Newsletter Volume 32, Number 3, 2017

展望

ファイザー株式会社 大石昌代

Pharmacometrics 1 DIS
-活動の紹介と今後への展望-

ファイザー株式会社
大石昌代

1.PMx-1 DISの概略,ビジョンおよびこれまでの活動

 Pharmacometrics (PMx)-1 DISの活動は,2013年に川合良成委員長(バイエル薬品株式会社)のリードで始まりました(その時点のDIS名は臨床薬理,ファーマコメトリクス関連DIS).その後,2015年からはPKPD-QSP DISとして田端健司委員長(アステラス製薬株式会社)のリードで活動し,現在に至っています.現在のメンバーは以下の通りです(敬称略).

 

委員

川合良成 バイエル薬品株式会社

千葉康司 横浜薬科大学

畠山浩人 千葉大学

濱田輝基 武田薬品工業株式会社

奥平典子 第一三共株式会社

長坂泰久 アステラス製薬株式会社

上野貴代 ブリストル・マイヤーズ スクイブ株式会社

森 優子 ファイザー株式会社

永井尚美 武蔵野大学

熊谷雄治 北里大学

 

アドバイザー

樋坂章博 千葉大学

田端健司 アステラス製薬株式会社

 

昨季DIS懇親会での一枚

昨季DIS懇親会での一枚

 

 DISの名称は変わっていますが,一貫して医薬品開発におけるSystems modeling approach,特に近年急速に進化しているQuantitative Systems Pharmacology(QSP)やMechanistic PK-PD解析に焦点を当てて活動を行っています.本DISのビジョンは,これまでの薬物動態分野における研究経験を,薬物治療効果に関わる個々の因子を総合的に科学するSystems approachに適切に応用し,今までに得られた知見・データを客観的,合理的に集積・解析し,治療の革新へ貢献することです.

 これまでの年会では,これらのSystems approachの基礎的な理解から実際の医薬品開発における活用についての企画を継続的に実施しています.

特別講演
  • Quantitative Systems Pharmacology (QSP) in Translational Drug Discovery & Development/ Prof. Piet H. van der Graaf (Leiden Academic Centre for Drug Research, Univ. of Leiden)(2015年)
シンポジウム
  • Model-based Drug Development (MBDD): capturing current status and perspectives in global and Japan(2013年)
  • Quantitative Systems Pharmacology (QSP) for translational drug research and development(2013年)
  • 医薬品研究開発におけるQSP活用事例(2015年)
  • Practical use of quantitative systems pharmacology modeling in drug discovery and development stage(2016年)
ラウンドテーブルディスカッション
  • QSP ラウンドテーブルディスカッション:~Q&A形式で欧米製薬企業での実態に迫る~(2015年)
セミナー
  • Introduction of Model Qualification Method (MQM) to foster model based drug development in the exploratory phase of R&D(Rosa & Co. LLCによるセミナー)(2013年)

 2013年に初回のDISシンポジウムを実施した時点では,QSPという呼称も未だ十分に浸透していなかったと記憶していますが,5年もたたないうちに急速に実用化が進み,医薬品開発の現場における実際的な解析手段の一つとなりつつあります.海外においてもQSPが本格的に認識され始めたのは2011年~2012年あたりですので(図1),本DISの歩みは海外でのQSPの進展とほとんど遅れなく進んでおり,早期より着実にこの新しいMovementに着目し,DIS活動を進めてこられた川合委員長と田端委員長のご慧眼にはあらためて感服するばかりです.

図1 世界的なQSPの進展とPMx-1 DISの歩み(2016年Dr. Musanteの発表資料より引用)

世界的なQSPの進展とPMx-1 DISの歩み

2.QSPの概略

 ここで蛇足ながら少しQSPの概略を簡単にまとめておきたいと思います.いくつかの定義がありますが1,2,3,要約すると以下のキーワードに集約されると考えられます.

 

「薬剤とシステムとしての生体との相互関係(生体システムに及ぼす薬剤の作用)」

「Biologyに基づく実験データからWhole bodyのPK-PD(TD)反応を数学的モデルで統合」して解析し,
「Right PatientやRight Targetの臨床予測の不確実性に対して,生物学的,生理学的にもっともらしい説明を可能」にすること.

