Newsletter Volume 31, Number 3, 2016

DMPK 31(3)に掲載された各論文の「著者から読者へのメッセージ」

[Regular Article]

投与量換算表変更時のオマリズマブのPK/PDに対する民族差の評価

Honma, W., et al., pp. 173-184.

 抗IgE抗体であるオマリズマブのアレルギー性喘息患者での用法・用量は,その作用機序及び薬力学的特性に基づき設定している.欧州で小児適応並びに投与量換算表の拡大及び一部投与間隔の変更が実施された.それらの用法・用量について,日本人成人及び日本人小児臨床試験データを含めた母集団PK/PD解析を実施し,年齢及び民族的影響を検討した.一部のパラメータに対して人種及び年齢が共変量として同定されたが,その影響は小さかった.また,日本人及び外国人患者での反復投与時のシミュレーション結果から,本剤のPK及びPDは年齢及び民族的要因の影響を受けず,人種間で同様であった.以上の結果から,日本人患者においても拡大及び変更後の投与量換算表への適応が可能であると考えられ,本解析が日本人の用法・用量設定の評価に大きく貢献することができた.

[Regular Article]

ブタの肝臓におけるCYP2B, CYP2CおよびCYP3A分子種の構成的遺伝子発現量の性差:MeishanとLandraceでの品種差

Kojima, M. and Degawa, M., pp. 185-192.

 CYP2およびCYP3ファミリーに属するブタCYP分子種(CYP2B22, CYP2C33, CYP2C49, CYP3A22, CYP3A29, CYP3A46)の肝臓における構成的遺伝子発現の性差について,血中アンドロゲン量に着目して解析した.成熟した雄で血中アンドロゲン量が高いMeishanと低いLandraceの各雌雄個体を用い,肝臓での各CYP分子種の遺伝子発現量を比較検討した.その結果,これらCYPsの構成的遺伝子発現量の性差や品種差は血中アンドロゲン量の差異が一因となって生じることが明らかになった.また,CYP3A46はMeishanでは発現が認められず,その発現には品種差があることも明らかになった.今後,既に報告したアンドロゲン依存性発現が認められたブタCYP1A,UGTs,SULTsの各分子種(引用文献19-22)を含め,それら遺伝子発現におけるアンドロゲンの制御機構を追究する.

[Regular Article]

シグナル経路およびDNAメチル化の阻害はヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化を促進する

Kodama, N., et al., pp. 193-200.

 現在,ヒト人工多能性幹細胞 (iPS細胞) から作製した組織細胞の創薬研究への利用が期待されている.薬物動態において重要である肝臓については,ヒトiPS細胞から肝細胞への分化の報告が数多くあり,市販化されるまでに至っている.しかしながら,腸管上皮細胞への分化についてはその報告が少なく薬物動態学的な機能解析も十分ではない.我々はこれまでにある低分子化合物がヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化に有用であることを見出している.そこで本研究では,これを踏まえて腸管上皮細胞への分化に関わるシグナル経路の解明を行った.その結果,TGF-β,MEKシグナル経路およびDNAのメチル化の阻害によりヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化を促進することが明らかとなった.また,この細胞は薬物代謝酵素活性およびCYP3A4誘導能を有していた.今後ますます研究が進展し,ヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞が消化管における薬物動態の評価系のひとつとして利用できるようになることが期待される.

[Regular Article]

マウス肝および2D・3D培養したHepG2細胞におけるマイクロRNA発現に対するビルダグリプチンの影響

Yamashita, Y., et al., pp. 201-209.

 糖尿病薬であるビルダグリプチンは稀に肝障害を引き起こすことが知られている.non-coding RNA であるmicroRNA (miRNA) の機能は多岐に渡るが,近年の研究ではmiRNAが薬物誘導性の細胞毒性に関与する可能性が示されている.そこで本研究では,ビルダグリプチンが引き起こす肝miRNAの発現変動について解析した.ビルダグリプチンを投与したマウス肝におけるマイクロアレイ解析により,発現量が2倍以上増加または減少するmiRNAは56種同定された.興味深いことに,細胞毒性に関与しているmiR-877-5pは53倍,miR-222-3pは31倍の増加が認められた.一方,2Dおよび3D培養したHepG2細胞においては,ビルダグリプチン処置によるmiRNA発現量の変動は認められなかった.今後,ヒト初代肝細胞や,ヒト初代肝細胞と免疫細胞の共培養におけるmiRNA発現変動解析を予定している.

[Regular Article]

ヒト結腸癌由来Caco-2細胞を用いたモノカルボン酸輸送担体MCT4の機能解析

Sasaki, S., et al., pp. 218-223.

