Newsletter Volume 37, Number 4, 2022

細胞治療製品の研究開発における薬物動態研究入門

第一回: まずはこれから!いま知っておくべき細胞動態評価のための定量分析法

集合写真:(左から順番に)守屋 優,中山美有,山本俊輔,後藤昭彦
(左から守屋、中山、山本、後藤)

武田薬品工業株式会社 リサーチ 薬物動態研究所
後藤昭彦,守屋 優,中山美有,山本俊輔

 細胞治療は,文字通り生きた細胞を患者へ投与もしくは移植することで細胞・組織・臓器の機能を改変・修復する革新的な治療です.細胞治療製品は,これまでに研究されてきた低分子化合物や抗体医薬,核酸医薬などと比較して,医薬品としての性質が大きく異なるので(体内で『増殖』したり,組織・臓器一部として『生着』したり!),薬物動態研究を行う際には従来の常識に捕らわれずに試験デザインやデータ解釈を行う必要があります.細胞治療は,キメラ抗原受容体T細胞(chimeric antigen receptor T cell: CAR-T cell)や間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell: MSC)に代表される細胞投与と,近年本邦でも話題になった心臓,膵臓,肝蔵,網膜等の再生臓器や再生組織の移植などに大別され,幅広い疾患領域で研究開発が行われています.細胞治療製品の安全性や有効性を非臨床段階で評価することは,従来の医薬品開発と同様に重要で,動物実験も欠かせません.しかしながら,異種動物間の免疫拒絶により細胞治療製品が排除されてしまったり,生理学的な違いによる体内分布の種差といった問題が生じたりすることがあります.それらの問題を踏まえつつ,安全性や有効性を定量的に評価することが求められますが,その際,薬物動態解析が有効な打ち手と成り得ます.細胞治療製品の研究開発では,血液中細胞濃度を経時的に評価する細胞動態(cellular kinetics: CK)評価や組織への移行を評価する生体内分布(biodistribution: BD)評価が盛んに行われていますが,それらの報告が近年,右肩上がりに増えている事からも,細胞治療製品の研究開発における薬物動態研究の重要性が認知されてきているものと思われます.このような背景から,本シリーズでは複数回に渡り,細胞治療製品のCKやBD評価のための分析法,CK/BD評価時に実験者が陥りやすい落とし穴,細胞治療製品のCKやBDの基本的特性及びCK/BD解析時のモデリング&シミュレーションの有用性等について,皆様へご紹介していきたいと考えております.人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell, iPS細胞)発見のノーベル賞受賞以来,細胞治療製品の研究開発は本邦の産官学が一体となって推進してきました.薬物動態研究に従事する読者の皆様が,この革新的な治療研究領域へ益々貢献できることを期待して,本シリーズを投稿させていただきます.それでは,第一回 CKやBD評価のための分析法概論をお届けいたします.

第一回: まずはこれから!いま知っておくべき細胞動態評価のための定量分析法

 薬物の定量分析は薬物動態研究の中核をなす分野であることは言うまでもありません.正確に精度よく,かつ高感度に薬物の濃度を測定するために,薬物動態研究者はその技術を大きく発展させてきました.低分子化合物や抗体などの生物学的製剤の薬物濃度測定には,液体クロマトグラフィー-質量分析(liquid chromatograph – mass spectrometry, LC-MS)やリガンド結合分析(ligand binding assay, LBA)等が用いられてきました.一方で,細胞治療製品の定量分析では,既存の治療モダリティとは全く異なる”複雑かつ巨大な機能性複合体”である薬物(細胞)が測定対象ですので,薬物動態研究者が今まであまり経験してこなかったであろう技術と向き合う必要があります.細胞治療製品のCK及びBD評価に用いる分析法としては,ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction: PCR),フローサイトメトリー(flow cytometry: FCM),非侵襲的なイメージング手法である陽電子放出断層撮影(positron emission tomography: PET),単光子放出断層撮影(single photon emission computed tomography: SPECT)及びin vivoイメージングシステム(IVIS)等や,組織切片を用いた免疫組織染色(immunohistochemistry: IHC),in situ hybridization(ISH)等が用いられています.それぞれに長所と短所があり(表1),試験目的や細胞特性に合わせて適切な方法を選択することが重要となります.細胞が持つ造腫瘍性の懸念の有無,遺伝子導入の有無,投与する細胞集団が均一か複数かに応じて測定対象やその適切な測定法を選ぶことが重要です(図1).以下に,それぞれの分析法について概論を述べたいと思います.

