動態研究に取り組むNEW POWER
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小腸オルガノイドを用いた消化管毒性予測への挑戦東京大学 大学院薬学系研究科 分子薬物動態学教室
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はじめに
東京大学大学院薬学系研究科の橋本芳樹と申します.このたびは,日本薬物動態学会ニュースレター「動態研究に取り組むNEW POWER」への寄稿の機会をいただき,編集委員の皆さまならびに関係者の皆さまに感謝申し上げます.
私は2019年の学部4年次より東京大学大学院薬学系研究科・分子薬物動態学教室に所属し,楠原洋之教授,前田和哉教授(現・北里大学)のご指導のもと研究を進めてきました.本年2025年3月に博士号を取得し,同年4月より同教室の特任助教として着任しています.研究環境自体は変わっていませんが,立場は学生から教員へと変わり,現在は教員1年目として日々試行錯誤しながら研究と教育に向き合っています.
修士2年次から現在に至るまで,小腸オルガノイドを用いた医薬品の毒性研究に取り組んでおり,基本的には細胞培養を何よりの趣味として研究を続けています.専門は薬物動態というよりは毒性が中心となりますが,本稿では自己紹介も兼ねて,私自身の研究の背景やこれまで考えてきたことを会員の皆さまにご紹介できればと思います.
小腸オルガノイド培養を身につけるまでの1年
配属当初はorphanトランスポーターの機能解析を行っていましたが,思うような成果を得ることができず,コロナ禍が明けた修士1年の夏をきっかけに,小腸オルガノイド研究を本格的にスタートしました.当時,研究室では2学年上の先輩が,ヒト腸管組織を用いたUssing chamber法により薬物の消化管吸収性を予測するin situ実験系を確立していましたが,摘出直後の新鮮なヒト消化管組織が必要となる制約から,細胞を用いたin vitro実験系にどのように適用するのかを模索する重要な転換期を迎えていました.そして,その先輩とともに,組織幹細胞培養である小腸オルガノイドをADMET研究に応用する検討を本格的に進めることになりました.
まず私が取り組んだのは,創薬における薬物動態試験で汎用されるイヌやサルといった大動物由来の腸管オルガノイドの作製でした.今でこそオルガノイド培養のノウハウを蓄積していますが,当時は小腸幹細胞の単離からオルガノイド培養に至るまで,あらゆる工程が試行錯誤の連続でした.毎日マウスを用いてオルガノイド作製の練習を繰り返し,さらに動物種や消化管の部位ごとに全く異なる細胞特性に向き合いながら,それぞれに適した細胞の取り扱いを模索する日々が続きました.最終的に,組織から安定してオルガノイドを作製でき,どの動物種についても自分の意図どおりに扱えるようになるまでには,1年弱を要しました.この時期は,研究室にいる時間のほとんどを培養室で過ごし(今も?),当初は全く上手くいかず,毎朝顕微鏡を覗いては,上手く育っていないオルガノイドを見ることから一日が始まる,という日々を数か月にわたって繰り返していました.一方で,日々自分のスキルが向上していくことを実感でき,研究者としての成長を強く感じられた時期でもありました.オルガノイド培養ができるようになることに必死だったため,この期間に実験結果として残せたデータは一つもありませんでしたが,この基盤づくりの時間がなければ,その後に小腸オルガノイドを用いた創薬研究を当研究室で発展させることはできなかったと思います.振り返ると,修士1年のこの1年間は,これまでで最も努力し,研究室に貢献できたと実感できる,強く印象に残っている時期です.
分子標的治療薬との出会い
ようやく細胞を安定して扱えるようになり,修士2年次から,小腸オルガノイドを医薬品による消化管毒性の評価に応用する研究をスタートさせました.しかし,当研究室は薬物動態を専門としており,毒性研究に関する十分なバックグラウンドがあるわけではありませんでした.さらに,ちょうど指導教員であった前田和哉先生が北里大学へご栄転されたタイミングとも重なり,これまで以上に自立して研究を進める必要のある環境となりました.そのため当時は,「どのように毒性研究を進めれば,オリジナリティのある研究につながるのか」という点で大きく悩んでいました.そこでまず取り組んだのが,「敵を知ること」でした.世の中に上市されている医薬品の添付文書と睨めっこしながら,どのような薬物で,どのような消化管毒性が臨床上問題となっているのかを調べることから始めました.その過程で気づいたのが,従来型の化学療法薬では,ほとんどの薬剤で比較的高い消化管毒性リスクがみられ,その症状も概ね似通っている一方で,近年のがん薬物治療の主流である分子標的治療薬では,ターゲットが共通する同種同効薬であっても,薬剤の種類によって毒性リスクが全く異なる事例が多数存在するという点でした.
例えば,我が国で世界に先駆けて承認された分子標的治療薬であるEGFRチロシンキナーゼ阻害薬は,臨床において下痢の有害事象が多く認められますが,その中でもアファチニブは低用量であるにもかかわらず,下痢の発症リスクが95%以上と突出して高く,Grade 3以上の重篤な下痢のリスクも高いことが知られています.また,同じく非小細胞性肺がんに適用されるALK/ROS1チロシンキナーゼ阻害薬では,クリゾチニブやセリチニブが,分子標的治療薬全体を見渡しても特に高い催吐性リスクを有する一方で,同種同効薬であるアレクチニブやロルラチニブでは,催吐性リスクはほとんど認められません.このような事例に触れる中で,「なぜ同種同効薬の間で,これほどまでに毒性リスクが異なるのか」という疑問を強く抱くようになりました.そして単に陽性・陰性化合物を並べる毒性評価ではなく,なぜその薬だけが問題となるのか,なぜ似た薬では起きないのかを説明できる実験系こそが,創薬に本当に役立つ評価系になりうると考えるようになり,この考え方がその後の研究の方向性を決定づけることになりました.
修士課程の研究では,小腸幹細胞の増殖性とEGFRの阻害モードに基づく細胞毒性の可逆性を指標とすることで,EGFRチロシンキナーゼ阻害薬間の毒性リスクを分類可能であり,アファチニブでみられる,ほぼ必発かつ重篤な下痢のリスクを説明できることを示しました[1].博士課程の研究では,小腸上皮細胞の一種であるenterochromaffin(EC)細胞から分泌されるセロトニンが悪心・嘔吐の主要なトリガーとなる機序に着目し,小腸オルガノイドをenterochromaffin(EC)細胞へと分化誘導した上で,薬物曝露に伴う上清中セロトニン分泌量を定量する,新規の催吐性リスク予測系を構築しました.その結果,研究開始当初から抱いていた,ALK/ROS1チロシンキナーゼ阻害薬間で催吐性リスクが大きく異なる理由を,セロトニン放出応答性の違いとして説明できることを明らかにしました[2].現在に至るまで,評価対象薬物をより広範な分子標的治療薬へと拡張し,5-HT放出応答性と臨床薬物濃度を基にした催吐性リスクの定量的予測法の開発や,薬物曝露によるセロトニン分泌の分子メカニズム解析に取り組んでいます.これまでに実験を通じて,小腸オルガノイドが薬物の種類や作用様式に応じて,特定の細胞機能や分泌応答が選択的に変化することを何度も目の当たりにしました.とりわけ,同種同効薬でありながら臨床での毒性リスクが大きく異なる分子標的治療薬において,その差がオルガノイド上で再現され,かつ機序的に説明できた経験は,「in vitroの実験結果から臨床で起きている現象を読み解くことができる」という強い手応えにつながりました.

最後に
医薬品の毒性評価を生業として研究生活を送っていますが,日本薬物動態学会の学術年会は,薬物動態分野にとどまらず,毒性分野に関わる演題やシンポジウムも非常に充実しており,毎年参加を最も楽しみにしている,いわばホームグラウンドの学会です.2023年度には25th North American ISSX Meetingの渡航支援を受けたほか,年会では学生・若手企業研究者シンポジウム(PRIS 2023)のオーガナイザーを務める機会にも恵まれ,本学会活動を通じて研究分野を越えたコミュニティを広げることができました.そして今年度の学術年会(京都)では,初めてシンポジウムで講演する機会を設けていただきました.非常に緊張しましたが,発表後には多くの好意的なフィードバックをいただき,これまでで最も充実した発表となりました.来年度の年会は地元・つくばでの開催となることもあり,さらなる研究成果を皆さまにお届けできるよう,研究と教育の両面において,より一層精進してまいりたいと思います.
- Hashimoto Y, et al. Toxicol In Vitro. 2023;93:105691.
- Hashimoto Y, et al. Toxicol Sci. 2025;206(2):299–312.