 モノカルボン酸輸送担体MCT4はがん細胞に高発現しており,がん患者の予後不良因子であることが知られている.そのため,MCT4は新たながん治療の標的として期待されている.MCT4そのものの機能を簡便に評価することのできるツールは,MCT4を標的とした医薬品を開発する上で有用である.これまでMCT4の機能解析はXenopus laevis oocyte発現系を用いて行われてきたが,我々は新たに,Caco-2細胞において典型的なMCT基質である乳酸がMCT4を介して取り込まれる可能性を示した.したがってCaco-2細胞はMCT4の機能を解析するための簡便なツールであることが示唆された.今後,MCT4の機能に影響を与える化合物の探索を進めて行きたいと考えている.本研究が,がん患者の予後を改善する一助となることを期待している.

[Regular Article]

小児患者におけるワルファリン抗凝固効果の共変量に関する研究

Nakamura, S., et al., pp. 234-241.

 小児期におけるワルファリンの至適投与量には大きな個体間変動および個体内変動が観察される.これまでに我々は,体重補正したワルファリン一日投与量(DD/WT),ビタミンKエポキシド還元酵素複合体1(VKORC1)の遺伝子変異(1173 T>C),および患児の年齢(Age)を共変量とするワルファリンの抗凝固作用(プロトロンビン時間国際標準比;PT-INR)推定モデルを報告した.本研究では,アロメトリー式に基づく仮想的なbody size(SIZE)を共変量として導入し,発達の影響に対してより頑健なモデルを得るとともに,新たな共変量としてボセンタン(併用薬)を同定した.この研究を行うにあたり,20例の長期追跡を行い857点の臨床データを収集するのに多くの労を要した.今後は小児期のみならず,乳幼児期における発達の影響に関してもモデル化を試みたい.

[Regular Article]

がん患者における内因性バイオマーカーを用いたフェンタニルの血中動態の予測

Ishida, T., et al., pp. 242–248.

 がん性疼痛に用いられるフェンタニル貼付剤を有効かつ安全に使用するためには,がん患者におけるフェンタニルの血中動態の予測が必要となる.フェンタニルは生体内でCYP3Aにより代謝されるため,その血中濃度がCYP3A活性の内因性バイオマーカーである血中4β-水酸化コレステロール(4β-OHC)濃度と関連することが推測される.本研究では,がん患者における血中フェンタニル濃度と4β-OHC濃度との関係を評価した.結果として,血液中のフェンタニル濃度と4β-OHC濃度との間に相関関係は認められず,4β-OHC濃度を用いたフェンタニルの血中濃度の予測は困難であることが示された.終末期がん患者では,フェンタニルの経皮吸収の低下が推測されるなど,今後は,がんに関連した病態像も含め,がん患者における血中フェンタニル濃度の予測法を構築したいと考えている.

[Note]

ホモシステイン尿中排泄および血漿中濃度に及ぼすチオプロニンの影響

Miyajima, A., et al., pp. 249-251.

 ホモシステイン(Hcy)はメチオニン代謝の中間体として生じるアミノ酸で,チオール基を有している.血漿中Hcy濃度の上昇 (高Hcy血症) は動脈硬化等の心血管系障害との関連も指摘されている.一方,シスチン尿症においてチオプロニンは尿中不溶性シスチンとチオール交換により可溶性の複合体を形成し,シスチンの排泄を促進する.本研究ではこのチオプロニンがHcyの排泄に与える影響について,メチオニン負荷投与によって作製した一過性高Hcy血症ラットを用いて検討した.その結果,チオプロニン投与後3時間までの累積尿中Hcy排泄量はコントロールに比べて顕著に高い値を示した.さらに血漿中濃度を測定した結果,チオプロニン投与により,投与後6時間までのHcyのAUCはコントロールに比べて有意に低い値を示した.したがってチオプロニンはHcyの尿中排泄を促進し,血漿中濃度を低下させることが示唆された.今後,詳細なメカニズムについて明らかにする必要がある.

[Note]

ナトリウム−リン酸共輸送体NaPi-IIa阻害薬のホスカルネットはラットの腎皮質においてリチウムによるglycogen synthase kinase-3βのリン酸化を抑制する

Uwai, Y., et al., pp. 256-259.

 躁鬱病に奏功するLiのfractional excretionは約30%である.LiはNaの輸送体によって尿細管再吸収されると考えられており,NHE3の関与を示唆する報告がある.我々の検討からはNaPi-IIaが疑われる.また,両輸送体を否定する論文も存在する.どのような結末を迎えるのであろうか.
 近年,GSK3βのリン酸化促進がLiの作用機序として認知されている.GSK3βは急性腎障害にも関与することが示され,Liの腎保護効果も報告されている.現在,nephrology領域でこの注目度は高く,本研究はLiの腎挙動とGSK3βのリン酸化状態の関係を示している.急性腎障害に対する軽減法の構築に繋がっていけばと期待している.