Newsletter Volume 35, Number 6, 2020

受賞者からのコメント

顔写真:細川正清

学会賞を受賞して

千葉科学大学薬学部
細川正清

 この度,「カルボキシルエステラーゼ分子種の遺伝子構造と薬物動態学的研究」という題目で日本薬物動態学会 学会賞の栄誉を賜り,受賞講演はハワイで行う予定でしたが学会中止と新型コロナウイルス感染防止のためオンライン形式で行わせて頂きました.日本薬物動態学会会長 齋藤嘉朗先生,学会賞選考委員会の先生方を始め関係の諸先生方に感謝申し上げます.推薦していただきました佐藤哲男千葉大学名誉教授に御礼申し上げます.また,今回の受賞に関連する共同研究に携わった多くの先生方,学部,大学院の学生の皆様に感謝申し上げます.

 さて,今回受賞のカルボキシルエステラーゼ(CES)の研究ですが,実はこの酵素については,大学の卒業研究からこれまで40年以上の長期に渡り関わってきましたので,少しだけCES研究の歴史について触れたいと思います.

 あまり知られていないと思いますが,学部時代,私は,明治大学農学部応用昆虫学研究室で主にトビイロウンカの長距離飛翔の研究を行なっておりました.その当時,ウンカが日本で越冬できないにもかかわらず大量発生することが問題となっておりましたが,ウンカが低気圧に運ばれて1000km以上も飛翔するという研究に着目し,東南アジア方面から飛翔するウンカの識別方法の研究に取り組みました.その時に用いたのが,ウンカにおけるCESの電気泳動のザイモグラムパターンの比較でした.実際には,日本で繁殖したウンカと長距離飛翔したウンカにおけるCESの電気泳動のパターンが異なっていましたので,低気圧との関連から識別することが出来ました.

 1980年に千葉大学園芸学部大学院に進学して応用動物昆虫学研究室でツマグロヨコバイの殺虫剤であるダイアジノン抵抗性の研究を行いました.当時,香川県の多度津で採取したツマグロヨコバイと宮城県で採取したものではLD50が500倍も違っており,この原因を探るのが私の研究テーマでした.昆虫のシトクロムP450やグルタチオンS転移酵素が,他の昆虫の殺虫剤抵抗性の原因であることが判明していたので,これらの酵素が殺虫剤抵抗性の原因と考え研究に着手したのですが,残念ながら原因とはなりませんでした.そこで,次に目をつけたのがCESでした.同じ研究室でアブラムシの殺虫剤抵抗性の原因がCESであることを見出していたので,検討したところCES活性について殺虫剤抵抗性の原因となる大きな差異を見出すことが出来ました.当時は,遺伝子の技術が無かったので,遺伝子重複なのか酵素誘導なのか判明せず抵抗性のメカニズムは解明できませんでしたが,酵素が特定できたので共同研究していた農薬会社の方で新しい農薬の開発に役立ったと聞いております.

 当時の千葉大学園芸学部には大学院の博士課程が無かったので,1982年に千葉大学大学院薬学研究院(薬物学研究室)に進学することとなりました.全く異分野のため心配だったのですが,当時助教授の佐藤哲男先生と話をする機会があり,農薬の代謝も研究していることが分かり安心して進学することが出来ました.また,当時の薬物学研究室は,薬物動態学会の創設メンバーで北川賞の名前の由来である故北川晴雄教授が主宰しており,大変活発な研究室でした.同級生には,前の日本薬物動態学会会長の大森 栄先生がおり,よく研究について徹夜で話し合っていました.今回の受賞研究の原点は,この時から始まったと考えております.大学院博士課程では,ラット肝CESの性差の原因が,副腎皮質や脳下垂体ホルモンであることを明らかにしました.当時,CESに関しては酵素量の定量が行われていなかったので,遠回りになりますが,酵素の精製,特異抗体の作成を行い,特異性の異なる3種類のCESアイソザイムの精製と個別定量に初めて成功しました.1985年に博士課程を修了後,東京薬科大学第1薬理学教室(佐藤哲男教授),臨床生化学教室(須賀哲弥教授)でCESの研究を続け,米国NIEHS/NIHに留学後千葉大学薬学部薬物学研究室(佐藤哲男教授,千葉 寛教授)を経て,2005年から千葉科学大学で研究を続けております.

 ここからは今回の受賞に関連した研究について簡単に説明します.カルボキシルエステラーゼは,現在遺伝子シンボル等でCESと命名されておりますが,佐藤哲男先生と私の共著となるAnn Rev Pharmacol Toxicol(1998)において初めてカルボキシルエステラーゼを“CES”と分類,命名しました.この論文は現在でも引用されており,引用回数は550を超えています.以下項目ごとに簡単に説明します.

