Newsletter Volume 40, Number 6, 2025

受賞者からのコメント

顔写真:平林英樹

創薬貢献・北川賞を受賞して

株式会社ティー・エヌ・テクノス CTO/CRO事業本部
平林英樹

 この度,「新規医薬品の創製における薬物動態学の先進的応用に関する研究」という題目で,日本薬物動態学会 創薬貢献・北川賞という名誉ある賞をいただくことができました.このような大きな賞を賜ることができたのは,これまで私を支えてくださった皆さまのおかげであり,ただただ感謝の気持ちでいっぱいです.本賞の推薦にご尽力くださった元アステラス製薬の田端健司先生をはじめ,講演座長を引き受けてくださった日本薬物動態学会会長・加藤将夫先生,理事会や選考委員会の先生方,そして諸先生方に心より御礼申し上げます.また,これまで一緒に研究に取り組んできた,藤沢薬品工業株式会社,アステラス製薬株式会社および武田薬品工業株式会社の仲間たちへも深い感謝の意をお伝えしたいと思います.もともと私は研究を続ける中で華やかな受賞を目指したわけではありませんでしたが,こうして30年以上にわたる努力が形として評価されたことを非常に誇りに思っています.今は少しばかり自分自身を労い,祝辞を捧げている所であります.

 私は京都大学薬学部を卒業後,藤沢薬品工業株式会社(現アステラス製薬)に入社し,その後数年にわたり,難溶性薬物の可溶化を中心とした製剤化研究を進めながら,非ステロイド性酸性抗炎症剤の全身骨へのドラッグデリバリーシステム(Osteotropic Drug Delivery System:ODDS)の研究に勤しむ毎日を過ごしていました.当時,同期の田端健司先生が同じ研究所に配属されており,彼との出会いが私の薬物動態学への深い探求の入り口となったと思います.田端先生が,コンパートメントモデルを使ってモデル動物の体内動態を解析している姿を目の当たりにし,まさに目が開ける思いでした.それまで何気なく見ていたデータが,突然「こうつながるのか!」と鮮明になった瞬間を今でも忘れることができません.そこから薬物動態学の世界への探求心が一気に湧き上がり,データの中に隠された情報を見いだす楽しさを知ることができました.

 特に,薬物の代謝物の挙動に注目することで,消化管からの絶対吸収率を算出できるという解析方法を見出した瞬間は,それはほんの小さな発見だったのかも知れませんが,私の研究者としてのキャリアにおいて重要なターニングポイントだったと思っています.この発見は,その後の製剤の最適化研究にも大いに役立ち,研究所での議論がさらに活性化したことをよく覚えています.当時は現在ほど恵まれた研究環境ではなく,多くの場面で試行錯誤しながら実験を進めていました.しかし振り返ってみると,あのがむしゃらな時期が確実に私の基盤となり,現在の研究者としての姿を形作っていると感じます.この時期に培った薬物動態学の経験は,後に学会活動にも結びついていきました.2015年からは,日本薬物動態学会年会で教育講義を担当させていただき,さらにニュースレターで連載を持つという貴重な機会にも恵まれました.企業研究者としての活動が学会で広く認知されるようになり,これが私のその後の学会活動に大きな影響を与えました.多くの方々と出会い,議論を交わしながら学術的な視野が広がっていったことを今でも感謝しております.

