Newsletter Volume 41, Number 1, 2026

『創薬・開発研究を支える最新の研究基盤』
Microphysiological systems(MPS)

第2回:Microphysiological systemsの創薬活用例

アステラス製薬株式会社 トランスレーショナル&バイオメディカル サイエンス
大久保真穂

 

 皆様,こんにちは!本企画『創薬・開発研究を支える最新の研究基盤』の第一弾では,microphysiological systems(MPS)について全3回で取り上げております.第1回では本シリーズの導入として,弊社高間より関連用語も含めたMPSの定義,特徴,重要性について概説しました(未読の方はぜひ第1回もご参照ください).その中で,MPS活用推進のボトルネックの1つとして,各モデルに対する企業間での事例共有不足を挙げました.そこで第2回となる本稿では,MPSが実際の創薬の現場でどのように活用されているのか,いくつかの事例をご紹介します.これからMPSの導入を検討している研究者の皆様にとっても参考となるような情報がお届けできましたら幸いです.

MPS推進動向

 規制当局や業界におけるMPSの位置づけは,現場で活用する際の重要な指針となります.個別の事例の紹介に先立ち,まずはMPSに対する各機関での活用推進に向けた取り組みについてご紹介します.

【米国食品医薬品局(FDA)】

 FDAは2010年に米国国立衛生研究所(NIH)とともに初期のlung-on-a-chip技術の確立につながる開発プロジェクトに出資するなど[1],早期からこの分野に関与してきました.2017年のFDA’s Predictive Toxicology Roadmapにおいては,MPSを毒性予測の有望な新手法として位置づけ[2],さらに2025年のRoadmap to Reducing Animal Testing in Preclinical Safety Studiesでは,より具体的にIND申請に活用しうる旨やガイダンス整備などの運用面にまで踏み込んだ指針が記載されています[3]

 MPSの活用を支援する取り組みとしては,2020年に開始されたInnovative Science and Technology Approaches for New Drugs(ISTAND)のプログラムも挙げられます[4].ISTANDは医薬品開発における新規技術の活用を促進するプログラムで,特定のcontext of use(CoU)に対する新規ツールの評価および適格性認証を行います[5].認証されたツールは当該CoUの範囲であれば,原則,各医薬品の申請毎にツールの適格性を審査することなく用いることができ,審査期間の短縮が期待されます.2025年にはパイロットから恒久的なプログラムとなり[5],今後の活用拡大が見込まれます.

【Innovation and Quality Microphysiological Systems Affiliate(IQ MPS)】

 IQ MPSはMPSの創薬実装を促進するために,主に製薬企業で構成された国際的なフォーラムです[6].FDAも交えたワークショップの開催や[7-9],製薬企業での活用状況の調査などを実施し,国際標準化や事例共有を推進しています[6].出版物として臓器ごとあるいはADMEなどのトピックごとにMPSの特性や要件を概説したIQ MPS Manuscript Series 1.0[10,11]が発表されています.現在はImmune SystemsやDisease Modelsといった応用的な内容にも踏み込んだIQ MPS Manuscript Series 2.0の刊行が進んでいます[12-14]

【Japan Agency for Medical Research and Development (AMED)】

 AMEDでは日本におけるMPSの開発や実装を促進するためのプロジェクトとして,2017年より「再生医療技術を応用した創薬支援基盤技術の開発」(AMED-MPS)を開始しました[15].アカデミア,サプライヤ,製薬企業に加えて,2020年からはオブザーバーとしてPMDAも参画し,ユーザーと規制当局の視点も反映しながら,開発・実装を推進しました[15].5年間で複数デバイスの開発と商業化の基盤を整備し,2022年から開始された後継プロジェクト「再生医療技術を応用した高度な創薬支援ツール技術開発」(AMED-MPS2)ではMPS製品としての標準化やMPSを用いた評価系の規制対応についての取り組みにも焦点を当て,日本の競争力強化につなげています[14]

製薬企業でのMPS活用事例

 それではここから,製薬企業でのMPS活用事例について弊社の事例も交えてご紹介します.

【事例1:Hesperos社Human-on-a-Chip®

 Hesperos社のHuman‑on‑a‑Chip®の事例は,臨床試験承認のための申請資料にMPSで取得されたデータが採用された初期の事例として知られています[16].本事例では慢性炎症性脱髄性多発神経炎および多巣性運動ニューロパチーの病態モデルを構築し,Sanofi社の候補薬剤の有効性評価が実施されました.具体的にはiPSC由来運動神経と初代シュワン細胞を,軸索誘導のためのトンネルが備わった微小電極アレイ上で患者血清とともに共培養し,自己抗体に起因する自発的な発火頻度や伝導速度などの機能の低下がモデル化されました.候補薬剤を本モデルに添加することで機能回復が示され,有効性評価データとして規制当局に提出されました.一般に希少疾患の研究例や臨床データは乏しく,本事例の対象疾患においても動物モデルからの外挿は困難とされていたことから,患者由来血清とiPSC由来細胞を用いた本MPS活用の価値は大きいと考えられます.