 

表1 各種分析法の特徴および適用例
  PCR FCM 非侵襲的イメージング IHC/ISH
測定対象 導入遺伝子
ゲノム遺伝子
標的タンパク発現細胞 トレーサー
レポーター遺伝子シグナル
特異的タンパク
導入遺伝子
感度 高い 中程度 中程度 低~中程度
長所 堅牢性
凍結保存サンプルの利用可
BD試験への適用可
細胞状態の評価が可能
内因性免疫細胞の評価可能
内在化タンパクの分離可能
網羅的全身BD評価
生きた動物を用いた評価
高い解像度
位置情報
保存サンプルの評価可能
短所 死細胞由来の遺伝子検出懸念
タンパクの発現有無などの分離評価不可
サンプルの凍結保存困難
相対的評価
ラベル化による細胞状態の変化
ラベル体の漏出懸念
特殊な設備の必要性
検出抗体/プローブの入手可否
長い評価時間
高くない定量性
適用例 CK
BD
CK
免疫細胞フェノタイプ評価
全身BD 病理評価時の分布確認
位置情報を含めたBD

 

図1. 細胞動態試験選択時の考察点

 

 PCR法は細胞治療製品のCK及びBD評価において,最も一般的に用いられている手法となります.PCR法は,主にヒトもしくは霊長類に特異的な遺伝子を測定対象として動物に移植したヒト由来細胞を網羅的に検出する方法と外部導入遺伝子を測定対象として特定の細胞集団を検出する方法に分類できます.iPS細胞のように造腫瘍性が懸念される幹細胞由来製品の場合は,その安全性を評価するために可能な限り高い感度でBDを評価するべきです1.この時,最高感度を達成するために,Alu配列やLINE1配列のようなマルチコピー配列(一つのゲノムに数百から数百万コピー存在する配列)をヒト細胞検出の標的遺伝子とすることが推奨されます2,3.CAR-T細胞のような外来遺伝子導入製品の場合は,導入遺伝子をquantitative PCR(qPCR)又はdigital PCR(dPCR)により定量することが一般的です4,5.導入遺伝子のPCR測定は,他分析法と比較し,定量性に優れており,感度も高く,サンプル保存も容易であることから6,非臨床試験だけでなく,臨床試験のCK評価にも適用されています7.PCRの注意点としては,遺伝子を検出するという特性上,死細胞由来の遺伝子であっても検出してしまう可能性が挙げられます.また,CARタンパクのように本来細胞膜上に発現すべき機能性タンパクが細胞内に内在化して機能が発揮されない状態になっても,機能を保持した細胞と同様に検出してしまう点等にも注意せねばなりません.生きた細胞でかつ翻訳タンパクが適切に発現している細胞だけが機能を有することを考慮すると,有効性を評価する上では,この点は問題となりますが,安全性を評価する上では,網羅的に導入遺伝子を検出できている点ではメリットにも成り得ます.

