Newsletter Volume 41, Number 3, 2025

今さら聞けない改変抗体の体内動態研究

第4回:組織移行性を高めた改変抗体
―組織に“入れる”と“留める”を両立する分子設計―

中外製薬株式会社 研究本部 バイオ医薬研究部 DMPKG
野口裕生
原谷健太

野口裕生,原谷健太の顔写真

 こんにちは!前回は「リサイクリング抗体及びスイーピング抗体」についてお届けしました.今さら聞けない改変抗体の体内動態研究シリーズ最終回である第4回は,「組織移行性を高めた改変抗体」について紹介します.

 抗体はエンドソームにおいて,Fc領域を介してFcRn(neonatal Fc receptor)に結合してリサイクリングされ,リソソーム分解を回避することで長い半減期を示すことが特徴のひとつです.一方で,約150 kDaと分子量が大きく,血管外に出て組織分布する量は限られます.一般的な組織での抗体濃度は血漿中濃度の数%〜十数%程度ですが,例えば脳では,血液脳関門(Blood-Brain Barrier, BBB)のような高度なバリア機能が存在するため,抗体の血漿中濃度に対する移行率としては約0.1%と極めて低いです.また,関節軟骨は無血管性の密な細胞外マトリクスから成るため,抗体が浸透しづらい組織のひとつです.このような組織移行性が制限される組織に抗体を送達することは,抗体が作用する領域を拡張し,抗体の高い標的親和性や特異性を利用した治療薬を実現する上で,近年益々求められています.我々はこうした組織移行性を,①組織へ“入れる”こと(移行・浸透)と,②組織に入った後に“留める”こと(滞留・保持)の2つに分けて整理し,両者に同時にアプローチする組織移行抗体の開発を進めてきました.本稿では,抗体が移行しづらい脳および関節軟骨を取り上げ,最新の改変抗体開発と薬物動態評価について述べます.

1. 脳への移行性と滞留性を高めた抗体技術

 BBBによる脳移行性の制限を克服すべく,近年,受容体介在性トランスサイトーシス(RMT)が注目されています.代表例はトランスフェリン受容体(TfR)を利用したもので,BBBを構成する脳血管内皮細胞に発現するTfRに結合することで脳血管内皮細胞への取り込みとトランスサイトーシスを促進し,脳移行性を約10倍向上させた抗体が報告されています[1].一方で,このような抗TfR抗体は,肝臓など末梢組織においても発現しているTfRにより取り込まれることから血漿中からの速い消失を示し,脳への抗体の供給も急速に減少します.さらに,脳から血漿中への逆輸送,脳間質液(ISF)のバルクフロー,神経細胞への取り込みと分解などにより,脳から速やかに消失します.そのため,単回投与で長期間にわたり脳内で抗体を作用させるのが難しく,このことが解決すべき課題のひとつです.

 そこで我々は,BBB輸送に関わる受容体(例:TfR)への結合による脳移行性向上に加えて,脳内に発現するタンパク質への結合による滞留性向上を組み合わせた二重標的化のコンセプトを考案しました(図1).具体的には,TfR結合によりBBBを越えて脳内へ入り,脳内でターンオーバーが遅い分子に結合して留まるという考え方です.一例として,MOG(myelin oligodendrocyte glycoprotein)を脳内滞留性の標的タンパク質に用い,TfR結合とMOG結合の両方を1分子に組み込んだ抗体(抗MOG/TfR)を考案しました.MOGはオリゴデンドロサイトに発現しミエリン髄鞘を構成するタンパク質であり,約2カ月の半減期という非常に遅いターンオーバーを示すことが知られています[2].