 

 2つ目までのポイントは,Physiological Based Pharmacokinetic(PBPK)解析と重なりますが,大きく異なるのは予測対象(Research question)がヒトPKのみではなくRight PatientやRight Targetに拡張されているという点です.また,その予測内容には“Systems biologyなどメカニズム”を提示し,組入れているという点が,これまでの予測手法を超えてQSP解析が果たす役割として期待されている最もexcitingな部分です.例えば従来のEmpirical approachでは,Target AとTarget Bを同時に阻害した場合のアウトカムを,相加的な予測以上に予測することはほぼ不可能でしたが,システムとしての生体をモデル化することによりTarget AとTarget Bのシステム内でのInteractionも加味した検討が可能であり,すでに実際の事例を公表論文で確認することができます4,5

 これまで主として我々が行ってきたPKPD解析とQSPの関係は,図2の形に要約されます.ともにProof of Conceptをロバストにするための手法ですが,PKPD解析が化合物と特定のターゲットの関係にフォーカスしているのに対し,QSPはシステム,ネットワークとしての生体をモデル化し,そのシステムへの介入に対する反応にフォーカスすることにより,ターゲットに対する仮説の生物学的,生理学的な妥当性を検証する手法と位置付けられます.つまり目的としている治療に対してそのターゲットが有効であるのか,化合物に関わらず評価します.

 このように,QSPはPKPDと全く異なる解析手法ではなく,互いを補完し合うものであり,モデルの実体もPKPD解析モデルと同様,常微分方程式の集合体という類似性があります.また,システムズモデルについては,薬物動態の分野においてはすでにPBPK解析を扱ってきた歴史と経験があります.ネットワークモチーフについての理解,従来のPKPD解析とは異なるモデルバリデーションの考え方など異なる要素もありますが,これまでの薬物動態分野における研究経験を存分に生かせる分野だと考えられます.また,本学会の趣旨である創薬の促進と医薬品の臨床における有効活用を鑑みると,薬物濃度と薬効・安全性を一体化して解析,予測する手法はまさに我々が推進すべき研究分野ではないでしょうか.

図2 PKPD解析とQSPの関係(Vicini & van der Graaf, Clinical Pharmacology & Therapeutics (2013); 93:5, 379−381.より引用)

PKPD解析とQSPの関係

3.今後への展望

 今年の年会では,領域を絞った形でのQSPの適用事例を対象とすることで,実際的な活用の方向性や課題について検討するシンポジウムを計画しています.これまでの薬物動態分野における研究経験がどのようにこの新しいアプローチに生かせるのか,概念の理解だけではなく,自分が手を動かすとしたらどうするか,というレベル感で今後の研究の種にしていただけるシンポジウムになるよう,委員一同鋭意企画中ですのでご期待ください.

 また,今季よりモデリング関連のDISとして母集団解析やメタアナリシスをスコープとしたPMx-2 DISが発足しています.PMx-2 DISをリードされる樋坂先生は昨季までPKPD-QSP DISの委員を務められており,今季もPMx-1 DISのアドバイザーをお引き受けいただいています.Systems approachと母集団解析やメタアナリシスなどのEmpirical approachは時として相反するもののように語られることがありますが,違いは主として解析の軸足がSystems drivenかData drivenであるかであり,その活用は解析の目的と利用する情報,データにより柔軟に使い分けられるものだと考えられます(時として融合した形での活用も考えられる).PMx-1とPMx-2,それぞれのDISの状況を適宜共有しながら有機的な連携を目指すことができればと考えています.海外においては分野によってSocietyが細分化されている傾向にありますが,日本薬物動態学会は,非臨床,臨床の区別なく,産官学の薬物動態研究者が一堂に集い密にディスカッションできる素晴らしい場であり,世界的に見ても貴重な場です.そこにPMx-1とPMx-2がある強みを最大限生かして治療の革新へ貢献していければと思います.

 

  1. UK QSP Network (http://www.qsp-uk.net/themes.html; accessed 2017-05-11)
  2. van der Graaf and Benson (2011) Pharm Res 28(7):1460-1464
  3. Sorger et al. (2011) NIH QSP Working Group White Paper
    https://www.nigms.nih.gov/training/documents/systemspharmawpsorger2011.pdf
  4. K Gadkar et al., CPT Pharmacometrics Syst. Pharmacol. (2014) 3, e149
  5. Rieger TR, Musante CJ. Eur J Pharm Sci. 2016; 94:15-19.