 FCMは,細胞膜上のタンパク発現を一細胞ずつ検出できる技術であり,フェノタイプ(細胞の種類)や細胞状態を評価するポピュレーション解析ができることから,CAR-T細胞等,免疫細胞の評価に汎用されます.FCMを用いることで,PCR測定での懸念点である機能性膜タンパクが内在化した細胞も検出してしまうリスクを回避できるほか,内因性(ホスト由来)免疫細胞も含めた網羅的評価が可能となります.CAR-T細胞療法を例に,以下にFCMの有用性について詳細を述べたいと思います.ヘルパーT細胞とキラーT細胞は抗腫瘍作用機序が異なります.また,それぞれのT細胞は,エフェクター細胞,メモリー細胞,ナイーブ細胞などそれぞれ異なる特徴を有するフェノタイプに細分化でき,それぞれが異なる役割を備えています.更には,それぞれの細胞が活性化,疲弊及び老化などの異なる細胞状態となっていて,これらの細胞状態の違いが有効性や安全性の違いに繋がります8-10.FCMは,これらの情報を網羅的に取得することができ,in vivoでの有効性及び安全性の解釈において強力なツールと成り得ます.FCMの課題としては,サンプルの安定性確保が困難であるため採取直後に測定が必要となることが多いこと,また組織サンプルからの細胞単離には高度な技術が必要であり,回収率をサンプル毎に担保することが困難となり,特定の細胞集団中の相対評価(例:リンパ球中のT細胞の割合)に限定されることが挙げられます.

 PET,SPECT,IVISといった非侵襲的なイメージングの最も有用な点は,全身に分布した細胞を網羅的かつ同一個体から経時的な評価が可能である点です11,12.前述のように,FCMでは組織からの細胞単離が課題となります.また,PCR測定ではありとあらゆる組織を採取することは不可能であり,採取時点も限定せざるを得ません(評価組織を増やことは可能ですが,工数や費用は膨大になります).細胞治療製品のBD評価において,稀に特定の組織への予想外の高い蓄積が生じることも懸念され,評価組織や採取時点の網羅性は安全性を評価する際には議論の的となることがあります.非侵襲的なイメージングは,このような不測のBD特性を前もって網羅的に評価できる点で,強力なツールであると言えます.非侵襲的なイメージングの課題としては,レポーター遺伝子の導入や細胞へのラベリングによって製品と細胞特性や体内での挙動が変化する可能性や,ラベル体の漏出などにより細胞由来と異なるシグナルを検出する可能性が挙げられます.PETやSPECTを用いたBD評価には,特別な施設や高額な費用が必要である点も大きな課題です.

 組織切片を用いたIHCやISHは高い解像度を持ち,病理検査で確定された病変部位と細胞との位置関係の確認に汎用されてきました13.組織内の細胞治療製品の位置情報が把握できるため,毒性事象や薬効の作用機序の解明に有用である点が大きな利点として挙げられます.課題としては,検出のための特異的抗体やプローブが必要である点,評価に時間がかかる点,二次元での情報に留まってしまう点,及び定量性が担保できない点等が挙げられます.

 今回は細胞動態評価のための分析法についてまとめました.いかがでしたでしょうか?ご理解頂けたように,これらの測定法の技術開発や細胞治療製品の研究開発への応用はまだまだ発展途上段階です.各分析法の再現性や施設間差等の堅牢性の確認,各測定法間の同等性の検証,適切な評価方法の選択やバリデーション評価項目の統一化に関するガイドラインの整備等,数多くの課題が残っております.薬物動態研究に従事する読者の皆様がこれらの課題解決へ大きく貢献することができればと思い,今後のシリーズを続けて参ります.

 

  1. Kamiyama, Y. et al. Regen Ther 18, 202-216, 2021.
  2. Yamamoto, S. et al. Drug Metab Pharmacokinet 36, 100359, 2021.
  3. Shimizu, H. et al. Regen Ther 15, 251-257, 2020.
  4. Yamamoto, S. et al. Sci Rep 10, 17884, 2020.
  5. Mika, T. et al. Front Mol Biosci 7, 84, 2020.
  6. Davis, L. et al. Mol Ther Methods Clin Dev 20, 535-541, 2021.
  7. Mueller, K. T. et al. Blood 130, 2317-2325, 2017.
  8. Shipkova, M. et al. Clin Chim Acta 413, 1338-1349, 2012.
  9. Rodriguez, I. J. et al. Front Immunol 11, 604591, 2020.
  10. Wherry, E. J. et al. Nat Rev Immunol 15, 486-499, 2015.
  11. Volpe, A. et al. Mol Ther 28, 2271-2285, 2020.
  12. Skovgard, M. S. et al. Mol Ther Oncolytics 22, 355-367, 2021.
  13. Chen, P. H. et al. JCI Insight 5, 2020.