ニュースレター編集委員会より

はじめに

 いよいよ夏本番.1年の折り返し地点です.私たちの生活を一変させた新型コロナウイルス感染症は,5月に季節性インフルエンザと同じ5類感染症へと移行しました.猛威を振るった新型コロナウイルスの動態は,過去の歴史と同じように人類との共存という形で新たな定常状態に入ったといえるでしょう.ウイズコロナのもと,今年こそはとはりきって,夏休みの計画を立てている方もいらっしゃるでしょうか.

 さて話は変わりますが,昨今「質の低下」が叫ばれています.研究の質,教員の質,学生の質,新入社員の質,はたまた現代人の筋肉の質までさまざまです.社会のデジタル化が進み,科学技術が発展する中で,これほどまでに質の低下が取りざたされているのは,なぜなのでしょうか.もしかしたら現代人が,自らがつくりあげたテクノロジーに追い抜かれる変曲点を示す現象なのかもしれません.一方で,漠然としていますが,このような急速な環境の変化は,現代人の進化の引き金ともなるでしょう.大切なものを守りつつ,変化にアンテナを張って,大好きな薬物動態学のシン化に貢献したいものです.

 とある会議に出席したとき,薬物動態学ってどういうサイエンスなのですか?と聞かれたことがあります.生化学か,分子生物学か,物理化学か,数学か,酵素学か,膜輸送学か,分析化学か,再生医学か,コンピュータサイエンスか.本年9月に開催される日本薬物動態学会第38回年会/第23回シトクロムP450国際会議国際合同大会は,「ライフサイエンスと創薬における新たな知と技の発見~過去に学び,未来を知る~」のテーマのもと,魅力ある講演やシンポジウムが企画されています.この大会で,シン・薬物動態学の新たなサイエンスを見つけてこようと思います.(M・T)

【トピックス】

  • 大会長インタビュー:2023年ICCP450/JSSX国際合同大会(静岡)の「見どころ・聞きどころ」(吉成浩一,永野真吾)

【動態研究に取り組むNEW POWER】

  • 薬物動態研究を実臨床で活用するために(山田孝明)

【細胞治療製品の研究開発における薬物動態研究入門】

  • 第五回:細胞治療製品のモデリング&シミュレーション(M&S);増殖する薬物CAR-T細胞のM&Sやヒト予測はどう行う?(後藤昭彦,山本俊輔,中山美有,守屋 優)

【技術・研究材料紹介(企業広告)】

  • 環状ペプチドの簡便かつ高感度な定量化ソリューション(株式会社エービー・サイエックス)

【DMPK 50に掲載された各論文の「著者から読者へのメッセージ」】

  • 腸管上皮細胞機能に対する食品成分の生理作用
  • 食との相互作用を考慮した薬物の経口吸収とバイオイクイバレンスの評価と予測
  • PITChシステムを用いたCYP3A4,UGT1A1,CESによる薬物代謝を予測可能なCaco-2細胞の作製
  • 血中遊離型バルプロ酸濃度の新規予測法
  • 抗菌薬の投与期間が胆汁酸プロファイルおよび薬物動態関連タンパク質の発現に与える影響
  • 日本人トリメチルアミン尿症患者の複合的なフラビン含有酸素添加酵素3(FMO3)バリアントの家系解析
  • アザムリンによるヒト肝細胞移植マウス肝P450 3A酵素の不活化の検討

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トピックス

大会長インタビュー:2023年ICCP450/JSSX国際合同大会(静岡)の「見どころ・聞きどころ」

顔写真:吉成浩一

静岡県立大学薬学部衛生分子毒性学分野
吉成浩一

顔写真:永野真吾

鳥取大学大学院工学研究科化学・生物応用工学専攻
永野真吾

 第23回シトクロムP450国際会議との国際合同大会となる,第38回日本薬物動態学会(JSSX)年会.吉成・永野大会長に合同大会のアピールポイントなどについて伺い,動画にまとめました.この合同大会は例年とどこが違うのか,年会の概要を把握し,大会長の意気込みもお感じください.・・・(動画はNLホームページへ/会員専用

動態研究に取り組むNEW POWER

顔写真:山田孝明

薬物動態研究を実臨床で活用するために

和歌山県立医科大学薬学部 医療薬剤学研究室
山田孝明

 この度,日本薬物動態学会ニュースレターに寄稿する機会を頂きました山田孝明と申します.このような貴重な機会を与えてくださいました編集委員の先生方に厚く御礼申し上げます.私は,長崎大学大学院修士課程を修了後,九州大学病院薬剤部にて17年間病院薬剤師として勤務しておりました.2023年4月より和歌山県立医科大学薬学部に異動し,大学教員として新たな道を歩み始めたところです.せっかくの機会ですので,これまでの略歴や経験してきたことを含めて,私が取り組んできました薬物動態研究の内容と,今後の目標について紹介させて頂きたいと思います.・・・(続きはNLホームページへ/会員専用

細胞治療製品の研究開発における薬物動態研究入門

第五回:細胞治療製品のモデリング&シミュレーション(M&S);増殖する薬物CAR-T細胞のM&Sやヒト予測はどう行う?