  • 1. 哺乳動物CESの性差,種差,臓器差および酵素誘導 前述しましたラットCES性差の他に,CESが小胞体における脂質代謝にも関与していることも明らかにしました.CESの種差に関しては,9種の哺乳動物およびヒト肝ミクロソームより20種以上のCESアイソザイムを精製し,特性を精査するとともに各々の特異抗体を作成し免疫交叉性を調べました.後で行ったcDNAクローニングの結果と併せて,CES1およびCES2ファミリーに関しては,免疫交叉性の特徴と分類が一致しました.臓器差に関しても,種々の臓器について研究し,特異抗体を用いることでヒト脳においてCES1が脳毛細血管内皮細胞に局在することを世界で初めて報告し,cDNAクローニングにより肝臓と同じCES1であることを確認しました.酵素誘導に関しては,特異抗体を用いてアイソザイム毎に誘導が異なることや,脂質代謝との関連性についても明らかにしてきました.
  • 2. 哺乳動物CESの構造,触媒機構と基質特異性のファミリー間での差異 CESの触媒機構については複数の提案がありましたが,1998年に活性中心(catalytic triad)を含めた新たなCESの触媒機構を初めて提言しました.この触媒機構が,後にX線結晶解析の結果と一致したので,私の提言が正しいことが証明されました.さらに,CESの活性中心の他ジスルフィド結合に関与するCys 近傍の配列,oxyanion holeを形成するHGG近傍の配列やCESが小胞体に局在するために必要なKDEL受容体結合配列であるHXEL-COOHが高度に保存されていることも明らかにしました.薬物代謝に関与するCESファミリーは,主にCES1およびCES2ファミリーですが,ファミリー間での基質特異性の差異に関して国際エステラーゼシンポジウムで討論し2002年に報告しました.
  • 3. CESのゲノム構造と発現調節機構 ヒトCESのゲノム構造に関して,当初はファージを用いたゲノムクローニングによりヒトCES1の全ゲノムクローニングを試みておりましたが,途中でゲノムプロジェクトの研究に追い越されてしまいました.しかし5’上流の発現調節部位のクローンを得ていたので,初めてヒトCES1Aの発現調節機構を解明することが出来ました.臓器による発現量の差異についてはcRNAをスタンダードに用いたRT-PCR法により調べて報告しました.これらに関する論文は2009年のDMPK最優秀論文賞を受賞しました.さらに,マウス,ラットのCESの発現調節機構についても様々な研究を行い,新しい発現調節機構について報告してきました.千葉科学大学で薬物動態学研究室を立ち上げてからは,ヒト腎臓ではCES1が発現していないことに着目して,DNAメチル化が腎臓における発現抑制の原因だということを初めて明らかにしました.
  • 4. プロドラッグの合成と構造活性相関の検討 これまでの研究では,既存の薬物をCESの基質として用いてきましたが,構造活性相関について詳細に検討する目的で,千葉大学大学院を修了した高橋正人博士を研究室に迎え,新規プロドラッグを合成し構造活性相関等を検討してきました.私たちは,6年制での研究のアクティビティを下げないために,プロドラッグを設計,合成し,構造活性相関を学部学生の卒業研究のテーマとしました.この研究では,ヒト臓器やアイソザイム間で,構造活性相関や光学活性に差異があることを明らかにして来ており,卒業研究の結果を毎年国際誌に報告しております.このように新規プロドラッグの合成とCESによる触媒活性の特異性を調べることで,複数の学部学生の短期間(2-4ヶ月)での卒業研究結果をまとめて1つの論文として報告していくことが,私立大学で研究を続ける1つの方法ではないかと思っています.おかげ様で,本研究室にも今年から大学院生が進学してきましたので,これからもCESの研究を発展させることが出来そうです.

 以上,CESに関するこれまでの研究は,多くの共同研究者や学部,大学院の学生さんの日々の努力の結果生まれたものです.幸いなことに,私はこれまで優秀な共同研究者や学生さんに恵まれた研究生活を送ってきており,3年後に定年を迎える年までCESの研究をさらに発展させることが出来そうです.CES研究の発展には薬物動態学会の前身である「薬物代謝と薬効・毒性シンポジウム」での研究発表・討論がかなり役に立っており,その後設立しました薬物動態学会でさらに発展できたと思います.恩返し出来るかどうか分かりませんが,今後の薬物動態学会の発展のために微力ながらも応援していきたいと思っています.最後に,今回の受賞研究に関係する大変多くの先生方に感謝申し上げます.