Newsletter Volume 40, Number 6, 2025

今さら聞けない改変抗体の体内動態研究

第2回:FcRn結合増強改変抗体

中外製薬株式会社 研究本部 バイオ医薬研究部 DMPKG
山田駿介
原谷健太

顔写真:山田駿介顔写真:原谷健太

 こんにちは!前回は「抗体の薬物動態の基礎」についてお届けしました.第2回は,「FcRn結合増強改変抗体」について紹介します.本稿では,FcRn結合増強改変による半減期延長の研究の歴史,カニクイザルとヒトにおける半減期延長効果の事例,動物モデルからヒトにおける抗体の薬物動態を予測する方法を述べたいと思います.

 抗体は約150kDaの高分子であるために糸球体濾過を受けにくい事,またFcRn(neonatal Fc receptor)介在性のリサイクリング機構を有しているために長い半減期を示す事が知られています.抗体は,血管内皮細胞などに取り込まれた後,酸性環境下であるエンドソーム中でFcRnと結合します.この結合により,ライソソームへの輸送を回避し,タンパク質分解酵素による分解から保護されます.その後,エキソサイトーシスにより細胞表面へリサイクルされると,血中は中性条件であるためFcRnから抗体が解離し,再び血液の循環に乗ります.このサイクルが繰り返されることで,抗体は他のタンパク質と比較して長い半減期(2-3週間)を持ちます.

 この特性を活かし,抗体にアミノ酸改変を加えFcRnへの結合を増強させることでリサイクリング効率を高め,半減期をさらに延長する技術開発が進められてきました(図1).中でもYTE(M252Y/S254T/T256E)改変とLS(M428L/N434S)改変は,ヒトFcRnトランスジェニックマウスやサルを用いた前臨床試験で半減期延長効果が確認され,臨床試験を経て,現在では複数の承認薬に応用されています(表1).

半減期延長効果の仕組みをフロー図のような形式で表した図
図1 FcRn結合増強改変による半減期延長効果
表1 承認されたFcRn結合増強改変抗体
Drug Mutation Target Half-life
(days)
Reference
Nirsevimab YTE RSV fusion protein 68.7 [1] [2]
Tixagevimab YTE SARS-CoV-2 spike protein 95.3 [3]
Cilgavimab YTE SARS-CoV-2 spike protein 87.2
Ravulizumab LS Complement C5 56.6 [4]
Sotrovimab LS SARS-CoV-2 spike protein 58.3 [5]

 YTE改変は2006年にDall’Acquaらによって報告され,この改変を加えていない抗体と比較してヒト及びカニクイザルのFcRnにpH6.0で約10倍強く結合します.一方で,pH 7.4ではYTE改変体は,ヒト及びカニクイザルFcRnに対して,改変を加えていない抗体と同様にほとんど結合を示しません.つまり,YTE改変体はエンドソーム内の酸性条件下で強くFcRnに結合し,中性条件下の血中ではFcRnから解離します.このためYTE改変体は,リサイクリング能が増強され,カニクイザルにおいて血中半減期が4倍延長されることが確認されています[6].ヒトでもYTE改変による半減期延長効果は報告されており,抗Respiratory syncytial virus 抗体であるmotavizumabにYTE改変を加えた抗体であるmotavizumab-YTEは,motavizumabに比べて血中半減期が約4倍延長することが示されています[7].

 LS改変は2010年にJonathan Zalevskyらによって報告され,LS改変によりpH6.0においてヒトのFcRnに11倍強く結合するようになります.その結果,ヒトFcRnトランスジェニックマウスやカニクイザルにおいて血中半減期が延長し,カニクイザルでは約3倍延長されることが確認されています[8].ヒトでもその効果は実証されており,抗HIV抗体であるVRC01にLS改変を加えることで半減期が約4倍向上することが報告されています[9] .

 こうした半減期延長改変が報告される中,FcRn結合を増強する改変が意図せず別の問題を引き起こす可能性が認識されるようになりました.特に注目すべきは,FcRn増強改変によりリウマトイド因子(rheumatoid factor: RF)との結合が増強してしまう点です.RFはIgGのFc領域に結合する自己抗体であり,関節リウマチ患者や他の自己免疫疾患を持つ患者で検出されることが多く,免疫複合体を形成し病原体を除去するといった機能を持っていると報告されています[10] [11].このFcRn増強改変とRF結合増強の関連性について,具体的な研究例があります.N434H変異を導入したヒト化抗CD4 IgG1抗体では,FcRn結合増強により半減期延長を図る目的で変異が導入されましたが,N434H変異を有さない親抗体と比較してRF結合が有意に増加することが報告されています.また,既報のYTE改変やLS改変においても同様のRF結合増強が懸念されています[12].このようなRF結合の増強は薬物動態や免疫原性に影響を与える恐れがあり,特に自己免疫疾患の治療に使用される抗体では懸念事項となる可能性があります.

