Newsletter Volume 35, Number 6, 2020

受賞者からのコメント

顔写真:山折 大

奨励賞を受賞して

信州大学医学部附属病院薬剤部
山折 大

 この度,「薬物および内因性物質の代謝的相互作用に着目したP450阻害剤の機構解析に関する研究」におきまして,令和2年度日本薬物動態学会奨励賞という栄誉ある賞を賜り,大変光栄に存じます.日本薬物動態学会会長・齋藤嘉朗先生,選考委員の先生方,並びに本賞にご推薦下さいました信州大学名誉教授・大森 栄先生に厚く御礼申し上げます.本稿では,受賞対象となりました研究成果について,下記に紹介させて頂きます.

CYP1A1およびCYP2C19に対するカンナビジオールの阻害機構の解析について1-3

 カンナビジオール(CBD)は大麻草に含まれる非幻覚性のカンナビノイドであります.CBDは抗痙攣作用や抗不安作用,制吐作用など多くの薬理作用を有することが知られています.また,海外では,CBDを含有する大麻草抽出物が多発性硬化症に伴う神経疼痛の緩和を目的に医薬品として使用されるなど,CBDの有用性に注目が集まっています.一方で,CBDはCYP3A4やCYP2D6など多くのP450分子種の酵素活性を阻害することが私達の研究成果を含め示されています.特に,CBDのCYP1A1に対する阻害作用は,これまで報告されているCBDの阻害作用の中で最も強いことを見出しています.また,CBDがCYP1A1を不可逆的に阻害することも明らかにしています.さらに,CBDはその主要代謝酵素であるCYP2C19に対しても強力な阻害作用を示します.しかしながら,CBDのどの構造がCYP1A1やCYP2C19の阻害作用に寄与するのかは不明でした.そこで,私達はCBDの誘導体および関連化合物を用いてin vitro阻害実験を行いました.いずれの酵素阻害についてもCBD全体の構造が必要不可欠でありましたが,特にCBDのペンチルレゾルシン骨格が重要な役割を果たすことが示されました.さらに詳細な解析により,CBDのペンチルレゾルシン骨格に存在する2つ(CYP1A1)あるいは1つ(CYP2C19)のフェノール性水酸基とペンチル側鎖が強い阻害作用に寄与していることを明らかにしました.また,CYP1A1については,阻害実験と分子モデリングの結果より,CBDはレゾルシン構造がシクロヘキセン環に対してねじれた配置で結合し活性を阻害している可能性が示唆されました.一方,CYP1A1の不活性化については,メチルレゾルシン構造が重要な役割を果たしていることが示されました.これらの結果から,CBDによる阻害の構造要求性はP450分子種ごとに,また阻害様式ごとに異なることが示されました.

イグラチモドとワルファリンの相互作用:イグラチモドの阻害機構の解析について4

 イグラチモドは2012年に上市された疾患修飾性抗リウマチ薬ですが,併用による相互作用が疑われるワルファリンの副作用が複数例(うち1例は死亡例)報告され,2013年5月に安全性速報が発出されました.これを受けて,両薬剤の使用は併用注意から併用禁忌へと変更になりましたが,その原因は不明のままでした.当初,イグラチモドが主にCYP2C9が触媒するワルファリンの代謝を阻害するからではないかと考えましたが,前臨床試験における阻害実験では,100 μMのイグラチモドおよびその代謝物のCYP2C9活性に対する阻害率は最大50%程度しか認められませんでした.しかしながら,この阻害実験に用いられた基質はトルブタミドであり,ワルファリンではありませんでした.CYP2C9活性に対する阻害効果は用いる基質によって異なることが知られていたことから,私達はワルファリンを基質として用い,イグラチモドの阻害作用をin vitroで検討しました.その結果,イグラチモドはそれ自体がワルファリンの代謝を強く阻害(Ki = 6.74 μM)することが明らかとなりました.また,得られたKi値と肝臓中の非結合形薬物濃度から,イグラチモド併用時のワルファリンのAUC上昇率は最大2.3倍であることが推定されました.これらの結果から,イグラチモドとワルファリンの相互作用の機序の1つとして,イグラチモドによるCYP2C9阻害の可能性が考えられました.

CYP2J2阻害剤の探索:降圧薬の阻害機構の解析について5

 CYP2J2は心臓などの正常な組織だけでなく,様々な腫瘍組織においても高度に発現しています.腫瘍細胞に発現するCYP2J2はアラキドン酸を代謝し,腫瘍の増殖や転移を促進するエポキシエイコサトリエン酸(EET)を産生します.興味深いことに,腫瘍細胞におけるCYP2J2の活性阻害はEETの産生を減少させ腫瘍の増殖や転移を抑制することが報告されています.このことから,CYP2J2の機能を強く阻害する化合物は抗腫瘍効果を示すことが期待されます.一方,降圧薬はソラフェニブなどの血管内皮増殖因子受容体をターゲットとする分子標的薬の治療中に生じる高血圧の治療に用いられます.したがって,もし併用する降圧薬の中に強力なCYP2J2阻害作用を示すものがあれば,副作用の軽減だけでなく腫瘍増殖の抑制にも寄与する可能性が考えられます.そこで,私達はCYP2J2活性に対する降圧薬の影響をin vitroで検討しました.その結果,マニジピンがCYP2J2の最も強力な直接阻害剤であり,またアゼルニジピンがCYP2J2の強力な不活性化剤であることを明らかにしました.現在,CYP2J2を発現する腫瘍細胞を用いて,降圧薬の抗腫瘍効果並びに分子標的薬の抗腫瘍効果に対する影響を解析しています.