集合写真:(左から順番に)守屋 優,山本俊輔,中山美有,後藤昭彦

(左から守屋,山本,中山,後藤)

武田薬品工業株式会社 リサーチ 薬物動態研究所
後藤昭彦,山本俊輔,中山美有,守屋 優

 こんにちは!シリーズでお届けしてきた「細胞治療薬品の研究開発における薬物動態入門」もいよいよ最終回になってしまいました.これまで分析法概要や注意すべき落とし穴,細胞動態(CK)や生体内分布(BD)の実例を紹介してきました.最終回はこれまで紹介してきました分析法で創出されたCK/BDデータを用いたmodel解析について紹介したいと思います.細胞治療製品のmodel解析の実例は,ほぼ全てがキメラ受容体発現T細胞(chimeric antigen receptor T cell, CAR-T細胞)を初めとする免疫細胞の事例のため,本編でもCAR-T細胞の例を紹介します.・・・(続きはNLホームページへ/会員専用

技術・研究材料紹介(企業広告)

環状ペプチドの簡便かつ高感度な定量化ソリューション

株式会社エービー・サイエックス

 環状ペプチドは複雑な3次構造から,高いベースライン干渉とCID(衝突誘起解離)によるフラグメンテーション化が難しく高感度定量が難しい化合物となります.本テクニカルノートでは,ラット血漿中の環状ペプチドEptifibatideの高感度定量ワークフローについて,ZenoTOF7600システムのZeno SIM, Zeno CID, Zeno EAD(Electron Activated Dissociation)モードによる定量を評価いたしました.・・・(続きはNLホームページへ

DMPK 50に掲載された各論文の「著者から読者へのメッセージ」

[Review Article]

腸管上皮細胞機能に対する食品成分の生理作用

Satsu, H., et al.

 腸管の最表面に位置する腸管上皮細胞は食品成分に最も高濃度かつ高頻度に曝されることから,腸管上皮細胞の機能は食品成分によって制御・調節されることが考えられる.本総説では食品成分が腸管上皮細胞に及ぼす影響について,主として腸管上皮モデル細胞を用いた著者らの研究を紹介した.糖質過剰摂取に起因する疾患予防の観点から,腸管上皮でのグルコース・フルクトース吸収を担うトランスポーターであるSGLT1及びGLUT5の活性を阻害する食品成分をそれぞれ探索し,メトキシフラボノイドであるタンジェレチンやカテキン類の一種であるエピカテキンガレートがSGLT1及びGLUT5活性を阻害することを見出した.並行して,食品成分が解毒代謝酵素の発現に及ぼす影響について検討を進め,ある種のフィトケミカルやアミノ酸がPXRやNrf2といった転写因子を介して解毒代謝酵素の発現を制御することを示した.本内容が,食品成分が薬物動態に及ぼす影響,また将来的に疾病予防が期待される機能性食品の開発などにつながることが期待される.

 

[Review Article]

食との相互作用を考慮した薬物の経口吸収とバイオイクイバレンスの評価と予測

Tsume, Y.

 近年,科学技術の進歩より,生体内の知識やコンピューターシミュレーション技術が大幅に躍進している.絶食時,摂食時の胃-小腸の知識が深まるとともに,これらの生体内の特徴を理解し,その特徴を取り入れた溶出試験法,つまり経口吸収を予測する溶出試験法というものが確立されつつある.こういった溶出試験結果とモデリング(PBPKやPBBM)を組み合わせることで経口吸収薬物の血中濃度曲線をヴィジュアライズすることができる.この工程は,経口製剤の開発に用いられており,これらの技術を利用し,バーチャルバイオイクイバレンス(バーチャルBE)を行われている.また,BEの範囲を認識することで血中濃度曲線から,BEを満たす経口製剤の溶出曲線の安全な範囲(セーフスペース)を見つけることができる.つまり,溶出試験でBEかNon-BEかの判断ができる.本文では,これらの事を簡単にまとめた.

 

[Regular Article]

PITChシステムを用いたCYP3A4,UGT1A1,CESによる薬物代謝を予測可能なCaco-2細胞の作製

Yamada, N., et al.

 Caco-2細胞は,腸管上皮細胞モデルとして汎用されているが,CYP3A4やUGT1A1の発現量がヒト小腸に比べて低いこと,カルボキシルエステラーゼ(CES)発現パターンが,ヒト小腸と異なりCES1を高発現している.本研究では,ゲノム編集技術を用いて,CYP3A4-POR-UGT1A1-CES2ノックインおよびCES1ノックアウトCaco-2(ゲノム編集Caco-2)細胞を作製しました.ゲノム編集Caco-2細胞は,機能的なCYP3A4,UGT1A1,CES2を高発現する一方で,CES1タンパク質は消失していた.CES1 の基質であるテモカプリルを用いた透過実験では,ゲノム編集Caco-2細胞におけるテモカプリルのPappは,WT Caco-2細胞におけるPappより高かった.興味深いことに,ゲノム編集Caco-2細胞におけるアピカル側のテモカプリラット(テモカプリル代謝物)の量は,WT Caco-2細胞よりも少なかった.これらの結果から,ゲノム編集Caco-2細胞は,WT Caco-2細胞よりも,腸管での薬物吸収・代謝を予測するモデルとして適していることが示唆された.

