Newsletter Volume 39, Number 3, 2024

今さら聞けない抗体薬物複合体(Antibody Drug Conjugate: ADC)の体内動態研究

第5回:前臨床ステージにおけるADCの分析及びADME評価とモデリング&シミュレーション

第一三共株式会社 薬物動態研究所
岡本裕美,永井陽子

 こんにちは!「抗体薬物複合体(Antibody Drug Conjugate: ADC)の薬物動態研究入門」について,最終回となる今回は,基本情報をおさらいしながらADCの前臨床研究における各種薬物動態試験データの取得タイミング及び,ADCのモデリング&シミュレーションについてお話したいと思います.

 第1回でもお話したように,「低分子」と「抗体」のいいとこ取りをしたModalityが「ADC」です.「低分子」の強みである強力な抗腫瘍活性を維持しつつ,「抗体」の高いターゲット組織特異性を利用して正常組織への非特異的な曝露に伴う強い副作用を低減させることで,therapeutic windowを広げることが可能となります.ADCは「抗体」,「結合部位」,「リンカー」および「ペイロード」の4構成要素から成っており,前臨床研究においては,「リンカー」や「結合部位」に基づくADCの特徴を理解しながら,「抗体」,「ペイロード」そして「ADC」としてのADME研究を同時に進めていくことが求められています.本稿では,抗がん剤として開発するADCについて,研究開発の各ステージにおいてどのような分析及びADME研究を行っているか,弊社の事例を紹介したいと思います(図1).

図1.研究開発ステージにおけるADCに関するADME研究の実施時期

 まず,前臨床初期ステージでは,ADCの構成要素の4つ全てが未確定のため,ADC投与後のマウス血漿中濃度は,総抗体濃度に着目しリガンド結合法を用いて簡易的に測定しています.スループットをあげるために自動化イムノアッセイシステム(Gyrolab®)を用い,初期ステージにおける多くの検体を分析することで,薬効評価を考察する上で重要なPKデータを取得しています.さらに,ADCがターゲット組織でペイロードをどの程度遊離しているかを確認するため,高感度な遊離ペイロード測定系を構築しています.このマウスPK試験や担癌マウスにおける薬効評価等を通じてリンカー,結合部位の構造や薬物抗体比(Drug-to-antibody ratio: DAR)数を決定します.また,必要に応じて,in vitroで血漿中安定性試験を行い(第2回を参照),生体内でのリンカーの安定性とその種差を評価することもあります.以上のステップを経て,ペイロードやリンカー,結合部位の候補を絞り込んだ後,サルPKデータを収集しヒト投与量予測に着手します(図1:前臨床中期~後期).さらに,第2回でお示ししたように,抗体部位の3H標識体や,ペイロード部分の14C標識体を用いて分布や排泄を評価し,ADCとしての体内動態を正確に理解するためのデータを取得します.なお,14C標識部位を決定するためにペイロードの代謝物情報についてもこの段階で取得します.また,同ステージにおいて,第3回でご説明した承認申請に必要な薬物濃度測定及び抗薬物抗体測定の準備として,重要試薬作製も開始します(図1:前臨床中期~後期).必要なものは,遊離ペイロードとその内部標準物質,リコンビナント抗原もしくは抗イディオタイプ抗体,抗ペイロード抗体,陽性対照など多岐にわたり,中でもモノクローナル抗体を作製する場合は,動物への免疫や抗体クローンの選抜,抗体の大量生産まで1年近くかかります.特に,ADC特有の重要試薬である抗ペイロード抗体作製を例に挙げると,一般的に低分子は分子量が小さく動物免疫による抗体価が上がりにくいことから,キャリアタンパクとの結合体を免疫する必要があります.加えて,代謝反応により脱離や構造変化を起こす部分を認識する抗体や生体試料中の内因性物質と交差する抗体を取得してしまうと,ADCを正確に測定することができない可能性があります.特にモノクローナル抗ペイロード抗体を取得する際には免疫する化合物や,抗体クローン選抜の反応性確認に用いるポジコンやネガコンとなるツール化合物(ポジコン例:対象とするADCなど,ネガコン例:ADCの抗体部分,血漿中タンパク質,ペイロード代謝物など)の選択が抗体取得成功の鍵になります.そのため,代謝物評価の結果や生体試料中の内因性物質との干渉などを十分に考慮し,どのようなツール化合物を準備するか合成担当者と相談した上で決定します.また,ELISAやGyrolabを用いた定量,あるいは免疫沈降(Immunoprecipitation; IP)による測定対象の捕捉など用途によって求められる抗体の反応性は異なるため,抗体クローン選抜の際には,実際に測定するフォーマットを使用した反応性確認により最適な抗体を選んでくることが重要です.これらの準備を終え,第3回でお話した各種測定法のバリデーションを行い,IND申請用のPKデータを取得していきます.