CYP4A11阻害剤の探索:エパルレスタットの阻害機構の解析について6

 CYP4A11は主に肝臓,腎臓に発現しており,ラウリン酸やアラキドン酸などの脂肪酸の代謝だけでなく,エパルレスタットやフェブキソスタットなどの医薬品の代謝にも関与しています.このように,CYP4A11は生理学的および薬物動態学的に重要な酵素であると考えられますが,その機能は充分に解明されていません.選択的阻害剤はCYP4A11の機能を解明していく上で有用なツールになりうると考えられますが,既知のCYP4阻害剤として知られているHET0016や17-オクタデシン酸はCYP4A11に対する選択性が低く,これまで選択的阻害剤は見出されていませんでした.そこで,私達はCYP4A11の基質とされているエパルレスタットに着目しました.In vitroでの阻害実験の結果,エパルレスタットは検討した17種類のヒトP450組換え酵素の中でCYP4A11の活性を最も強く阻害し,少なくとも10倍以上の高い選択性を示しました.また,ヒト肝ミクロゾームのCYP4A11活性に対する阻害作用も他の主要なP450分子種のマーカー活性に対する阻害よりも25倍以上の高い選択性を示しました.これらの結果から,エパルレスタットはCYP4A11の選択的な阻害剤として,少なくともin vitro系においては有用である可能性を示すことができました.

CYP4F2阻害剤の探索:セサミンの阻害機構の解析について7

 CYP4F2は主に肝臓,腎臓に発現しており,アラキドン酸やロイコトリエンB4の代謝だけでなく,フィンゴリモドなどの医薬品の代謝にも関与しています.CYP4F2が産生するアラキドン酸の酸化的代謝物である20-ヒドロキシエイコサテトラエン酸(20-HETE)は腎臓の血管において血管収縮因子として作用することから,CYP4F2は血圧の調節に重要な役割を果たしていると考えられています.興味深いことに,ゴマやその主要なリグナンであるセサミンは降圧作用を有しており,その機序として,セサミンがCYP4F2による20-HETE産生を抑制することによって惹起される可能性が示唆されています.しかしながら,セサミンがCYP4F2の活性をどのような機序で阻害するのかは不明でした.そこで,私達はセサミンの阻害様式をin vitroで解析しました.その結果,セサミンはCYP4F2を不活性化することが明らかとなりました.これらの結果から,セサミンは20-HETE産生に関与するCYP4F2を不活性化することによって降圧作用を惹起する可能性が示唆されました.また,セサミンはCYP4F2を不活性化する初めての化合物であることを示すことができました.

おわりに

 以上のような薬物および内因性物質の代謝的相互作用に着目したP450阻害剤の機構解析に関する研究成果が,当該酵素の触媒機能や生理機能の解明,さらには薬物代謝における役割を明らかにする上で有用な知見となり,今後の薬物動態研究の発展に少しでも寄与できれば幸いです.今回の受賞を励みにして,今後も研究成果を発信し続け,薬物動態研究の発展に尽力していく所存です.今後ともご指導ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます.

 最後になりましたが,北海道大学にてP450の研究へ導いて下さいました鎌滝哲也先生,また北陸大学で教員となり,研究者の道を歩み始めた私に厳しくも温かくご指導下さいました渡辺和人先生並びに山本郁男先生,そして信州大学医学部附属病院にて基礎から臨床に至るまで幅広い分野の研究ができる環境を提供して下さいました大森 栄先生に厚く御礼申し上げます.また,本研究を遂行するにあたり,共同研究でご指導・ご協力賜りました先生方をはじめ,ともに研究を進めてくれた学部生並びに大学院生の皆様に心から感謝申し上げます.

参考文献

  1. Jiang R, Yamaori S, Okamoto Y, Yamamoto I, Watanabe K. Cannabidiol is a potent inhibitor of the catalytic activity of cytochrome P450 2C19. Drug Metab Pharmacokinet, 28 (4), 332-338 (2013).
  2. Yamaori S, Okushima Y, Masuda K, Kushihara M, Katsu T, Narimatsu S, Yamamoto I, Watanabe K. Structural requirements for potent direct inhibition of human cytochrome P450 1A1 by cannabidiol: role of pentylresorcinol moiety. Biol Pharm Bull, 36 (7), 1197-1203 (2013).
  3. Yamaori S, Okushima Y, Yamamoto I, Watanabe K. Characterization of the structural determinants required for potent mechanism-based inhibition of human cytochrome P450 1A1 by cannabidiol. Chem Biol Interact, 215, 62-68 (2014).
  4. Yamaori S, Takami K, Shiozawa A, Sakuyama K, Matsuzawa N, Ohmori S. In vitro inhibition of CYP2C9-mediated warfarin 7-hydroxylation by iguratimod: possible mechanism of iguratimod-warfarin interaction. Biol Pharm Bull, 38 (3), 441-447 (2015).
  5. Ikemura N, Yamaori S, Kobayashi C, Kamijo S, Murayama N, Yamazaki H, Ohmori S. Inhibitory effects of antihypertensive drugs on human cytochrome P450 2J2 activity: potent inhibition by azelnidipine and manidipine. Chem Biol Interact, 306, 1-9 (2019).
  6. Yamaori S, Araki N, Shionoiri M, Ikehata K, Kamijo S, Ohmori S, Watanabe K. A specific probe substrate for evaluation of CYP4A11 activity in human tissue microsomes and a highly selective CYP4A11 inhibitor: luciferin-4A and epalrestat. J Pharmacol Exp Ther, 366 (3), 446-457 (2018).
  7. Watanabe H, Yamaori S, Kamijo S, Aikawa K, Ohmori S. In vitro inhibitory effects of sesamin on CYP4F2 activity. Biol Pharm Bull, 43 (4), 688-692 (2020).