Newsletter Volume 32, Number 4, 2017

展望

臨床薬理・薬物治療 DIS

九州大学大学院薬学研究院
家入一郎

 本年度より新規に本セクション委員会を立ち上げました.DISには,11のセクション委員会があり,それぞれが1つの独立した研究分野を担っている一方で,我々が担当する臨床薬理・薬物治療DISは,最適な薬物療法を患者に提供する,という最終目的から,総てのセクション委員会からの知見や提案を総合し,いかに工夫,加工して実用化を推進するか(right drug, right target, right patient),が大きなテーマになるものと考えています.当初は下記のコンパクトな構成とし(敬称略),必要に応じてエキスパートをメンバーに加えていく予定です.これからさまざまなテーマを取り上げていく予定ですが,現在のメンバーの現在の意見を集約してみました.

 

 

 臨床薬理の目的の主軸の一つは,エビデンスベースで効果や副作用の発現の変動要因を明らかにすることであり,曳いては医薬品の適正使用やプレシジョンメディスンに繋げるものだと考えられます.そのため,いかに精度の高いエビデンスを創成するか,は重要で,さまざまな活用可能な資源と方法論が提案されています.資源という意味では,今後膨大に情報が広がると予想されるreal world data(RWD)への対応も必要になると考えられます(参考資料).臨床試験で厳しくコントロールされた環境下で取得したエビデンスが,そのまま実臨床に反映されるか,開発時の仮説が妥当であったか,を明らかにする目的で実施される市販後調査や臨床研究等は有効ですが,現状充分ではないと言えます.データを標準化するなどの問題がありますが,RWDから得られたエビデンスから精緻な薬物治療の方策を臨床薬理として導くことは魅力的な課題と言えます.ビックデータという意味では癌におけるプレシジョンメディスンもすでに同様なことを行っています.一方,がんに限らずともまだまだアンメットな疾患領域は多数あるので,まだまだ検討すべき疾患の裾野は広いでしょう.一方,このようなことが臨床薬理だけで出来るかという問題もあります.医師や生物統計家,データサイエンティスト,ITベンダー等とのコラボレーションが必要になってくると思われます.

 プレシジョンメディスンの主軸となる方向性の1つは,whole genome analysisを通じて最も効果的な治療標的は何なのか,すなわち,バイオマーカー探索にあり,次のステップとして,化合物ライブラリーなどから候補化合物を探索する,というところかと思われます.疾患治療を念頭に置くと,がんゲノム医療の推進が先行しており,厚労省にがんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会が設置されており,これからも推進されていきます(参考資料).注目される治療法としては,免疫チェックポイント阻害剤に代表される免疫療法があり,薬剤が有効である患者(がんのタイプ)を投与前に判定することが求められます.また,遺伝子改変T細胞移入療法や腫瘍特異的変異抗原(ネオアンチゲン)を標的とした免疫治療等,新たな免疫療法 に係る研究開発についても,世界の状況を確認しながら戦略的に取組むべきとされています.しかし,こういった主軸な1つの方向性に,臨床薬理学的な考え方,薬物動態学的な考え方は含まれていないと言えます.治療標的に対して効果を発揮するか否かのみが先行している印象です.したがって,実際の免疫療法に過去の蓄積されたPK/PD情報の活用が可能なのか,従来の臨床試験の方法や概念が当てはまるのか,などを科学的に検証していくことも必要と考えられます.

 臨床薬理,薬物治療として非常に漠然とした,しかし,究極の課題を取り扱うDISですが,独自の切り口で,臨床を重要視したテーマを取り上げていきたいと思います.