 ここまでADCの研究タイムラインと体内動態データの取得タイミングについてお話してきました.ここからは,前臨床段階における薬物動態データ解析について,実施時期にも触れながら紹介します(図2).オンコロジー領域の前臨床研究では,担癌マウスにおける抗腫瘍効果(PD)及びPKの結果をADCおよび遊離したペイロードの体内動態を定量的に記述するcompartment modelで解析し,in vivoにおける薬効の強さを開発候補品間で定量的に比較することや,ヒトでの投与量の見積もりに活用します.前臨床の早期の段階では利用できるPK/PDデータが限られることから,血漿中ADC濃度のみを用い薬効を表現する比較的シンプルな数理モデル(1)が利用されることがありますが,腫瘍内動態を表現したモデル(2)や第4回で触れましたバイスタンダー抗腫瘍効果を表すモデル(3)など種々のモデルが報告されており,課題に応じて適切なモデルを選択することも必要になります(4-7).また,前臨床PKデータを元に臨床でのPKを予測する場合には,弊社では主にADCの濃度推移についてcompartment modelまたはPBPK modelを用い,抗体医薬のretrospective解析等(8)を参考に,ヒトへのスケールアップを行っています.

図2.前臨床ADMEが関与するモデル&シミュレーション

 また,開発候補ADCが決定されると図2に示すように,臨床試験にて得られたADCおよびペイロードのPKデータについて,whole bodyでのプロファイルにて表現するfull PBPK modelを構築し,さらに薬効を生理学的に表現するコンパートメントを統合することでQuantitative systems pharmacology (QSP) modelに発展させることがあります.QSPモデル構築においては,生理学的パラメータに加え,多くのADMEに関するデータも必要になります.例えば,ADC濃度や遊離ペイロード濃度の他,第3回でお話ししました抗体結合型ペイロード(antibody-conjugated payload)濃度,放射標識体を用いた前臨床でのマスバランスデータ,さらに抗原やFc受容体との結合性に関するデータや内在化速度に関するデータなどです.QSPモデルは構造が複雑なため,信頼性の高いモデル構築ができるかが課題となりますが,解決の第一歩として革新的かつ確かな分析技術によるデータ取得が鍵となります(5).またPD部分の確立には担癌マウスでの腫瘍内PK/PDデータをベースにすることがありますが,臨床での腫瘍増殖速度,抗原発現量やターンオーバー情報,免疫の関与などを組み込むことで,臨床でのPK/PDを表現するモデルの確立を目指します.確立したモデルは,開発中のADCに関する科学面からの考察のサポートの他,前臨床段階にある次世代ADCの臨床でのPK/PD予測,Reverse translational research等に応用できると考えられます(9).

 さて,全5回にわたってお届けした「今さら聞けない抗体薬物複合体(Antibody Drug Conjugate: ADC)の体内動態研究」は今回で最後です.本シリーズではADCの概念,基本構造,トラスツマブ・デルクステカンの前臨床ADME,ADCにおける分析技術,さらにイメージング技術や前臨床におけるPK評価とモデル解析の概略についてお話しました.ADCは現在,各研究機関で精力的に研究が行われており,ここ数年は毎年のように新規のADCが承認を得ています.ただ,オンコロジー領域全体で見ますと,耐性獲得や,正常組織への分布による副作用,適切な患者選択など大きな課題が山積しており,新規ADCの研究ニーズも高いです.新しいADCの研究では薬物動態は重要な鍵を握っていますが,まだまだ不明な点も多いです.研究開発ステージおよび解決したい課題に応じたデータの取得,適切な数理モデルの選択と解析により,ADCの研究開発をより効果的,効率的に進められることを期待します.ぜひ学会等で積極的に発表やディスカッションを行い,薬物動態研究全体を盛り上げていきましょう!

全5回の執筆および編集に関わったメンバー一同

参考文献

  1. Simeoni M. et al. Predictive pharmacokinetic-pharmacodynamic modeling of tumor growth kinetics in xenograft models after administration of anticancer agents. Cancer Res. 2004;64(3):1094-101.
  2. Singh AP. et al. Application of a PK-PD Modeling and Simulation-Based Strategy for Clinical Translation of Antibody-Drug Conjugates: a Case Study with Trastuzumab Emtansine (T-DM1). AAPS J. 2017;19(4): 1054–1070.
  3. Singh AP. et al. Evolution of the Systems PK-PD Model for Antibody-drug Conjugates (ADC) to Characterize Tumor Heterogeneity and In Vivo Bystander Effect. J Pharmacol Exp Ther 2020;374(1):184-199.
  4. Haraya K. et al. Recent Advances in Translational Pharmacokinetics and Pharmacodynamics Prediction of Therapeutic Antibodies Using Modeling and Simulation. Pharmaceuticals 2022;15,508.
  5. Rachel H. et al. Application of physiologically based pharmacokinetic models for therapeuticproteins and other novel modalities. XENOBIOTICA 2022;52, 840–854
  6. Deepika D. et al. The Role of “Physiologically Based Pharmacokinetic Model (PBPK)” New Approach Methodology (NAM) in Pharmaceuticals and Environmental Chemical Risk Assessment. Int J Environ Res Public Health 2023;20(4):3473.
  7. Chunze Li, et al. Impact of Physiologically Based Pharmacokinetics, Population Pharmacokinetics and Pharmacokinetics/Pharmacodynamics in the Development of Antibody-Drug Conjugates. CPT Pharmacometrics Syst Pharmacol. 2024;13(1),54-67
  8. Oitate M. et al. Prediction of human pharmacokinetics of therapeutic monoclonal antibodies from simple allometry of monkey data. Drug Metab Pharmacokinet. 2011;26(4):423-30.
  9. Lam I, et al. Development of and insights from systems pharmacology models of antibody-drug conjugates CPT Pharmacometrics Syst Pharmacol 2022:967-990.