 

[Regular Article]

血中遊離型バルプロ酸濃度の新規予測法

Ishikawa, M., et al.

 臨床においてバルプロ酸(VPA)を用いる際は,血中総VPA濃度(CtVPA)に基づく投与設計がなされるが,CtVPAを推奨濃度域内にコントロールしても重篤な副作用が発現する場合や,十分な治療効果が得られない症例を数多く経験する.そこで本研究では,より有効かつ安全な治療を目指して遊離型VPA濃度の予測モデルを構築し,既報のモデルとの精度比較を行なった.まず,予測に適したパラメータをLangmuir式に基づくシミュレーション及び実患者におけるVPA遊離型分率との関連解析により選定した.次に,選定した(CtVPA[μM]-2 × 血清アルブミン濃度(SA)[μM])を用いた遊離型VPA濃度の予測モデルを構築した.外部データセットを用いた予測精度の検証の結果,本モデルは既報のモデルと比較して,より幅広い患者においてより高い精度で遊離型VPA濃度を予測できる可能性が示された.CtVPAやSAはVPA使用患者において広く測定されていることから,今後,本予測モデルが臨床現場で用いられ,VPAの有効かつ安全な治療につながることが期待される.

 

[Regular Article]

抗菌薬の投与期間が胆汁酸プロファイルおよび薬物動態関連タンパク質の発現に与える影響

Yagi, R., et al.

 抗菌薬の投与は,腸内細菌叢の変化を通じて薬物動態に影響を与えることが知られており,この調節には胆汁酸が関与している.本研究では,臨床現場での抗菌薬投与期間の違いに着目し,肝胆汁酸プロファイルおよび肝臓,腎臓,脳毛細血管における薬物動態関連タンパク質の発現への投与期間の影響を明らかにする事を目的とした.マウスに抗菌薬を5日または25日間投与した結果,投与期間依存的に肝胆汁酸プロファイルの有意な変化が見られた.薬物動態関連タンパク質は肝臓で12種が有意な発現変動を示していた.加えてCyp3a11を含む6種が投与期間依存的な発現変動を示した.一方で,腎臓および脳毛細血管では,いずれの投与期間においても薬物動態関連タンパク質の有意かつ1.5倍以上の発現変動は認められなかった.本結果は,抗菌薬との薬物相互作用は投与期間に応じた肝臓の代謝変化を考慮する必要性を示唆するものである.今後,ヒトにおいても同様なメカニズムが確認されれば,併用薬の薬効予測や副作用低減への貢献が期待できると考える.

 

[Note]

日本人トリメチルアミン尿症患者の複合的なフラビン含有酸素添加酵素3(FMO3)バリアントの家系解析

Shimizu, M., et al.

 トリメチルアミン尿症の原因の一つとして,フラビン含有酸素添加酵素3(FMO3)遺伝子変異がある.筆者らは本症表現型および東北大学東北メディカル・メガバンク統合データベースのゲノム情報の解析を行い,新規FMO3遺伝子変異を報告してきた.これらの成果は医療機関の先生方との共同研究につながっている.本研究では市中病院の医師の協力のもと,複数の塩基置換変異を有するFMO3遺伝子型を同一家系の2家族の遺伝子解析から明らかにした.一方,まれな複数の塩基置換変異の組合せとなるハプロタイプを有する被験者の存在が明らかとなった.本ハプロタイプは日本人では初めて4種の変異が同一アリルに存在するものであった.その組合せを明らかにするためには家系解析が重要であった.以上のことから,さらなる疾患の原因解明および疾患の理解を深めるためには,医師等とのさらなる連携が重要であることが推察された.

 

[Note]

アザムリンによるヒト肝細胞移植マウス肝P450 3A酵素の不活化の検討

Uehara, S., et al.

 相互作用評価には,被作用薬代謝に関与する酵素寄与率の情報が重要である.著者らは,免疫不全マウスにヒト肝細胞を移植後,P450 1A2と2C9不活化薬フラフィリンとチエニリン酸を投与し,単一P450分子種を不活化させたモデル動物での各P450プローブ動態を報告してきた.本研究では,P450 3A4/5阻害薬アザムリンを前投与し,デキサメタゾンをP450 3A4/5指標基質として評価した.アザムリン15mg/kg投与群では,無処置群との間で,デキサメタゾン10mg/kg静脈内投与後の6β-ヒドロキシデキサメタゾンの血漿濃度および24時間尿中濃度に有意差が観察された.In vitro酵素源をP450 3A4/5不活化肝ミクロゾームに置き換えることにより,6β-ヒドロキシデキサメタゾン生成が93%抑制された.以上,アザムリン処置ヒト肝キメラマウスが代謝的に不活性化されたP450 3A4/5のin vivoモデルとなりうることが示唆された.

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