Newsletter Volume 36, Number 1, 2021

受賞者からのコメント

顔写真:公文代將希

優秀口頭発表賞を受賞して

東北大学大学院 薬学研究科 生活習慣病治療薬学分野
公文代將希

 この度,第35回日本薬物動態学会において,「High-activity CYP expression system in mammalian cells for functional characterization of CYP allelic variants」という演題で,優秀口頭発表賞を賜り大変光栄に思います.ご審査頂きました先生方に厚く御礼申し上げます.

 ヒトにおける主要な薬物代謝酵素シトクロムP450 (Cytochrome P450, CYP) は主に肝臓に発現しており,医薬品の約90%の代謝反応を触媒するため,CYPは薬物動態を規定する重要な分子の1つと考えられます.CYPには複数の分子種があり,それぞれにおいて様々な遺伝子多型が存在します.特に,一塩基多型に由来するアミノ酸置換型バリアントは,タンパク質の立体的構造変化により著しく酵素機能が低下し,薬物動態に影響することで薬効や副作用発現の個人差の原因となることがあります.従って,患者個々の遺伝的特質に合わせた個別化薬物療法を展開するには,CYP遺伝子多型に由来するバリアント酵素の機能を詳細に解析し,それらの情報を臨床応用することが重要となります.医薬品の代謝反応をin vitroで評価する方法の1つとして,哺乳動物細胞に発現させたCYPタンパク質が利用されていますが,この発現系は,大腸菌,酵母あるいは昆虫細胞発現系と比較してCYP発現量は少ない一方,タンパク質のフォールディング,膜への挿入状態,翻訳後修飾や補酵素との相互作用がヒトオリジナルであるために正確な評価が可能です.しかし,実際のヒト肝臓と比較して少ないCYP発現量及びCYP活性しか得られないために,単位酵素あたりの代謝活性の詳細な解析が困難でした.

 本研究では,薬物代謝において特に重要な役割を果たしているCYP3A4,CYP1A2及びCYP2C9をモデル酵素として,ヒト胎児腎臓由来細胞株293FTへの発現ベクターの導入条件,CYPタンパク質合成に必須なヘムの材料となる補因子(鉄イオン及び5-アミノレブリン酸)の添加条件,CYP活性に必須な電子伝達系補酵素(P450オキシドレダクターゼ及びシトクロムb5)の共発現条件を検討し,生体内におけるCYPタンパク質発現量及び活性に近似するための発現系の最適化を行いました.その結果,従来の発現方法と比較して,CYP活性を約6~11倍上昇させることができ,ヒト肝臓におけるCYPタンパク質とほぼ同程度のCYP発現量及びCYP活性を示す発現系を見出しました(Kumondai et al., Sci. rep., 10:14193, 2020).これにより,これまで極めて困難であった哺乳動物細胞発現CYPタンパク質の分光光度学的ホロ酵素量の定量が可能になりました.さらに,最適化された条件でアミノ酸置換型CYP3A4バリアントを発現させてミダゾラム水酸化活性を評価したところ,固有クリアランス値が野生型と比較して数%程度にまで低下するバリアントを精度良く評価することが可能でした(Kumondai et al. Drug Metab. Dispos., in press).この発現系を利用した網羅的なCYPバリアント酵素活性変化解析により得られる情報は,患者個々の薬物動態,薬効あるいは副作用発現の遺伝的個人差を考慮した医薬品の選択や投与量設定を行う未来型医療への応用が期待できます.

 最後になりますが,本研究の遂行に際してご指導及びご助言賜りました当大学の平澤典保教授,平塚真弘准教授,三枝大輔講師,菱沼英史助教,Gutiérrez Evelyn助教ならびに共に研究を遂行しました伊藤暁生氏,中西悠悦氏にこの場をお借りしまして深く感謝申し上げます.