BBB輸送に関わる受容体 (例:TfR)への結合による脳移行性向上に加えて,脳内に発現するタンパク質への結合による滞留性向上を組み合わせた二重標的化のコンセプト図
図1 脳移行性と脳内滞留性を高める二重標的化抗体のコンセプト

 図2に示したようなマウス抗原に結合しないコントロール抗体(Ctrl),抗MOG抗体(MOG),TfR結合ドメインを融合したコントロール抗体(Ctrl/TfR),およびTfR結合ドメインを融合した抗MOG抗体(MOG/TfR)を作製後,マウスに単回静脈内投与し,脳中抗体濃度を評価しました.その結果,MOG/TfR抗体は投与後早期から高い脳中濃度を示し,その後も少なくとも4か月(Day 112)にわたり高濃度が維持されることが明らかとなりました(図2).Ctrl/TfR抗体は投与直後において高い脳中濃度を示したものの,速やかに消失した一方で,MOG抗体は脳内に徐々に蓄積し,MOG/TfR抗体においては両者の弱点を補い合う形で相乗効果が認められました.この相乗効果は,TfRやMOG以外のタンパク質を標的にした際も得られることがわかっており,脳内の様々な細胞に滞留させられる可能性が考えられます.


縦軸が脳中抗体濃度(μg/g),横軸が時間(day)のCtrl,MOG,Ctrl/TfR,MOG/TfRの4つの抗体の脳中抗体濃度推移を現した折れ線グラフ
図2 マウスに各抗体を単回静脈内投与したときの脳中抗体濃度推移

 また,蛍光標識した抗体をマウスに単回投与後day 1およびday 7に脳を採取し,固定化および透明化処理をしたのち,ライトシート顕微鏡で観察しました(図3).Ctrl抗体ではわずかなシグナルしか検出されず,Ctrl/TfR抗体ではシグナルが検出されたものの,脳中濃度推移と合致してday 1からday 7においてシグナルは減弱しました.MOG抗体は海馬采などの局所に分布した一方,MOG/TfR抗体は脳全体に広く分布する様子が観察されました.TfRとMOG結合の組み合わせは,単に脳中濃度を高めるだけでなく,脳全体に分布し滞留するという特性に影響していることが示唆され,これはTfR結合またはMOG結合単独では成し得なかったことです.

Ctrl,MOG,Ctrl/TfR,MOG/TfRの4つの抗体を単回静脈内投与した際の投与後day 1およびday 7における脳の蛍光画像
図3 マウスに蛍光標識した各抗体を単回静脈内投与した際の投与後day 1およびday 7における脳の蛍光画像

 このようなBBBと脳内タンパク質を二重標的化する抗体は,治療分子を脳内へ送達する上で強力なプラットフォームになりえます.例えば,ペプチドやサイトカイン,神経栄養因子,酵素といった治療分子を融合することで,これら分子を脳に高効率に送達し,長期間滞留させ,薬効の増強と持続化が期待されます.今後,この抗体技術を活用した中枢疾患治療薬が開発されることが強く望まれます.

2. 関節軟骨への浸透性と滞留性を高めた抗体技術

 冒頭で述べた通り,関節軟骨も抗体などの高分子が移行しづらい組織です.軟骨組織は無血管性で,コラーゲンやプロテオグリカンが作る高密度の細胞外マトリクスから成るため,高分子は内部へ拡散しにくいことが知られています.さらに,滑液で満たされている関節腔内へ投与した分子は,滑液のリンパ・血流への移行によって速やかに関節外へ排出されるため,軟骨への分子の供給が低下するとともに,滑液の出入りにより軟骨からも分子が消失します.そのため,軟骨においても,抗体を組織内部へ移行させ,保持することが関節軟骨に高分子薬物を送達する上で重要であると考えられます.

 そこで我々は,軟骨マトリクスの主要成分であるアグリカンへの結合と,抗体分子の小型化(Fab化,およびF(ab’)2化)を組み合わせ,抗体を軟骨内に浸透させ,かつ滞留させるコンセプトを考案しました(図4).軟骨表面のアグリカンに結合し,かつ,小型化することで軟骨内部への抗体の浸透を高めるとともに,浸透した分子が軟骨内部のアグリカンに結合することで滞留するというメカニズムです.アグリカンはマトリクス構成成分として非常に長い半減期(健常人で約11~12年)をもつことが知られており[3],抗体を滞留させるには適すると考えられます.

