Newsletter Volume 33, Number 6, 2018

DMPK 33(6)に掲載された各論文の「著者から読者へのメッセージ」

[Short Communication]

ヒト胎盤絨毛癌由来JEG-3細胞において,バルプロ酸はプロトン依存性トランスポーターMCT1およびMCT4とは独立して輸送される.

Ishiguro, Y., et al.

 抗てんかん薬であるバルプロ酸(VPA)を妊娠初期に服用すると,催奇形性リスクの上昇が示唆されている.VPAの経胎盤移行率は高く,この移行に輸送担体が寄与している可能性がある一方で,VPAを輸送する担体は未だ明らかになっていない.本研究ではJEG-3細胞を血液-胎盤関門モデルとして使用し,モノカルボン酸構造を有するVPAの輸送に対するMonocarboxylate transporter(MCT)1および4の寄与を検証した.

 JEG-3細胞におけるVPAの取り込みは,pH依存的かつ濃度依存的であり,pH5.5におけるVPAの取り込みのKmは0.95 ± 0.17mM,Vmaxは19.3 ± 1.21nmol/mg protein/15sと算出された.プロトン依存的な輸送機構を有するMCT1-4のうち,MCT1および4の発現をJEG-3細胞において確認した.さらに典型的なMCTの阻害剤によってVPAの取り込みは阻害されたが,siRNAによるMCT1および4のノックダウン条件下においてVPAの取り込みに変化は生じなかった.本研究により,JEG-3細胞においてVPAはプロトン依存的に輸送されるが,MCT1および4は寄与していないことが明らかとなった.今後,VPAの輸送に関わる担体についてさらなる検討を行っていきたい.

[Regular Article]

Mixtureモデルを用いた母集団薬効動態解析によるメトホルミン投与後の二次無効の判別

Tamaki, Y., et al.

 メトホルミンは米国や欧州で糖尿病治療の第1選択薬とされており,世界的に広く用いられている.しかし,一部の患者でメトホルミンの長期服用により血糖コントロールが次第に悪化する”二次無効”が問題となっており,その要因はいまだ明らかにされていない.本研究では,mixtureモデルを用いてメトホルミン投与後のglycated hemoglobin(HbA1c)の経時推移を表現する母集団薬効動態(PPD)モデルを構築した.Mixtureモデルは,薬物/薬効動態に対する影響因子の情報がない場合,母集団を複数の部分集団に分類できる手法である.本研究ではmixtureモデルを用いて,患者集団を二次無効が生じる患者と生じない患者に分類し,それぞれのHbA1c推移を表現できた.本モデルを用いることで患者の二次無効の有無を判別することも可能であり,本研究が患者個々の治療方針の決定に貢献することを期待する.

[Regular Article]

STH-PASを利用した迅速かつ簡便なファーマコゲノミクス検査薬の開発

Kumondai, M., et al.

 医薬品の効果や副作用発現の個人差には,薬物代謝酵素やトランスポーターの遺伝子多型が影響することが明らかになっている.したがって,臨床現場で,簡便,迅速かつ低コストにそれらの遺伝子多型を検出する方法が求められている.本研究では,核酸クロマトグラフィーストリップ(single-stranded tag hybridization chromatographic printed-array strip:STH-PAS)を利用して,90分以内に複数遺伝子の遺伝子多型を同時検出する方法を開発した.その結果,ワルファリンの維持投与量決定に有益であるCYP2C9,VKORC1,CYP4F2遺伝子多型やチオプリン系薬剤による副作用発現の予測に有益なNUDT15,ABCC4遺伝子多型,薬剤性難聴の原因となるミトコンドリアDNA多型,マラリア治療薬の副作用発現に関わるG6PD遺伝子多型について,それらのマルチプレックス検出系の構築に成功した.同法は,様々な遺伝子多型検出に応用可能であり,次世代のファーマコゲノミクス検査薬として期待できる.

[Regular Article]

50種類のCYP2D6遺伝子多型バリアント酵素におけるプリマキン5-水酸化活性の変化

Saito, T., et al.

 CYP2D6は抗マラリア薬プリマキンの代謝活性化反応を触媒する.プリマキンは三日熱および卵形マラリアの肝休眠体を殺滅する唯一の薬剤である.これまでに,遺伝的にCYP2D6活性が低下しているマラリア患者において,その再発率が高いことが報告されている.したがって,患者個々のCYP2D6遺伝子型を特定することで,最適なプリマキン投与量の設定が可能になるかもしれない.しかし,これまでに多数報告されているCYP2D6バリアントについて,プリマキン代謝活性がどの程度変化するはほとんど明らかにされていない.今回,50種類の組換えCYP2D6バリアント酵素をin vitro発現させ,それらのプリマキン5-水酸化活性における酵素反応速度論的パラメータを明らかにした.また,3次元モデルにより酵素活性変化のメカニズムを予測した.遺伝子多型情報を活用して,従来よりも効果的かつ安全なマラリア治療が期待できる.

[Regular Article]

ファーマコゲノミクス検査に対する医療保険の適用状況における日米間のギャップ:日本で保険適用を促進する必要性

Hikino, K., et al.

 薬理ゲノム学(PGx)バイオマーカーの中で,Clinical Pharmacogenetics Implementation Consortium(CPIC)によるガイドラインを有したり,CPICによるエビデンスレベルがAまたはBであったり,あるいは米国食品医薬品局(FDA)が承認した医薬品添付文書に薬理ゲノム学情報が記載されているものは,臨床応用が可能であると考えられる.しかし,これらを用いた遺伝子検査を臨床現場に普及させるためには,検査費用が医療保険の適用となる必要がある.本研究では,上述の条件に該当するバイオマーカー検査に対する医療保険の適用の米国における現状を明らかにし,日本との比較を行った.米国で市場占有率が上位の医療保険会社6社では,PGxバイオマーカー全体の19.9%が対象とされていた.また体細胞遺伝子検査の86.8%,生殖細胞系列遺伝子検査の8.5%がカバーされており,日本で保険適用の対象となるものはそれぞれ56.3%,0.6%であり,いずれにおいても米国より日本のカバー率は低かった.日本においてPGxバイオマーカーの社会実装を進めるためには,保険適用となるバイオマーカーを増やすこと,そして,そのためには今後さらなるエビデンスの蓄積が必要と考える.