受賞者からのコメント
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創薬貢献・奨励賞を受賞して武田薬品工業株式会社 薬物動態研究所
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この度は,『新規医療モダリティの生体内分布評価基盤の構築』という研究題目で,日本薬物動態学会創薬貢献・奨励賞を賜りました.このような大変栄誉ある賞をいただき光栄に存じます.選考委員の先生方,ならびに日本薬物動態学会関係者各位,そして本賞にご推薦いただいた山本俊輔氏(現中外製薬株式会社)に厚く御礼申し上げます.
近年の目覚ましい科学技術の進展に伴い,“医療モダリティ”は,低分子医薬だけでなく,生物学的製剤をはじめ,核酸医薬や遺伝子治療薬,細胞治療薬へと多様化しています.しかしながら,新規医療モダリティに対しては,薬物動態評価基盤が確立されておらず,体内動態特性についても未だ解明されていない状況です.本研究では,上述の課題を解決すべく,以下に述べる3つの生体内分布評価基盤を新たに確立し,新規医療モダリティの創生を促進させました.
細胞治療製品の非臨床生体内分布試験では,ヒトゲノムDNAを高感度に検出するため,霊長類特異的Alu反復配列を標的としたqPCR(Alu-qPCR)がしばしば用いられています.しかしながら,Alu-qPCRではブランク試料中に非特異的増幅が認められること,霊長類を用いた生体内分布試験にはAlu-qPCRを適用できないこと,PCR増幅時におけるマトリクス効果とマトリクス間のDNA回収率の差異から,マトリクスごとに検量線を作製する必要があることが,生体内分布試験を実施する上で課題となっていました.そこで我々は,単一代替マトリクス検量線を用いて様々な動物組織由来生体試料中のヒト細胞を定量可能な新規測定法として,LINE1-ddPCR法を開発しました[1](2021年JSSXベストポスター賞,2022年JBFベストポスター賞).LINE1-ddPCR法では,エンドポイントPCR分析であるddPCRを用いることでマトリクス効果を低減し,LC/MS測定における内部標準と同じように外部標準遺伝子を各サンプルへ添加することでDNA回収率の補正にも成功しています.また,iPS細胞由来膵島細胞を移植したマウスでの長期生体内分布試験データを本方法で取得し,臨床試験への移行を後押ししました[2].さらに,細胞治療製品の生体内分布試験ガイドライン策定への提言を目的として,分析クライテリアや生体内分布試験における考慮点を提案しました[3, 4](2025年JBFポスター賞).
脳のような複雑な臓器における薬物分布を,空間情報を維持したまま評価することは標的への送達を確認する上で重要であり,その際,イメージング法がしばしば使用されます.しかしながらpositron emission tomographyやcryo-fluorescence tomographyを用いた三次元イメージングや,共焦点顕微鏡を用いた二次元イメージングでは解像度の低さや観察領域の制限があり,網羅的に高い空間解像度で薬物分布を評価することは困難です.そこで我々は,組織透明化技術とライトシート蛍光顕微鏡を用い,薬物分布を細胞レベルで評価できる方法を確立しました.この技術を用いてアンチセンスオリゴ核酸(antisense oligonucleotide, ASO)の脳内分布を評価しています.静脈内投与後の脳内分布評価では,ヘテロ二本鎖核酸が一本鎖ASOに比べ効率よく脳へ送達されていることを明らかにしました[5].また,髄腔内投与後の脳内分布評価では,ASOがglymphatic systemによる動脈周囲腔における脳脊髄液の流れに沿って脳内に分布していること,その脳内分布様式はげっ歯類と霊長類で種を超えて保存されていること,脳からの排泄にはintramural peri-arterial drainage pathwayが関与している可能性があることを明らかにし,脳内分布メカニズムに新たな洞察を与えました(2022年JSSXベストポスター賞).これらの結果は,候補ASOの分布プロファイルを評価することに留まらず,分布メカニズムへ洞察を与えるものであり,今後のASO創薬にとっても有益な知見です.さらに,本研究基盤はASO以外の治療モダリティにも応用可能であり,薬物動態学会において汎用される技術となりつつあります.今後様々な治療モダリティの生体内分布評価において更なる活用が期待されます.
ASOは組織中において不均一な分布を示し,かつ核酸の配列や化学修飾等によりその分布が変動するため,従来の組織ホモジネート中濃度を用いた方法ではPK/PD評価が不十分である事例がしばしば認められます.加えて,pre-mRNAを標的とするASOの薬効作用部位は核であるため,細胞内におけるASO分布の不均一性を考慮する必要があります.以上の背景から,我々は標的細胞におけるASOの核内送達評価を行うために,新たにASOの細胞内分布を高感度に観測できるin situ hybridization chain reaction法を開発し,AIを用いた画像解析により核内PK/PD解析を実施しました.その結果,核内濃度基準では良好なPK/PD相関が確認され,細胞種ごとにPK/PD相関が異なることも明らかになりました(2023年JSSXベストポスター賞).
以上,これまでに構築した生体内分布評価基盤技術をご紹介いたしました.新規治療モダリティプログラムにおいて,動態研究者が直面する大きな課題の一つに生体内分布評価があると思います.我々の構築した評価基盤が,その課題の解決に寄与し,新規治療モダリティの薬物動態研究の発展に貢献できることを願っております.
最後になりましたが,共に研究を遂行しました渡辺 博氏,灰谷優子氏,Kuo Carol氏(現Vividion therapeutics),Michael McCoy氏,劉 秋実氏,亀谷桃子氏,松本真一氏,丁 寧氏,西原光洋氏,後藤昭彦氏,守屋 優氏,岩﨑慎司氏,ならびに指導を賜りました山本俊輔氏(現中外製薬株式会社),平林英樹氏(現株式会社TNテクノス),また武田薬品工業株式会社薬物動態研究所各位に,この場をお借りしまして深く感謝を申し上げます.