軟骨浸透性と滞留性を高める抗体技術のコンセプト図
図4 軟骨浸透性と滞留性を高める抗体技術のコンセプト

 ウサギ抗原に結合しないコントロールIgG(Ctrl IgG),アグリカンに結合するIgG,F(ab’)2,およびFab(Aggrecan IgG, Aggrecan F(ab’)2, Aggrecan Fab)を創製し,ウサギ膝関節滑液内へ単回投与して各時点における軟骨中抗体濃度を評価しました(図5).その結果,軟骨中の抗体濃度推移は分子形により大きく異なり,Ctrl IgGは投与直後から低濃度を示したのに対し,Aggrecan IgGは約10倍高い濃度を示しました.さらに,F(ab’)2,Fabと分子サイズを小型化することで,より軟骨中の濃度が高まることが明らかとなりました.滞留性の観点では,Ctrl IgG(半減期 22.0 h)よりもAggrecan結合体(半減期 IgG: 40.5 h, F(ab’)2: 68.2 h, Fab: 傾きが捉えられず未計算)のほうがより長い消失半減期を示し,滞留性にも優れることを見出しました[4].


縦軸が関節軟骨中抗体濃度推移(nmol/g),横軸が時間(h)のAggrecan Fab,Aggrecan IgG,Aggrecan F(ab’)2,Ctrl IgGの4つの抗体の関節軟骨中抗体濃度推移を現した折れ線グラフ
図5 ウサギに各抗体を単回関節内投与したときの関節軟骨中抗体濃度推移

 さらに,抗体の軟骨内分布を評価するため,ウサギ膝関節から採取した軟骨片を用いてex vivoで蛍光標識した抗体の浸透性を検証しました(図6).Ctrl IgGではほとんど蛍光が検出されなかったのに対して,Aggrecan IgGでは軟骨の表面におけるシグナルが観察されましたが,軟骨内部への浸透は限定的でした.これに対して,Aggrecan F(ab’)2はより軟骨内部へ到達し,最も小さいAggrecan Fabは軟骨内部を含む全体から最も強い蛍光が認められ,より多くの抗体が深部へ移行していることが示唆されました.

ウサギ軟骨片を用いてAggrecan IgG,Aggrecan F(ab’)2,Aggrecan Fab,Ctrl IgGの4つの抗体をex vivoで蛍光標識した抗体の蛍光画像
図6 ウサギ軟骨片を用いたex vivo軟骨における抗体の局在

 このように,アグリカン結合性を持たせること,および分子を小型化することにより,軟骨浸透性と滞留性を高められることが実証されました.この抗体技術は軟骨へのデリバリーツールとして,低分子やペプチド,VHHのようなシングルドメイン抗体の軟骨送達に適用可能と考えられ,将来,この技術を利用した関節軟骨疾患治療薬が開発されることが期待されます.

 上述のように,我々は組織移行性を,①組織へ“入れる”こと(移行・浸透)と,②組織に入った後に“留める”こと(滞留・保持)に分けて捉え,両者に対して同時にアプローチする抗体技術のコンセプト立案,抗体分子の創製,および薬物動態研究を進めてきました.そして,移行性を高める工夫と,組織内で保持する工夫を組み合わせることで,従来は難しかった組織でも十分な抗体の曝露を持続できる可能性を見出しました.抗体が届きにくい組織においても,このような抗体技術を活用して抗体が作用する領域を拡大させ,新たな治療薬の創製につながることを期待します.加えて,今回の事例のように,薬物動態の側面から本質的な課題を考察し,薬物動態データを主軸として,その課題を克服するモノづくりのアイデアを考案するという研究プロセスは,薬物動態研究者ならではの創薬への貢献方法のひとつだと考えます.今後,薬物動態の観点から,モダリティのさらなる可能性を切り開く創薬を展開していきたいと思います.

 以上,これまで全4回にわたり,改変抗体の薬物動態関連のトピックを紹介してきました.第1回では序論として抗体の薬物動態の基礎について解説しました.第2回ではFcRn結合改変による抗体の半減期延長,第3回ではリサイクリング抗体とスイーピング抗体,第4回では組織移行性抗体について,最新の知見を含め紹介しました.皆様の今後の研究のヒントになれば幸甚です.最後までお読みいただきありがとうございました.

執筆に関わった中外製薬の研究員の集合写真(左から,中川桂太朗,山田駿介,野口裕生,原谷健太)
執筆に関わった中外製薬の研究員の仲間たち
左から,中川桂太朗,山田駿介,野口裕生,原谷健太