 さて年齢が40代に差し掛かった頃の私は,それまでの研究を振り返りながら「企業研究者の醍醐味とは何だろう?」という問いを真剣に考え始めました.患者さんに良質な医薬品を届けるという変わらぬ使命を胸にしながらも,研究者としての自分自身の在り方や自己実現をどう形にするか——この問いと向き合い続けた日々でした.その結果として辿り着いた答えが,「本当に創薬に貢献できる研究に取り組む」こと.そしてそれを実現するためには,常に科学の進歩に目を向け,それをどのように創薬研究に応用できるかを追求する姿勢が必要だということでした.こうした中で取り組んだ研究のひとつが,武田薬品薬物動態研究所でのヒト肝キメラマウスを使った薬物動態予測法の社内実装でした.当時は,既に当該モデルを用いたヒト体内動態予測法の可能性に関する論文が他社研究グループから報告されていました.この試みにおいては,試験条件の改良やスループットの向上に注力し,研究チームで取り組んだ結果,既存の方法より約10倍のスループット向上を実現し,さらにコストを約30分の1に削減することができました.この成果を第31回日本薬物動態学会年会で発表した際には,企業らしいアプローチとして多くの注目を集め,大変励みになりました.このプロジェクトを通して,研究者同士が力を合わせることで大きな価値を生み出せるという実感を得ました.

 そして2010年代後半になると,創薬界では新モダリティの時代が到来し,これに関連した新たな挑戦として「微小空間薬物動態研究(microenvironmental pharmacokinetics)」を提唱しました.新モダリティの登場により,従来の血漿中薬物濃度データでは薬効や副作用の現象を説明しきれないという課題が生まれました.当時,取り組んでいた再生医療領域の創薬研究では,一細胞の微小空間の薬物動態を可視化することにこそ,薬物動態研究の貢献があると確信したのを覚えています.当時は,他社からの研究報告もなく,まさに情報無き領域を手探りで進んでいく状況でしたが,当時主任研究員としてチームリードしてくれていました,山本俊輔氏が精力的に進めてくれたことで,本研究領域ではトップランナー集団のチームとなりました.実は,同氏とは2010年ごろから,微小空間薬物動態研究に取り組んでいました.ただ当時は,時期尚早であり,科学技術も我々のニーズに合致するレベルにはありませんでした.しかし,数年の時を経て,時代は激変していました.技術の発展は目覚ましく,まさに研究に乗り出すには絶好の環境となっていました.その研究を進める中で,技術の進歩がチームメンバーに感動をあたえ,その刺激でチーム全体の士気が高まるのを感じました.メンバーを鼓舞する意味を込めて“Get it visible, Get visible”という標語を掲げました.これには,まだ見えぬ分子をイメージング技術で可視化して,自分たちも研究領域で認知される研究者になろう,と思いを込めています.思い返せば,自身の30年の企業創薬研究におけるイノベーションとの遭遇で感じるのは,そこには目標を一つにする研究者たちが集い,その情熱の塊が大きな駆動力になっていくという過程があるということです.私は幸いなことに,本当に良き仲間に,良きタイミングで出会うことができたと思います.本賞を受賞させて頂くにあたって,彼らへの感謝の念が堪えません.

 さらに,2014年からのDMPK誌の編集委員としての活動も,私にとって非常に大きな学びの場となりました.最新論文の編集に携わる中で感じたことを,自身の論説(Editorial)でも述べました(What is the definitive role of DMPK research for successful drug discovery and development? Until now and in the future:Drug Metab Pharmacokinet. 2014;29(5):357-9).そこに綴った私の思いとは,真の薬物動態研究者の使命は,常に最新の科学技術をウォッチし,真摯に向き合い,それをどのように創薬研究に応用し,そして良質な医薬品を患者さんの元に届けるか,ということです.これからの時代は,益々研究領域間の境界は薄れ,あらゆるイノベーションが融合し,活用される時代が来るでしょう.その時に,自分が何を考え社会に貢献していくのかを研究者は問われるのです.“活かす,行かす,息かす研究こそ創薬なり”これは私の研究者としてのモットーですが,これからも科学の発展とともに,自身を研鑽していきたいと思うばかりです.

 この度の創薬貢献・北川賞の受賞を励みとして,これからも薬物動態学の研究を通じて社会に貢献できるよう邁進してまいります.そして,また新たな仲間たちとの出会いとともに,創薬の新しい可能性を切り拓いていけたらと心から願っております.改めて,皆さまに深く御礼申し上げるとともに,変わらぬご指導,ご支援のほどよろしくお願い申し上げます.