 こうした課題を踏まえて,私たちは独自のFcRn結合増強改変の開発を行い,RF結合を増強しないFcRn結合増強改変体を見出しました.最終的に5つの改変体を見出しACT1(N434A/Y436T/Q438R/S440E),ACT2(N434A/Y436V/Q438R/S440E),ACT3(M428L/N434A/Y436T/Q438R/S440E),ACT4(M428L/N434A/Y436V/Q438R/S440E),ACT5(M428L/N434A/Q438R/S440E)と名付けました. これらの改変体は,pH6.0においてヒトFcRnに約4-12倍強く結合するようになり,カニクイザルにおいて血中半減期が約2-4倍延長することが確認されています[12].また,抗原Xに対する抗体にACT3改変,ACT5改変,LS改変を導入し,これら改変体の血中薬物濃度を評価したところ,ACT改変による血中半減期延長効果がみられ,LS改変と同等の効果を持つことが明らかとなりました(図2).最近では,ACT3改変,ACT5改変を導入した開発抗体が臨床試験に入っており,臨床でも半減期延長効果が確認されています.例えば,血友病治療薬であるEmicizumabを改変して設計された活性化因子VIII(FVIII)の補因子機能を模倣するバイスペシフィック抗体NXT007は,ACT5改変が搭載されている抗体で,血中半減期が約70日であることが臨床試験で確認されています[13].

縦軸が「Plazma mAb conc. (μg/mL)」、横軸が「Time (day)」の折れ線グラフ
図2 ACT3,ACT5改変抗体のカニクイザルにおける血中薬物動態

 最後に,動物モデルからヒトにおける抗体の血中薬物動態を予測する方法についてご紹介します.抗体の半減期は,抗体とFcRnの相互作用が重要であることはこれまで述べてきましたが,この結合特性には種差が存在します.非臨床研究では一般的にマウスやラットなどの齧歯類が使用されますが,ヒトIgGはマウスのFcRnに対して,ヒトのFcRnよりも強い結合親和性を示すことが明らかになっています.この種差は薬物動態予測において考慮すべき点となります.一方,カニクイザルのFcRnに対するヒトIgGの結合特性は,ヒトFcRnへの結合性と非常に類似しています.この種間相同性の特徴から,抗体医薬品の体内動態予測においてカニクイザルを用いた前臨床試験が広く採用されています.どのようにヒトの体内動態を予測するのかについても簡単に触れたいと思います.ヒトでの体内動態を予測する方法は,動物間の体重の違いに基づき薬物動態パラメーターを外挿するアロメトリックスケーリングという手法が最も汎用されています.たとえば,ヒトにおけるクリアランスは,カニクイザルを用いた動物試験より算出されたクリアランスとそれぞれの種の体重から,以下の式1で求めることができます.

human CL = monkey CL × (BW human/ BW monkey)α ・・・式1

 この式のスケーリング指数αについては,複数の薬物動態データを分析して最適値を決定します.私たちの研究グループでは,カニクイザルとヒトの両方で2-コンパートメントモデルを用いて解析された24種類の抗体の薬物動態データを解析し,ヒトの体内動態を最も正確に予測できるクリアランスのスケーリング指数は0.8であることを報告しています[14].この研究により,カニクイザルで取得したPKデータを2-コンパートメントモデルで解析して,カニクイザルのPKパラメーターを算出することで,ヒトにおける薬物動態パラメーターを精度高く予測することが可能となります.最近では,FcRn結合増強改変抗体も数多く臨床試験に進んできており,私たちの研究グループではカニクイザルのPKデータからFcRn結合増強改変抗体のヒトにおける体内動態を予測するための手法も報告しています.この研究では,従来のクリアランスのスケーリング指数0.8では,FcRn結合増強改変抗体のヒトの体内動態の予測精度が乏しいことがわかり,FcRn結合増強改変抗体に対する最適なクリアランスのスケーリング指数は0.55であることを明らかにしました.[15].

 一方で,高コストや実験スループット,動物倫理の観点からカニクイザルの使用が以前と比べて難しくなってきています.そこで,最近ではヒトFcRnを発現させたTg32マウスと呼ばれる遺伝子改変マウスを用いて,ヒトの体内動態を予測することが増えています.Tg32マウスは,マウスのFcRnα鎖を欠損させ,ヒトのFcRnα鎖を発現させたマウスで,The Jackson Laboratory社によって創出されました.課題であったFcRn結合におけるマウスとヒトの種差問題が解消され,小動物でスループットが良いことから様々な研究機関で広く使用されています.ヒトにおける抗体の血中動態の予測精度についても,カニクイザルを用いた手法と同程度の高精度で予測することができます[16].

 ただし,Tg32マウスの薬物動態試験では,マウス内因性IgGはヒトFcRnとの結合親和性が非常に弱いため,FcRnを介したIgGのリサイクリングにおいて,ヒトで見られるような内因性IgGとの競合が少なくなっています.その結果,通常抗体とFcRn結合増強改変抗体間のクリアランス差が小さくなり,Tg32マウスでの薬物動態がヒトでの実際の薬物動態と乖離してしまうという課題があります.この問題に対して,我々のグループは,ヒトの血中環境を模倣するためIVIG(静注用免疫グロブリン)を抗体と共投与し,内因性IgGとの競合を再現させました.これにより,通常抗体とFcRn結合増強改変抗体間のクリアランス比がヒトでの観察値に近づき,より正確な薬物動態予測が可能となりました[17].さらにこの研究の中で,Tg32マウスを用いてFcRn結合増強改変抗体のヒトでの体内動態を精度良く予測をするためには,クリアランスの最適なスケーリング指数は0.73であることを明らかにしました.

 以上のように,カニクイザルやTg32マウスを用いた薬物動態予測手法の確立により,前臨床段階からヒトにおける体内動態を高精度で予測できるようになりました.今後は,さらなる半減期延長技術の開発や薬物動態を予測するための数理モデルの精緻化が進むことで,抗体医薬品の可能性がさらに広がることが期待されます.FcRn結合増強改変技術によってもたらされる大幅な半減期延長は,投与間隔の延長を実現し,患者さんのQOL向上に大きく貢献しています.