【事例2:CN Bio社PhysioMimix®

 CN Bio社PhysioMimix®の肝臓モデルは,FDAとの共同研究で有用性や再現性が検証されたプラットフォームです[17].このプラットフォームをもとに作製された代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)モデルの遺伝子発現プロファイルは患者の遺伝子発現プロファイルに近く,既存の動物モデルよりもヒト外挿性の高い評価が行えることが期待されています[18].Inipharm社のMASHに対する候補薬剤の有効性評価に使用され,そのデータはIND申請にも活用されました[19,20].候補薬剤を加えた高脂肪培地を灌流しながら,肝細胞・星細胞・クッパー細胞を3次元で共培養し,20日間培養後のタイプIコラーゲンやα-SMAといった線維化関連マーカーに加えて培地中の脂肪の蓄積量などを定量し,薬効が検証されています[19].なお本モデルにはready-to-useのキットも販売されており,初めてモデルを利用する研究者にとっても扱いやすい設計です.

【事例3:Emulate社Liver-Chip S1】

 Emulate社Liver-Chip S1は多孔質膜を挟んで上層にヒト肝細胞,下層に星細胞・クッパー細胞・肝類洞内皮細胞を配置し,圧力制御による流路のもとで培養したモデルであり,薬剤曝露後のアルブミン産生やALT分泌などを測定することで肝障害性を評価することができます[21].FDAのISTANDプログラムではMPSとして初めてStep1のLetter of Intentが受理され[4],2025年にはStep2のQualification Planが受理されており[22],最終段階のFull Qualification Packageに進んでいます.申請中のCoUは「成人における低分子候補薬の薬剤性肝障害のリスク評価」であり,臨床第I相試験開始判断への活用が想定されています[22].なおこのシステムは流路に刺激を加えることができ,肺や腸のモデルを構築する際には,拡張・収縮や蠕動運動を模倣するために活用されています[23,24]

【事例4:Crown Bio社がんオルガノイド】

 Merus社のバイスペシフィック抗体のスクリーニングでは,大腸がん患者の腫瘍から作製したオルガノイドを用いて,複数の遺伝子型および表現型のオルガノイドに対する増殖抑制を指標とした薬剤の有効性が評価されました[25,26].また同じ患者から腫瘍だけでなく隣接する健康な結腸粘膜から作製したオルガノイドで薬剤の正常大腸組織への作用も評価し,IND申請には安全性にかかわるデータとしても活用されました.

【事例5:MIMETAS社OrganoPlate ® 3-lane】

 MIMETAS社のOrganoPlate® 3-laneはチップ上の3本の流路の中央にゲルを充填し,片側あるいは両側に細胞を播種し,専用のロッカーによる重力式の流体制御で,ポンプを用いずに流体せん断刺激を与え,細胞を管状に培養することができます[27].我々はヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を本デバイスに培養し,副作用として浮腫が懸念される候補薬剤とモデル薬剤を曝露し,血管透過性の変動を評価しました.モデル薬剤の評価結果を図1に示します.ばらつきや再現性といった課題をクリアしながら,専用の計測器を用いることで迅速に経内皮電気抵抗(TEER)を測定し,各化合物についてTEERの低下作用と薬効として期待する主作用との関係を比較することで開発候補品の選定に活用しました.

図1.薬剤Aを添加した時のHUVECのTEER値の変化

 また同一プラットフォームで神経系細胞を培養し軸索伸長についての検討を実施した例もあります.ここでは既報[28]を参考に,自社で作製した神経前駆細胞をマトリゲルに懸濁して片側のレーンに播種し,軸索を中央レーンへ伸長させることで,細胞体領域と軸索領域を分離して培養しました(図2)[29].軸索の長さをより明確に観察できるため,開発候補品の神経障害性の定量的評価などに活用することができます.

図2.iPSC(201B7:Cell. 2007;131(5):861-72.)由来神経前駆細胞を培養したモデル画像

 このように,我々は1つのプラットフォームから複数のモデルを創薬に活用しました.デバイスの取り扱いや細かな技術的ノウハウのみならず,CoUの設定や実験計画から最終的なデータ取得までの各段階で,得られた経験は活かすことが可能です.経験をより次の案件に活かしやすくするために,我々は汎用性を意識しながらモデルを構築していくことが重要であると考えています.

 表に本稿でご紹介した事例をまとめました.

表.事例紹介のまとめ
事例モデル 臓器 MPS活用による効果
Human-on-a-Chip® 神経 動物モデルでは評価困難な希少疾患の病態模倣モデルの構築と薬剤の評価
PhysioMimix® 肝臓 動物モデルでは再現しきれないヒト特異的反応を含めた有効性評価
Liver-Chip S1 肝臓 ISTANDプログラム活用による評価系としての適格性担保による申請対応の迅速化
がんオルガノイド がん 患者試料を利用した有効性と安全性の両面のスクリーニング評価による候補物質の選定
OrganoPlate ® 3-lane 血管,神経 開発初期で懸念された毒性に対する候補品選定のための評価

終わりに

 本稿ではMPSの創薬活用事例について,弊社の取り組みも含めてご紹介しました.MPSはその複雑さから技術的なハードルも高く,求めるCoUに適合させる上で解決すべき課題が多く存在し,導入後直ちにプロジェクトに適用できない場合もあります.しかし,たとえ初期の検討が特定のプロジェクトに利用できなかったとしても,MPSを活用した評価系を構築する過程で得られる知見は多く,次の研究へ確かにつながるものです.継続的に検討を行うことで,事例のような成果が生み出されることを実感しています.また適用に至らなかった要因に対して果敢に挑戦していくことも重要です.本シリーズの結びとなる第3回では,MPSを活用する上での大きな課題であるデータの再現性やスループットに対しての対応策をご紹介する予定です.本シリーズが皆様のMPSに対する理解促進と,MPS導入の一助になりましたら幸いです.

*自社事例についてはアステラス製薬株式会社より資金提供を受けて実施しました.

(図及び文責 大久保真穂)