価可能なマルチカラーイメージングシステムの構築に向けた新規プローブの開発と性能評価を行っています.

2.LC/ESI-MS/MSを駆使した高精密薬物動態解析法の基盤構築

 今日の薬物動態研究の発展は,高速液体クロマトグラフ/エレクトロスプレーイオン化タンデム質量分析計(LC/ESI-MS/MS)などの分析装置の普及や分析技術の進展によるところが大きいといえます.しかしながら,LC/ESI-MS/MSはその構造上,試料の前処理や機器内部のパラメータ設定が測定結果に大きく影響します.

 代謝物を含む複数の化合物を同時測定する際,測定対象物間の濃度範囲の違いにより,一斉測定が困難になるケースを多く経験します.この問題を解決するために,インソース衝突誘起解離により質量分離部に導入するイオン量を調節し,検出器の有するダイナミックレンジを最大限に活用して,低分子化合物の定量範囲を調節する方法を考案しました(Ishii et al, Biomed Chromatogr, 30:1882-1886, 2016).抗がん薬をはじめとした臨床検体の測定に応用可能であることを実証しました(Ishii et al, Biomed Chromatogr, 30:1882-1886, 2016; Takasaki et al, Biomed Chromatogr, 32:e4184, 2018).

 一方で,ESIは夾雑成分の影響を受けやすく,高精度に分子を捉えるにはより選択性の高い前処理の組み合わせが求められます.免疫抑制薬シロリムスの測定においては,ESIにおけるイオン化が血液中に存在するリゾホスファチジルコリンによって強く抑制されることを明らかとしました.リゾホスファチジルコリンの除去により正確な定量法の確立に成功しています(Mano et al, J Chromatogr B Analyt Technol Biomed Life Sci, 879:968-974, 2011; Mano et al., J Chromatogr B Analyt Technol Biomed Life Sci, 879:987-992, 2011).また,可逆的な化学反応を活用した有機ゲルマニウム化合物Ge-132の抽出方法を開発し,LC/ESI-MS/MSの特徴を最大限に活用する方法論を構築しました(Yamaguchi et al, Anal Chem, 87:2042-2047, 2015).この方法を用いることによりインタクトな化合物の追跡が可能となりました.さらに,臓器移植後のミコフェノール酸モフェチル服用患者の治療薬物モニタリングにマイクロサンプリング法としての乾燥血液スポット(DBS)を用いた方法論を開発しました(Iboshi et al, Ther Drug Monit. 39:648-653, 2017).AUCが指標とされているミコフェノール酸のモニタリングに,低侵襲な採血が可能であり,かつ外来患者にも適応できることから臨床上極めて有用性が高い方法となっています.

 また,こうした分析技術を基盤に,内因性化合物の定量分析にLC/ESI-MS/MSを適用し,その動態解析を実施しました.プロスタグランジンは,その作用を発揮するために細胞外に放出される必要がありますが,ABCC4を含む複数のトランスポーターがプロスタグランジンの細胞外放出に関与することを明らかにしました(Furugen et al, Prostaglandins Other Lipid Mediat, 106:37-44, 2013; Tanaka et al, PLoS One, 9:e109270, 2014).また,OATP1B1およびOATP1B3を介した生体内の主要胆汁酸の輸送特性を解析し,抱合型胆汁酸のほうが非抱合型に比べて良好な基質となることがわかりました(Suga et al, PLoS One, 12:e0169719, 2017).さらに,腎臓に特異的に発現するOATP4C1を介する薬物相互作用解析を行い,リトナビルやサキナビルといったHIVプロテアーゼ阻害薬やキニジンが臨床における血中濃度においてOATP4C1を介した相互作用をひきおこす可能性があることを明らかにしました(Sato et al, J Pharmacol Exp Ther, 362:271-277, 2017).引き続き,LC/ESI-MS/MSを駆使して薬物動態研究,主にトランスポーター機能評価を進めてまいりたいと考えております.

 以上,信頼性に優れる分析法を用いることは薬物動態評価に極めて重要であると考えています.最後になりましたが,大学院生時代に薬物動態研究の面白さを教えてくださいました乾 賢一先生,臨床化学の魅力・重要性について熱くご指導いただきました後藤順一先生および眞野成康先生に心より感謝申し上げます.また,多くの時間と成果を共有させていただいた諸先生方,大学院生・学部学生にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます.