Newsletter Volume 40, Number 6, 2025

受賞者からのコメント

顔写真:永易美穂

創薬貢献・奨励賞を受賞して

中外製薬株式会社 トランスレーショナルリサーチ本部
永易美穂

はじめに

 このたび日本薬物動態学会より創薬貢献・奨励賞という栄誉ある賞を賜り,心より感謝申し上げます.日本薬物動態学会長 加藤将夫先生,選考委員の先生方,ならびに本賞にご推薦くださいました中外製薬株式会社 研究本部 齋藤良一博士に深く御礼申し上げます.

 私はこれまで抗体医薬を中心とした非臨床薬物動態研究に従事してまいりました.誠に僭越ながら,以下に私の研究「新規抗体評価プラットフォームの開発および次世代抗体医薬品創製への貢献」についてご紹介させていただきます.

研究背景

 抗体医薬はがんや自己免疫疾患にとどまらず,様々な治療域において重要な役割を果たしており,その市場規模は年々拡大しています.すでに500を超える抗体プロジェクトが臨床に入っており,開発競争は激化しています.その中で次世代抗体医薬の開発にはPK延長や薬効部位での薬物濃度評価など薬物動態的なアプローチが重要になっています.一方,薬物動態評価では研究効率と動物福祉の両立が求められており,新たな評価法の開発が急務となっています.

カセットドージングとマイクロサンプリングを組み合わせた抗体薬物動態評価法

 従来の抗体におけるPK評価では1検体につき1群の動物が必要であり,またマウスなどの小動物では採血量が限られるために,多くの動物を使用する必要がありました.そこで私は複数の抗体を同時に投与する“カセットドージング”と,少量の血液を連続的に採取する“マイクロサンプリング”を組み合わせた評価手法を確立しました.

 具体的には,3種類の抗体を1匹の動物に同時投与し,マウスについては頸静脈から10µL程度の微量血液を経時的に採取し,ligand binding assayで各抗体の血漿中濃度を測り分けて血漿中濃度推移を評価しました.カニクイザル,野生型マウス,ヒトFcRn(新生児性Fc受容体)トランスジェニックマウスなど複数の動物モデルで本手法の有効性を検証しました.

 カニクイザルではカセット投与群でADA(anti-drug antibody: 抗薬物抗体)の発現により単独投与群よりPKが悪化した抗体がありましたが,PKパラメータへの影響は限定的でした.野生型およびヒトFcRnトランスジェニックマウスではカセット投与群でもADAの発現は見られず,いずれの抗体も血漿中濃度推移は単独群とほぼ同等でした.本手法により,従来法と比較して動物使用数を約90%削減しつつ,AUC,クリアランス,半減期などの主要なPKパラメータを従来法と同等に算出することに成功しました(Pharmaceutical Research, 38, 583-592 (2021)).

 本手法は動物福祉を考慮しながら,抗体医薬の初期スクリーニング段階における評価期間を大幅に短縮し,創薬研究の加速に貢献する新たなスタンダードとなる可能性を秘めています.

非放射性金属標識とICP-MSを用いた抗体分布評価法

 抗体の体内分布評価は標的組織中薬物濃度評価や副作用リスク評価に不可欠ですが,従来の放射性同位元素を用いた方法は使用施設の制約,研究者への安全性,創薬段階での適応などの課題がありました.私はこれを解決するため,食品分析や環境分析で用いられるICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析法)を抗体分布評価に応用する新規手法を開発しました.

 本手法では,最初に抗体に非放射性インジウムを標識し,正常マウスに投与しました.投与後,経時的に血漿を採取し酸分解処理を行い,ICP-MSでインジウム濃度を測定しました.ICP-MSで得た抗体血漿中濃度推移をligand binding assayでの測定値と比較したところ,同等な推移が得られました.

 次にインジウムで標識した抗体を担癌マウスに投与し各組織における分布パターンを評価(肝臓,脾臓,腎臓,腫瘍組織など)したところ,従来の111Indiumを用いた放射性標識法と同等な分布を示す結果が得られました.

 さらにサルに非放射性インジウムを標識した抗体を投与したところ,既報から想定される分布パターンを示し,サルにおける抗体の分布試験にも応用できる可能性を示しました.

 ICP-MSは複数の金属を同時に識別して定量することが可能です.そこで,インジウム,テルビウム,ホルミウム,およびイットリウムでそれぞれ標識した計4抗体を1匹のマウスに同時投与し各組織における分布パターンを評価したところ,いずれの金属標識でも同様な分布パターンを示しました(Pharmaceutical Research, 40, 1807-1819 (2023)).

 本手法は放射性物質を使用しないため一般的な研究施設でも実施可能であり,これまで放射性標識抗体での評価が難しかった大動物での抗体分布評価も可能としました.さらに複数抗体を同時に評価できることから動物福祉にも考慮した,より持続可能で安全な抗体分布評価技術として今後の創薬研究における標準的手法となると期待しております.

ATP依存性抗体の開発と腫瘍特異的ターゲティング

 私が開発にかかわった次世代抗体医薬品の一つにATP依存性抗体技術(Switch-Ig®)があります.Switch-Ig®は腫瘍微小環境に特徴的な高濃度ATPを利用して抗体の抗原結合能を制御する革新的な技術であり,正常組織ではATP濃度が低いため抗原に結合しづらく,腫瘍組織の高ATP環境下でのみ強く結合します.これにより標的抗原が正常組織にも発現している場合に抗体が正常組織にも結合し副作用が生じやすい,という抗体医薬品の課題を解決することが可能です.

 全身に標的抗原が発現している担癌トランスジェニックマウスを用いた評価では,Switch-Ig抗体は腫瘍組織への分布が従来型抗体と同等でありながら,肝臓では分布低減が確認されました.さらに,薬物動態学的な観点からSwitch-Ig抗体の血中半減期延長や癌組織への抗体集積特性を明らかにし,技術コンセプトの証明に関わりました(Cell Reports, 33, 108542 (2020)).

 本技術は抗体薬物複合体やT細胞エンゲージング二重特異性抗体などの次世代抗体治療薬の開発において,off target毒性の問題を解決する可能性があります.本技術を用いた抗体は現在,臨床試験を行っており,多くの患者さんの医療と健康に貢献することを期待しています.

学会活動

 私は日本薬物動態学会のショートコースプログラム編集委員やシンポジウム座長,薬物動態談話会の企画幹事・常任幹事などを務め,若手研究者の育成や新たな研究テーマの提案に尽力してまいりました.企業内研究だけでなく,学術コミュニティの発展にも貢献できたことを誇りに思います.

おわりに

 今後はこれまでに培った技術と経験を活かし,抗体医薬に限らず低分子や中分子医薬品など多様なモダリティに対応した薬物動態評価法の開発に取り組んでいきたいと考えています.また,患者さんにとってより安全で効果的な治療法を提供できるよう,臨床応用を見据えた研究にも力を入れてまいります.

 最後になりますが,今回の受賞は私一人の力では到底成し得なかった成果です.共同研究者である尾関和久博士,高野陽子氏,南部 健博士をはじめ,Switch-Ig®チームの皆様,静岡県立大学 尾上誠良教授,中外製薬株式会社の非臨床ADMEチームの皆様,そして常に支えてくれた家族に改めて深く感謝申し上げます.